035 豹族の魔闘士様
俺は自分の死骸の前に立っていた。死骸と言っても体が綺麗に残っているはずがない。なにしろ俺が殺されてから2か月が過ぎているのだ。体の半分は動物に食い荒らされたり腐ったりしていて、残った半分はミイラ化していた。
自分の元の体を死骸のまま野ざらしにしておくのは嫌だった。だから俺は自分の死骸があるはずのベースキャンプに戻ってきたのだ。自分の元の体を葬るために……。
2か月前にこの場所でフィルナの置き手紙を読んだ。その手紙には俺にベルドラン王国へ向かってザイダル神を訪ねてほしいと書いてあった。その理由はザイダル神が俺に仕事を依頼したいからだという。だがザイダル神は俺の仇だ。何が悲しくて俺を殺した奴の依頼を引き受けなきゃいけないんだ。そう思ったが、ザイダル神はフィルナを人質に取っている。俺が行かなきゃ、フィルナが何をされるか分からない。つまり、俺は嫌でもベルドランへ行かなきゃいけないということだ。
それでマーカイ村を1週間ほど前に出て、俺はベルドランへ向かって旅を始めた。その途中でこのベースキャンプに寄り道したのだ。
広場の片隅に穴を掘って、念力魔法でその穴に自分の死骸を入れた。
異世界のこんな場所で干乾びた骸になってしまった俺の体……。
なんだか自分がすごく哀れだった。
俺の骸は形が崩れてミイラ化しているから元の姿は留めていない。だが20年間お世話になった体だ。心の中で「ありがとう」と何度も呟いて、自分の骸の上に土をかけて埋めた。分解の魔法は忍びなくて使えなかった。もう元の体に戻ることは絶対にないと分かっているのだが……。
ウィンキアの原野で俺の体が土に還っていく……。
なんだかなぁ……。
ククルって意外に涙もろいことが分かった。
近くにあった直径1モラくらいの岩に熱線魔法で「夏川大輝」と自分の名前を刻み込んだ。その岩を念力で持ち上げて、穴を埋めたところに静かに置いた。自分の墓石だ。
………………
気分を変えて食料探しに出た。マーカイ村を逃げるように出てきたから、旅で必要となる食料はほとんど持って来なかったのだ。
小屋周辺の原野を探知魔法を使って探した。探知魔法は動物や魔物たちの種族まで見分けられるが、実は果物やイモなどの食材も探知できる優れた魔法だ。浮上走行の魔法で移動しながら探して、日が暮れるまでにダンブゥ(暴猪)と果物を確保できた。日が暮れてからは猪を解体して、一部は乾燥肉にして、残りは切り分けて大きな葉っぱで包んだ。亜空間バッグに入れておけば腐ることがないから安心だ。
翌日も狩りをした。原野だけでなく魔樹海の中にも入って魔物と魔獣を狙った。魔石を取るためだ。スロンエイブ(飛礫猿)はたくさんいたが、その魔石には価値が無いと聞いていたし、もう猿は見たくもない。
倒した魔物は、ジャドブンガ(毒砲蜂)が3匹、 ブンガドンガ(蜂熊) 、ジャドネイガ(毒砲蛇)、ネバグパイダー(酸糸蜘蛛)がそれぞれ一頭だ。これで魔石を6個入手できた。
魔獣はヒュドレバンロード(魔獣豹)と遭遇し、これを倒すことができた。
その魔獣豹に気付いたのは原野から魔樹海に入ろうとしたときだ。魔獣豹のほうが先にこちらを見つけて一気に迫ってきたのだ。魔獣豹の魔力が〈380〉もあったので俺は逃げようとしたが、逃げ切れずに止むを得ず戦うことにした。
しかし戦ってみると、魔獣豹はスキルや魔法を駆使する俺の敵ではなかった。バリアに連続して攻撃を食らうと危険だが、一撃離脱のスキルを使ったのでその危険は無かった。一撃離脱とは敵に高速で近付きながら微弱な魔力を当てて相手の急所を探り、そこに一撃を加えて離脱するという、いわゆる急所狙いのヒットアンドアウェイ戦法だ。敵が倒れるまで、高速接近して急所に一撃を入れて離脱するという攻撃を繰り返す。敵から攻撃を受けてこちらのバリアが削られたとしても離脱している間に自分のバリアを回復できるのだ。
魔獣豹は素早く動いて最初の一撃を躱したが、何度か攻撃を繰り返したら倒すことができた。これで魔力が格上の魔獣が相手でも何とかなると自信が持てた。油断は禁物だが。
ちなみに俺のロードオーブにはネバグパイダーロード(魔獣蜘蛛)のソウルが入っている。魔獣豹よりも魔獣蜘蛛の方が魔力が高いからロードオーブのソウルを入れ替える必要はない。
この魔獣豹からは大魔石と豹の生皮が取れた。皮のなめし方が分からないから、とりあえず亜空間バッグに放り込んでおいて、どこかの村で売り払おう。
………………
その翌日の朝。ベルドラン王国へ向けて旅を再開した。と言っても、荷物は何もない。俺はこの2か月間、ククルが最初から着ていた革のシャツとズボンをずっと身に着けていた。できれば旅で使う衣類や道具を早く手に入れたい。まずは近くのブリコット村へ行ってみよう。魔空船が魔樹海に沈んで遭難した後、初めて訪れたのがブリコット村だった。
………………
ブリコット村の入口に近付くと、いきなり矢が飛んできて俺のバリアに当たって地面に落ちた。豹族が歓迎されないことは覚悟していたが、いきなり敵対されるとは思ってなかった。
さらに近付くと飛んでくる矢の数が増えた。村を囲む土塀に隠れて俺に矢を放っているのは村の男たちらしい。
村の入口まで行くと、男たちが走り寄って来て、俺を取り囲んだ。その中の何人かは見た顔だ。どの男も手に剣や斧を持っている。全部で八人だ。
顔見知りの男が俺に向かって口を開いた。以前、俺たちが遭難してこの村に来たときに親切にしてくれた男だった。
「この村はなぁ、おめぇみてぇーな野良ネコが来る村ではねぇだ。バリアさ、張ってるとこ見っと、おめぇ、オーブ持ちの盗人だべ? 村さ、入ったら、容赦しねぇ! 殺すどー! とっとと去ねっ!」
なるほど、豹族は野良ネコとか盗賊扱いか……。俺をネコ同然に扱ったマーカイ村と同じだな。
「言っておくが、盗賊ではない。村には入らないから、村長を呼んでくれ。取引きしたい物があるんだ。損はさせないぞ」
「バカこくでねぇ! 皆の衆、殺るどーっ!」
男たちが一斉に武器を振り上げて叩きつけてきた。こいつら、本気で俺を殺そうとしている。しかし、俺のバリアの耐久度は全く減っていない。バリアの回復力が完全に勝っているからだ。
男たちは何度も武器を叩きつけていたが、疲れてきたのと、自分たちが相手にしているのが普通の豹族ではないことを理解し始めたようだ。武器を振るうのを止め出した。
「おめぇは……?」
「無駄だから攻撃は止めろ! これを見るんだ!」
俺は100モラほど離れた雑木に向かって爆弾の魔法を放った。大きな火球が雑木に着弾! 轟音とともに爆発した。10モラの範囲が吹き飛んで大きな穴が空いた。
男たちはあんぐり口を開けて言葉も出ないようだ。
「安心しろ。俺はお前たちやこの村を攻撃したりしない。取引きがしたいだけだ。早く村長を呼んでくるんだ」
「おめぇ、魔闘士様だか? ちょっと待っとけぇ」
男の一人が村長を呼びに行こうとすると、村長が走ってくるのが見えた。爆発音を聞いて家を飛び出してきたのだ。他の小屋からも次々と村人が出て来て、こちらを眺めている。ちょっとやり過ぎたかもしれないな。
「何があっただー?」
男たちが口々に村長へ経緯を説明した。その内容をどうにか理解したらしく、村長は俺に向かって口を開いた。
「おまえさまぁ、豹族の魔闘士様だっつう話だども、海賊の仲間かえ?」
「いや、違う。村長、あんたと取引きがしたいだけだ」
俺はそう言いながら昨日の狩りで集めた魔石を出した。魔物から出てきた6個の魔石だ。
「で、おまえさまぁ、何さぁ、欲しいんだぁ?」
結局、村長と交渉して、寝るときに使う毛皮を数枚、鍋と食器、小さな壺に入った塩、ナイフと斧、革のシャツとズボン、革の靴を手に入れた。すべて使い古しだ。これと魔石6個を交換したから、かなり損な取引きだと思うが、今は仕方ない。魔石なんて、魔物を倒せば取れるのだから。
「あー、おらぁ、おまえさまぁ、気に入っただよ。村ん中へは入れられねぇだども、また、魔石さぁ取ったら、おらの村と取り引きすべ。おらたちにゃ、儲けはねぇけどなぁ」
どうやら、また魔石を持ってきたら取引きをしようと言ってるようだ。村長はニコニコ顔だ。周りの村人たちも嬉しそうに「んだ、んだ」と頷いている。
後で分かったことだが、俺が村長に渡した魔石は合計で3万ダールくらいだったらしい。円に換算すれば60万から90万円くらいになる。そりゃ、ニコニコ顔になるよな。
………………
ブリコット村を出て、ベルドラン王国へ向けて出発した。道は、以前に村長から教えてもらったルートだ。原野の小道を街道に当たるまで西へ進み、街道に出たら南へ進路を変えて、途中にあるブライデン王国を目指すことになる。
魔樹海に入って狩りや訓練をしながら移動した。と言うか半分以上が魔法やスキルの訓練だ。魔物や魔獣は探知魔法で識別できるから、こちらから先手を打って戦いを仕掛けることができるのだ。魔物は売れそうな魔石が取れるヤツだけを倒した。
魔獣で倒したのは三頭。ケングダンブゥロード(魔獣猪)、ジャドネイガロード(魔獣蛇)、ヒュドレバンロード(魔獣豹)だ。どの魔獣も俺よりも魔力は高いが、どれも一頭だけで、相手からの攻撃もワンパターンだから避けやすい。時間は掛かったが、魔法とスキルを駆使して倒すことができた。大魔石や魔獣の皮などを得ることができたし、魔獣を倒したら僅かだが自分の魔力が高まることが分かった。
しかし、俺のロードオーブに入っているネバグパイダーロード(魔獣蜘蛛)の魔力を超える魔獣とは出会わなかった。魔樹海でも原野の近くでは魔獣は少ないようだ。もっと魔樹海の奥に行けば格上の魔獣がいるのだろうが、そこまで入っていく自信はまだ無い。
※ 現在のダイルの魔力〈244〉。
(色々魔獣を倒したため、その魔力の1%分ほどが増加)




