032 襲撃に備える
ベルガド家に売られてきてから1か月が過ぎた。俺の魔力は順調に回復を続けて、今朝は〈230〉になっていた。元の魔力に戻ったのだ。体の痺れも無くなって、本来の身体能力を発揮できるようになったようだ。
深夜になって、いつものように原野の食事場所に行ったときに自分の身体能力を確かめてみた。毎晩訓練を続けていたから自分の体の身体能力が高いことは分かっていたが、それでも俺の予想を上回っていた。
元の俺の体より何倍も身体能力は高くなっていた。例えばジャンプ力だ。元の体なら垂直に飛び上がれる高さは50セラか60セラだったと思うが、今の体は軽く3モラは真上にジャンプできるのだ。走る速さも格段に上がった。測ったわけではないが、今なら100モラを軽く5秒くらいで走れそうだ。
俺の能力は完全に回復したと言っていいだろう。こうなれば従属の首輪を外すことは難しいことではない。
俺は深夜にベルガドの家に忍び込んで、ベルガドやその家族、護衛たち全員に眠りの魔法を掛けた。そしてベルガドを眠らせたまま原野に連れ出した。ベルガドに沈黙の魔法を掛けて首輪の呪文を唱えられないようにして、それからベルガドを起こした。
「おい、起きろ!」
顔を軽く引っ叩くとベルガドは目を開けた。驚いたような顔をして口をパクパクさせている。
「おまえには沈黙の魔法を掛けた。だから声は出せない。今から魔法を解いてやるから、俺の首輪を外す呪文を唱えろ。もし俺に電撃罰を加えようとしたら、おまえが電撃を食らうことになるぞ」
俺はそれだけを言って、ベルガドの沈黙魔法を解いた。
「おぉっ! 声が出るようになった。だが、おまえはバカだな。おれが素直におまえの首輪を外すと思うか?」
そう言って、ベルガドは電撃罰の呪文を唱え始めた。俺はすかさず電撃マヒをベルガドに放った。ベルガドは体を硬直させて地面に倒れた。気絶はしていないが、激烈な痛みが全身を貫いて体がマヒしているはずだ。
「いいか? 俺に電撃罰を加えようとしたら、おまえが代わりに電撃を食らうだけだ。今からマヒを解いてやる。もう一度言うぞ。俺の首輪を外すんだ」
マヒが解けると、ベルガドはコクコクと頷いた。
「わ、分かった。言うとおりにするから、電撃で攻撃しないでくれ」
ベルガドは震えながら呪文を唱えた。今度は間違いなく従属解除の呪文だ。この呪文は首輪のオーナーであるベルガドが唱えて初めて有効になるのだ。
俺の首輪が外れた。
「あ、あんたの言うとおりに首輪を外した。だから、殺さないでくれ。お、お願いだ。か、金ならいくらでも用意するから」
ベルガドは跪いて許しを請うような仕草をした。
「俺は盗賊ではない。金などいらないし、おまえを殺したりしない。危害も加えない。ただし条件がある。俺をしばらくの間、おまえの家に置いてくれ。待遇は今のままで構わない」
「ど、どうして、そんなことをする? あんたは自由になったのだから、家から出て行ってくれ」
「いや、理由は言えないが今は出て行きたくないんだ。もしこの条件を呑めないのなら、おまえはここで死ぬことになる」
殺したりはしないが、逆らうとどうなるか思い知らせてやろう。俺は浮遊魔法と念力を使って、自分とベルガドの体を空中に持ち上げた。地面まで数十モラはあるだろう。真夜中で真っ暗だから、どれくらいの高さにいるかは分からないだろうが、ベルガドは自分が空中から落とされる寸前だと理解したようだ。
「こ、ころさないで……。おねがいだ。何でもあなたの言うとおりにする。いや、しますから……」
ベルガドの体がぐったりとなった。気絶したようだ。少しやり過ぎたかもしれない。
俺はベルガドを地面に降ろしてキュア魔法を掛けた。ベルガドが目を開けた。
「いいか、もう一度言うぞ。俺はおまえの家にしばらくの間、ある理由があって留まることにする。おまえは俺を今までのように従者として扱うんだ」
俺の言葉にベルガドは震えながらコクコクと頷いた。
「この従属の首輪は外したが、俺はこの首輪をつけて従者の振りをするからな。おまえは普段と同じように俺に命令したり意地悪をしたりするんだ。それから、今夜のことは誰にも言うな。家族や護衛たちにも内緒だ。いいな?」
「は、はい。わかりました」
ベルガドは返事をしたものの、震え続けている。この様子では普段どおり振る舞うのは難しそうだ。
奴隷が首につけている従属の首輪は真っ赤な色だが、この首輪は外してしまったから鈍い金属色に戻っている。赤色の染料などは無いから色をごまかすことはできないが、奴隷の振りを続けていれば首輪の色を気にする奴はいないだろう。
その後、俺はベルガドを眠らせて家に連れ帰った。
ベルガドは朝になって目が覚めたら夢を見たと思うかもしれない。それなら、それで構わない。家族や護衛たちはぐっすりと眠ったままだ。
………………
俺の魔力は回復したがこの家に留まることにした。ちゃんとした理由があってのことだ。だが本当にこの判断でよかったのだろうか?
俺は麦藁の寝床で横になって、あのときのことを思い出していた。あのときのこと。それがこの家に留まることにした理由なのだ。
あのとき……、それは俺がこの家に売られてきて1週間ほど経った日のことだ。ちなみに、こっちの世界では1週間は6日間だ。話はその日に遡る。
その日の深夜、俺は食事のために原野に出た。肉を焼くのに火の魔法を使うから、真っ暗な小道を俺は村からは見えないところまで歩いた。
10分ほど歩いたところに俺がいつも火を熾して食事をする場所がある。だが、その夜は先客がいた。いつもの場所から話し声が聞こえてきたのだ。男の声だ。こっそり近付くと十人以上の男たちが焚火を囲んでいた。俺は急いで茂みに身を隠した。
「お頭、ベルガドはそんなに金を持ってるんですかぃ?」
「あぁ。それは確かだ。ベルガドと闇取引をしている海賊から聞いたんだが、家の中にしこたま貯め込んでいるらしい。おれたちはそれを奪うんだ」
「けど、お頭。あの村には王国軍の兵士が大勢駐屯してますぜ。それに、駐屯部隊の中に魔闘士が二人もいるらしい。お頭も魔闘士だが、今度の盗みはちょっと難しいんじゃねぇですかい?」
「心配するな。おれに考えがある。だが襲撃にはもっと数を集めなきゃいけねぇ。ちょっとした仕掛けが要るから、時間が掛かるがな」
どうやらこの連中は盗賊らしい。お頭は魔闘士だと言ってるから、ロードナイトなのだろう。
このときの俺の魔力はまだ回復してなくて探知魔法が使えなかったから、盗賊たちがどれほど強いのか分からない。だが、茂みに隠れている自分が見つからずに済んでいるのは、相手も探知魔法を使えないということだ。魔力が〈100〉よりも低いってことだ。
盗賊たちの話から推測すると、すぐにベルガド家を襲うということではないらしい。もっと盗賊の仲間を増やす算段をしているようだ。
今はこの場からは退却しよう。俺がここで戦っても勝てる見込みがないからだ。
俺は静かに小道を引き返した。
もしベルガド家が盗賊たちに襲われたとしても、エディルとミクだけは守ってやろう。俺は心の中でそう決めていた。
俺の能力が元に戻り、従属の首輪を外した後でもこの家に留まる理由はそれだった。盗賊たちからエディルとミクを守るのだ。
盗賊たちの話を盗み聞きした夜から1か月近くが過ぎたが、いまだに襲撃はない。
その間、俺はぼんやりと襲撃を待っていたわけではない。俺の魔力が〈100〉を超えて、掘削魔法や石壁魔法が使えるようになったときに、俺はエディルに隠れ家を作ろうと話を持ち掛けた。襲撃に備えて、エディルたちが逃げ込めるシェルターを地下に作ろうと考えたのだ。
俺は小さいころから自分で何かを作ったり修理したりするのが好きだった。庭木の上に小さなツリーハウスを作ったり、ガラクタを寄せ集めて風力発電装置を作ってみたりした。自分で工夫しながら何かを作り上げていくことにワクワクしたし、こっそり作って完成させた物を家族や友だちに見せて驚かせるのも楽しかった。
しかし今回はこっそりとは作らずに、事前にエディルたちと相談することにした。いざというときに慌てずに隠れ家へ逃げ込んでもらわなきゃいけないからだ。
エディルとミクは隠れ家を作ると聞いて喜んで賛成した。もちろん盗賊の件は話してない。話せば子供たちを恐がらせるだけだからな。
俺は深夜にエディルたちが寝ている物置小屋へ行った。隠れ家への入口を物置小屋の中に作ろうと考えたからだ。
物置小屋の中に空っぽの古い木箱が置いてあった。その木箱の下の床板をぶち抜いて、そこから地面を掘り下げて階段と地下通路を作った。その通路を3階建ての石の家の真下まで伸ばし、そこに広い地下室を作り上げた。これが隠れ家だ。そこから更に俺が寝ている厩舎まで通じる地下通路を設けた。
エディルもミクも松明の魔法を知っていたから、二人に俺が持っていたソウルオーブを渡して、隠れ家の中で使うように言った。そして、何かあったら必ず隠れ家の中に逃げ込めと教えた。
おそらく盗賊たちが襲ってくるのは深夜だろう。だが昼間かもしれない。もし俺が原野に行って留守のときに襲われたとしても、この隠れ家に逃げ込めば見つからずに助かる可能性は高い。
俺はこの隠れ家を作った日からエディルとミクに魔法を教え始めた。バリアやキュアなど身を守るための魔法が中心だ。呪文については〈知識〉に入っているから、俺だって教えられるのだ。
………………
俺がベルガドに従属契約を解除させてから1週間が過ぎたが、何の動きもなかった。このまま1か月が過ぎて何も起こらなかったら、俺はここを出て行こうと思う。
そのときはエディルをロードナイトにしてから出て行こうと考えていた。兄としてミクを守れるだけの力をエディルに与えるのだ。エディルはまだ10歳で子供だが、きちっと教えれば正しい行動が取れるはずだ。
だから俺は、自分が強いロードナイトであることや、訳あってこの家にいることを説明し、俺がいる間はエディルたちに色々なことを教えると約束した。そして、深夜になると隠れ家でエディルとミクに魔法だけでなく、ロードナイトとは何か、人としてどういう行動を取るべきかなど、例え話を交えながら教えたり話し合ったりしたのだった。
………………
そしてその日がやってきた。従属契約を解除して11日目。夜明け前だった。
外が騒がしい。なんだろ? 遠くの方から「ギィギィーッ!」とか「キィッ、キィッ!」とか鳴き声が聞こえる。それに混じって「サルだ! にげろーっ!」、「たすけてーっ!」など村人が叫んでいる声も聞こえてきた。
盗賊ではなく、スロンエイブ(飛礫猿)の群れが村を襲ってきたのだ。
※ 現在のダイルの魔力〈230〉。
(ソウル移植に伴い一時的に魔力が弱まっていたが、完全に回復)




