034 後味の悪い旅立ち
俺が手で従属の首輪を持ってブラブラさせると、それを見たアベラルや周りの護衛たちは目を丸くした。
「ど、どうして首輪が外れる? どうして首輪に殺されないんだ!?」
アベラルたちは体が痺れたように固まっている。訳が分からないせいでパニックになっているようだ。
「アベラル様。このネコはおれが殺りますぜ」
最初に動きだしたのは護衛のジャドだ。この男はアベラルの腰巾着で、俺にイジワルの限りを尽くしていた。
「そうだ! ジャド、殺るんだ! この生意気なネコを殺してしまえ。おまえは魔獣猿を殺して魔闘士になったんだ。力を試してみろ!」
そうなのか? エディルをロードナイトにするためにマヒさせておいた魔獣猿だが、ジャドが殺してロードナイトになったらしい。
「俺が倒した魔獣猿を横取りしたのか?」
「ネコが何を言う。魔獣猿はおれが殺したんだ。ついでに、おまえも殺してやる」
「エディル! ミクを連れて遠くに離れるんだ。ほかの者も離れろ!」
ジャドが呪文を唱え始めた。火砲の呪文だ。ジャドの魔力は〈100〉になったはずだ。たかが火砲だが、その魔力の火砲が命中すれば普通の兵士が装着しているソウルオーブのバリアでは防げない。一発当たればバリアは破れて焼き殺されてしまうだろう。だが、俺のバリアはソウルオーブのような柔なものではない。
ジャドは俺に向かって火砲を放った。飛んでくる火の球の向こうに、勝ち誇ったジャドの顔が見える。火球は俺のバリアに当たって爆発した。周りにいた女たちの悲鳴が上がる。
だが、俺のバリアにダメージはない。バリアを自動回復するスピードの方が速いからだ。
爆発の炎や煙が消えて俺の姿が現れると、離れて眺めていた者たちから「オォッ!」と、どよめきが上がった。
それを見たジャドは立て続けに火砲を放ってきた。バリアに当たって爆発が連続する。むろんバリアも俺も無傷だ。
「それだけか?」
俺はそう言いながら、ゆっくり歩いてジャドに近付いた。
ジャドは慌てて戦斧を取り出し、何かを喚きながら俺に打ち掛かってきた。俺のバリアが白く光ってそれを弾き返した。
「俺は敵に容赦はしない」
俺の言葉にジャドは初めて怯えた表情をした。魔力剣を頭上に構えて、俺はスキルを発動しながら振り下ろした。「ヴォーッ」という音が響いて、ジャドのバリアが消滅した。ジャドの体に肩から腰にかけて真っすぐな線が入った。
「うそっ……」
ジャドの呟きとともに、その上半身が線に沿ってずり落ちていく。
俺が使ったのは高速斬撃のスキルだ。これを発動すれば魔力剣自体が相手を斬り付ける動作を超高速で反復する。自分の腕は狙いを定めたところに打ち込むのと、魔力剣を支えるのに使うだけだ。何度も剣を振り回す必要はない。相手のバリアを破壊して斬り倒すまで目に見えないほどの速さで斬撃が繰り返される。周りで見ている者には一太刀にしか見えないはずだ。
これまで毎晩、原野での食事が終わった後に、俺は新しい体に慣れるために訓練を続けてきた。体を動かすだけでなく、魔法の訓練やテオドからコピーさせてもらったスキルの訓練も続けてきたのだ。このスキルもその一つだった。
ジャドの体が二つに分かれて崩れていく。その様子を見て、女たちからまた悲鳴が上がった。
アベラルはどこだろう? 捜すと、ヤツは女たちの後ろに隠れて震えていた。
俺が近付くと、女たちは悲鳴を上げながら逃げ散って、アベラルが一人だけ残された。
「おまえは俺を殺そうとした。俺の敵ということだ。敵なら殺す」
アベラルは地面に蹲って、頭を抱えて震えているだけだ。そこへ、ミクが飛び出してきた。ミクはアベラルを守るように両手を広げて、俺を睨み付けた。
「ニャロ、ダメ! アベラル兄ちゃんを殺さないで!」
「おれからも頼む。兄ちゃんは意地悪もするけど、優しいときもあるんだ」
エディルもミクのところに駆け寄って、俺に向かってそう叫んだ。
俺はどうして良いのか分からなくなった。なぜ、こんなことになったんだ?
考えが纏まらずに固まっていると、俺の探知に反応があって、ロードナイトが二人とソウルオーブを装着した数人の人族がこっちへ近付いてくるのが分かった。
この村に駐屯している兵士たちだろう。六人だ。その中の二人がロードナイトで、中年の太眉が印象的な男と髪の毛を一本の三つ編みにした女だった。魔力は太眉男が〈60〉で三つ編み女が〈50〉だ。
「おい、おまえ! 何をしている?」
太眉が俺に聞いてきた。こいつが隊長なのだろう。
「俺を殺そうとした男に反撃を加えて倒したところだ」
俺の説明に、太眉は地面に倒れて血の海に沈んでいるジャドの死体に目をやった。
「この男をおまえが殺したと言うのか?」
「そうだ。村を襲ってきた猿たちも、そこで死んでいる魔獣猿も俺が倒した。それと、猿の襲撃に紛れてこの家を襲おうとしていた盗賊たちも捕らえた」
「ウソを言うな! おまえ一人でそんなことができるはずがない!」
三つ編みが声を張り上げた。女にキンキン声で叫ばれると頭が痛くなる。
「本当のことだ」
「おまえは怪しい。取り調べるからおれたちと一緒に来い」
「イヤだ」
ミクたちに睨まれたせいか、俺は何もかもが嫌になっていた。
「抵抗するのか!? ならば捕らえるまでだ!」
「俺に敵対すると怪我をするぞ!」
俺の忠告にもかかわらず、兵士たちが斬り掛かってきた。バリアがすべて弾き返した。それを見ていた太眉と三つ編みはバリア破壊の魔法を放ってきた。そんなひ弱な魔法が俺に通じるはずがない。
「おまえたちの攻撃は俺には通用しない。では、反撃するぞ」
俺はバリア破壊&眠り&沈黙のスキルを発動して全員を眠らせた。そして、太眉だけを起こした。太眉は俺の顔を見るや、すぐに飛び起きた。何かの呪文を唱えようとして、自分の声が出ないことに気付いたようだ。
「そうだ。おまえには沈黙の魔法を掛けた。これでも、まだ俺に敵対するのか?」
そう言いながら、俺は太眉に向けて威圧の魔法を掛けた。これは相手のソウルに俺への恐怖を刻みつける魔法だ。恐怖の度合いは自由に調整できる。この兵士たちには恨みがある訳ではないから、ほどほどにしてやろう。
俺が威圧魔法を掛けると、太眉は真っ青になって震え始めた。
「喋れるようにしてやろう。どうだ? 俺への敵対は止めるか?」
俺が沈黙を解除してやると、太眉は必死に頷いた。手間が掛かかったが、三つ編みや他の兵士たちへも同じように威圧魔法で脅しを掛けた。
「あなた様へ我らは敵対しません。あなた様が強い魔闘士であることは分かりました。飛礫猿や魔獣猿を倒したのもあなた様で間違いありません。どうか我らの勘違いをお許しください」
太眉は震えながら跪いて許しを求めた。三つ編みや兵士たちも震えている。
「分かれば良い。盗賊たちを十人ほど捕まえてるから、ちょっと待ってろ」
道端に倒れている盗賊たちを蜘蛛糸でグルグル巻きにして、眠りと沈黙を解除して兵士たちに引き渡した。一人だけ魔力〈52〉のロードナイトがいたから、そいつの沈黙だけは解除していない。
「猿たちをこの村に誘き寄せたのは、おそらくこの男だ。こいつらを駐屯地に連行して調べてくれ。それから俺のことは内緒にしろ。この猿たちを殺し、盗賊たちを捕まえたのはおまえたちだ。自分たちの手柄にしていいぞ」
「それでよろしいので? わ、分かりました」
兵士たちは盗賊を連れて戻っていった。
さて、後は……。まだアベラルやベルガドの家族、護衛たちをどうするかを決めていない。
あまり期待してなかったが、威圧の魔法は予想以上に効き目があるみたいだ。これを使って、あいつらには反省してもらおう。
エディルとミク、父親のベルガドを除いて、イジワルを続けた家族と護衛たちに威圧魔法を掛けた。特にアベラルとその母親にはたっぷりと魔力を注いで威圧したから、死ぬまで毎晩俺の夢を見て、怯えて過ごすことになるかもしれないな。
「ベルガド、俺はここを出ていく。ただし、出ていく前におまえに言っておくことがある」
「は、はい……」
「あの母親はおまえの目が届かないところでエディルとミクに意地悪をしているぞ。そんな意地悪はさせるな。エディルとミクを他の自分の子供たちと同じように平等に扱わせろ」
「そんなことが……」
「ああ、本当のことだ。それと、あの母親だけでなく、その子供たちや護衛も意地が悪過ぎだ。それを改めさせろ。子供たちをきちっと躾けるんだ!」
「しつけ……、躾けでございますか……」
「そうだ。褒めるべきは褒め、叱るべきはちゃんと叱るってことだ。形だけじゃダメだぞ。心を込めて褒めたり叱ったりしろよ」
「はい……」
「俺は10年後か20年後にここに戻ってくる。言ったとおりにしてなかったら、そのときはアベラルや邪悪な者たちにもっと厳しい罰を与えるぞ。分かったか? 分かったら、そうすると約束しろ」
「は、はい。魔闘士様。分かりましてございます。お約束いたします」
威圧を掛けてないのに、震えながらベルガドは約束した。
俺はエディルとミクに目を向けた。エディルは目を逸らし、ミクは少し震えていた。俺が怖くなったのかもしれない。嫌われてしまったかな……。
「じゃあな」
俺はそう言っただけで歩き始めた。振り返らない。村を出ていくのだ。
威圧の魔法や脅しでは人の本質は変わらない。そんなことは分かっていたが、どうしようもなかった。俺は聖人ではない。これからも敵対してくる者がいれば倒すか制圧するだろう。
だけど、なんて後味の悪い旅立ちだろうか。どうしてこんなに辛いのかな……。
※ 現在のダイルの魔力〈231〉。
(ジャドを倒したため、その魔力の1%分ほどが増加)




