031 俺の名前はニャロ
マーカイ村はエルフン王国からマリエル王国へ至る街道沿いにあった。エルフン王国は遥か北西にあるエルフの国だ。マリエル王国は南東にある人族の国で、このマーカイ村はマリエル王国に属している。
マーカイ村は魔樹海に接していて、魔空船の発着場が1基ある。この村から魔空船に乗れば2日でマリエルの王都に着くそうだ。
ベルガドはこのマーカイ村で皮革商の親方をしていた。ベルガド家の者や村人たちが狩りで得た魔物の革や魔石などをベルガドは一手に集めて、定期運航している魔空船でマリエル王国まで運び、そこの商人に売っているのだ。海賊からも戦利品の中から革などを買い取っているらしい。村では一番の資産家のようだ。
俺がベルガド家に連れて来られたとき、ベルガドには既に男の従者が八人いた。どの男たちも筋肉隆々の人族で、従属の首輪をつけていた。ベガルドやその息子たちが原野で魔物狩りをしたり、マリエルの王都まで革や魔石を売りに行ったりするときに、この従者たちはソウルオーブを装着して護衛をするとのことだった。
ベルガドには四人の息子と三人の娘がいた。俺はその次男に護衛として引き渡された。次男は19歳でアベラルという名前だ。
俺の人生の中で初めて会った人の顔を見て「こいつとは相性が合わない」と直感したことが何度かあったが、このアベラルと会ったときもそうだった。
この男も体を鍛えているようで、筋肉モリモリで身長も2モラくらいある。自分が一番強いと思っている自信家らしく、顔の表情にそれが現れていた。顔を見たときに相性が合わないと感じたが、話をしてみてはっきりとイヤなヤツだと分かった。
アベラルも同じように感じたようだ。出会った直後から獣人のくせに生意気だと言われて、何度も電撃罰を食らった。
「生意気と言われても、俺は言うべきことを言ってるだけだ」
電撃罰を食らって地面に倒れた後、俺は立ち上がりながらそう言った。
「その口答えが生意気だと言うのだ。ネコのくせに口答えをするな!」
アベラルが真っ赤な顔をして言った。俺が何か言えば言うほど、怒らせてしまうようだ。
「アベラル様。この生意気なネコに人族の言葉を喋らせることが間違ってますぜ。喋ることを許しちゃいけねぇ。ネコはネコの言葉で十分でさぁ」
護衛の一人でジャドという名前の男がそんなことを言った。
「おぉ、そうだな。おまえはこれからは人族の言葉を話すな。ネコ語だけを話すようにしろ。これは命令だ」
ニヤニヤしながらアベラルが俺に言った。
「そんなことができるか! 俺はネコじゃないし、ネコ語なんて知らない」
アベラルが呪文を唱えて、また電撃罰の強烈な痛みが体を貫いた。何度も同じ痛みを繰り返すと、それに慣れてくるようだ。立っていられないほどではなかったが、俺はわざと地面に倒れ込んだ。電撃罰の痛みに震えているような振りをして、自分にキュアを掛けた。
「可愛げのないネコだな。ネコ語はニャーとかニャーンだろ!」
「アベラル様。このネコに名前を付けてやってくだせぇ」
また護衛のジャドが余計なことを言う。
「そうだな。名前はニャンにするか。いや、ニャロだ。今日からおまえの名前はニャロだ。いいな?」
「いやだ!」
俺がそういう返事をすると予想していたのだろう。ほぼ同時に電撃罰を食らった。こいつらに逆らっても今は何も良いことは無い。
「分かった。俺の名前はニャロだ。ネコ語も話す」
「ダメだ! 言葉を話すなと言ったろ! おまえが喋っていいのはネコ語だけだ」
また電撃罰だ。
「ニャ」
俺は倒れたまま返事をした。
「いいぞ、ニャロ。それでいいんだ」
その後も俺に対する扱いは酷かった。
「今日から、おまえの寝床はここだ」
そう言ってアベラルに連れて来られたのは厩舎だった。その小屋には馬や牛が何頭かいて、その一角が空いていた。そこに麦藁を敷き詰めてここで寝ろと言うのだ。
「ウニャニャニャッ!!」
「ニャロ、そう文句を言うな。おまえのような獣人はここで十分だ。この村では獣人は馬や牛と同じ扱いだと昔から決まってんだ。だからおまえの寝床はここだ。これでもおまえは運が良いんだぞ。うちにはこの厩舎があって、中で寝られるからな。よその家に買われていたら、外で寝ろって言われただろうな」
アベラルはニタニタしながら言いたいことをほざいて出ていった。
俺はもう一度自分の体にキュア魔法を掛けて、それからバリアを張った。魔力〈23〉の弱いバリアだが何も防御手段が無いよりはマシだ。それに虫も防げる。
麦藁の上に横になった。家畜の臭いと麦藁の匂いに包まれた中で寝ることになるが、臭いという感じではなく、何となく懐かしいような匂いだ。
考えてみれば、この厩舎に入れられたのはラッキーだったかもしれない。もし護衛たちの部屋に入っていたら、そこでも酷い扱いを受けることになっただろう。この厩舎の中は俺一人だからゆっくりと眠れる。夜中になればこっそり原野へ行って訓練だってできるのだ。
そんなことを考えていると、厩舎の扉が開く音がして、誰かが入ってきた。
「エディル兄ちゃん、ネコって噛むの?」
「大丈夫だ。ミクを噛もうとしたら、おれがこの棒でぶっ叩いてやるから」
俺の前に木の棒を構えた10歳くらいの男の子と、7歳くらいの女の子が現れた。
「おい、ネコ! エサをやるから裏口まで来い!」
後で知ったのだが、この男の子はベルガド家の四男で、女の子は末っ子だった。
誰かに言われて食事だと俺を呼びにきたのだろう。
「ダメだよ、エディル兄ちゃん。このネコさんにはニャロっていう名前があるんだよ。名前で呼んであげないとダメよねぇ、ニャロちゃん」
「ニャ」
可愛い女の子だ。俺はサービスのつもりでシッポを振ってやった。
「きゃーっ! かわいいーっ!」
「ミク、行こう! いつまでもここにいるとアベラル兄ちゃんに怒られるからな。おまえも付いて来い!」
子供たちに付いていくと、裏口から中年の女が出てきて「エサだよ」と言って皿に入った残飯のような物を俺に手渡した。腐ったような臭いがする。さすがにこれは食えないぞ。
俺は何も言わずに皿を受け取ったが、この状態が続くとすれば対策を考えないとマズイな。
「くちゃーい! ニャロちゃんは、こんなの、食べるの?」
「ウニャニャ!」
俺はそっけなく返事をして厩舎へ戻った。腐った残飯は捨てた。
………………
深夜。厩舎の扉が静かに開く音がして俺は目を覚ました。誰かが俺を襲いにきたのか? バリアを張っているから、攻撃を受けても簡単には倒されないはずだ。
「ニャロちゃん、いるの?」
扉の方から囁くような声がした。真っ暗だから分からないが、あの子の声だ。たしかミクという名の女の子だ。こんな時間にどうしたのだろう?
「ニャ」、「ンモゥッ」、「ヒヒン」
俺は小さく返事をしたが、それで目を覚ましたのか牛や馬が騒ぎ始めた。俺は急いで家畜たちに眠りの魔法を撃ち込んだ。
「ミク、早くしろ。馬たちが騒ぎだすと父さんに叩かれちまう」
エディルという名前の男の子も一緒にいるようだ。俺は扉のところへ出ていった。
「ニャロが可哀そうだから食べ物を持ってきたの。お腹が空いたでしょ?」
俺の顔を見て、ミクが手に持った何かを差し出した。干し肉と堅パンだ。
「ありがとう。でも、危ないから、もうここに来ちゃダメだよ」
「ニャロは喋れるのね?」
「あぁ。俺はネコじゃなくて豹族の人間だからな。でも、俺が言葉を喋ったことは内緒だ。それが他の人に知られると、俺だけじゃなくて、ミクちゃんやそっちのお兄ちゃんも叩かれるかもしれないぞ。いいか?」
俺の言葉に二人とも身を固くして頷いた。言いすぎたかもしれないな。
「でも、ホントにありがとう。何も食ってないから腹が減ってたんだ。ミクちゃんやお兄ちゃんのように、思いやりのある子にはきっと良いことがあるぞ。さぁ、見つからないようにして、家に帰りな」
二人は足音を立てないようにして戻っていった。
この家の大人たちは獣人に大きな偏見を持っているが、子供たちは優しくて良い子だ。
どこの世界でも同じなのだ。子供の頃は素直で純真なのに、いつの間にか周りの考え方に染まって邪悪な気持ちが生まれる。人間ってなんだか悲しいな。干し肉とパンを食べた後、俺はそんなことを考えながら眠りに就いた。
………………
その翌日から毎日、俺は原野への狩りに連れ出された。アベラルや他の従者が狩りをして、俺は専ら荷物運びだ。原野に馬や牛は連れて行けないから、その代りということだ。
毎日夕方になって、獲物の肉や皮が一杯に詰まった袋を背負って村に戻ってくると、俺を見た村人たちは嘲りの言葉を投げかけた。
「アベラルさんは2本足の馬を飼ってるそうだが、これがウワサの馬かぇ?」
「馬じゃねぇぞ。ネコだぁ」
アベラルが中年の村人に答えると、そいつは俺の耳を掴んで引っ張った。
「ネコか? それなら鳴いてみ?」
それを聞いたアベラルが俺の尻を蹴飛ばした。
「ニャロ。鳴け!」
俺は背中に重たい荷物を担いでいるからバランスを崩して地面に倒れそうになって、思わず声を上げた。
「ウニャッ!」
「ほぉーっ、こりゃネコだわい」
こんな感じで、どの村人たちも俺を家畜のように扱った。それを見ていた村の子供たちも同じだった。荷物を背負った俺の後を付いて来て、体に触ろうとしたり、木の棒で叩こうとしたりした。アベラルや護衛たちは、その様子を笑って見ているだけだった。
原野の獣道を歩くよりも、村に戻って来てからの方が何倍も疲れる気がする。肉体的な疲れよりも精神的なダメージが明らかに大きかった。
………………
ベルガド家から与えられる食べ物は相変わらず残飯だけだった。だから俺は狩りで捕まえた獲物をその場で解体するときに、肉をちょろまかして亜空間バッグに入れた。亜空間の中では生ものは腐らないし鮮度も落ちないのだ。パンや調味料も同じようにして手に入れた。そして夜になると人がいない原野まで出掛けて、肉を焼いたり、干し肉を作ったりしたから、食べる物には困らなかった。
エディルとミクはあの夜の後も深夜にこっそり食べ物を持って来てくれた。二人は俺に慣れてくると麦藁の寝床に入って来て色々な話をした。俺も人と話をすることに飢えていたから、おとぎ話をしてやると二人は喜んだ。
しかしナゼ俺のところに頻繁に来るんだろ? 来てはいけないと何度も言い聞かせているのに。エディルたちが何度目かにやってきたときに俺は尋ねた。
「どうして俺にこんなに親切にするんだ?」
「だって、ニャロが可哀そうなんだもん。イジワルされてるでしょ?」
「おれやミクも大きい母さんに叩かれたり、ご飯をもらえなかったりするんだ」
エディルの話では、大きい母さんと言うのは第一夫人のことだ。二人の本当の母親は第二夫人だが、何年か前に亡くなっていて、今は第一夫人に育ててもらっているそうだ。よくある話だが、自分が生んだ子供だけを猫可愛がりして、妾の子を腹いせのために苛め倒すというやつだ。
「それなら尚更ここに来ちゃダメだ。もし見つかったら、もっと苛められるぞ」
「大丈夫さ。おれたちの部屋も家の外だから。物置小屋の中で寝てるんだ。夜は、おれたちの周りに大人なんていねぇから」
「そうなのか……。おまえたちも苦労してんだな」
思わず子供たちを抱きしめてしまった。その後もエディルとミクは深夜になると頻繁に俺のところへやってきた。幸い見つかることは無かった。
俺の魔力は少しずつ回復してきている。
※ 現在のダイルの魔力〈42〉。
(ソウルを獣人の体に移植したため魔力が低下。少しずつ回復している)




