030 従属の首輪をつける
革の袋の中にはアイラ神とフィルナが俺のために置いていってくれたお金と旅の道具が入っている。とりあえず、すべて亜空間バッグに格納しておこう。そう思って亜空間バッグに入れようとしたが入らない。どうやら魔力が元の状態戻っていないせいで、亜空間バッグの容量も小さくなったようだ。
色々と試したが、亜空間バッグに入ったのはソウルオーブと大金貨、そしてフィルナからの手紙だけだった。キャンプ道具と金貨は小屋の中に置いておくことにした。
新しい体に慣れてないせいか、体の痺れに加えて疲労感が激しい。腹も減っている。俺の新しい体は馬力が大きいから燃料もたくさん要るみたいだ。革の袋に入っていた干し肉を齧って空腹を和らげた。
寝床で横になると眠くなってきた。だが、まだ寝られない。自分の無残な体を土に戻さないといけないのだ。しかし、分解の魔法は使えない。それなら、土を掘って埋めようか? でも、その道具もないし、ククルからもらった新しい体が思うように動かない。どうしようか?
そんなことを考えていたら、もっと重要な問題があることに気付いた。
優羽奈を捜し出せたときに俺が大輝であることをどうやったら証明できるかってことだ。優羽奈が今の俺を見ても大輝だとは絶対に分からないはずだ。それなら自分が大輝であると言葉で説明したらいいのか? 優羽奈は分かってくれるだろうか……。
なんだか自信が無くなってきた。もしかすると、優羽奈を捜そうとしていることは無意味なことかもしれない。
いや、そうじゃない。もし優羽奈が俺のことを大輝だと分かってくれなくても、俺は優羽奈のことは分かる。俺は彼女が好きだし、優羽奈は俺の女だ。彼女がこの世界で迷子になって泣いているかもしれないとすれば、俺がやるべきことは一つだ。優羽奈を捜し出して、守る。彼女を幸せにする。俺は優羽奈の顔を思い浮かべながら「そういうことなのだ」とあらためて心に誓った。
それにしても今は頭の中でフィルナの顔がチラつく。どうしてだろ? 俺のソウルがククルの体に入ったことが影響しているのかもしれない。おそらくククルはフィルナのことを好きだったのだ。うん、そうに違いない……。
………………
「おい! 獣人! 起きるんだ!」
その言葉と同時に太腿に痛みが走った。何か棒のような物で叩かれたようだ。
俺は寝床でいつの間にか眠ってしまったらしい。そこを誰かに文字どおり叩き起こされた。無理やり眠りの中から引きずり出された感じだ。
ようやく意識がはっきりしてきた。目を開けると、薄暗い小屋の中に男たちがいて、俺を見下ろしていた。五人だ。全員が剣を手に持っている。俺はあの剣の側面で叩かれたみたいだ。
男たちの服装はバラバラだ。ハンターかもしれない。いや、ハンターなら眠っている者を叩いたりしないだろう。もしかするとこの男たちは盗賊か!?
「立つんだっ!」
男の一人が俺に命じた。
まだ俺の体には痺れが残ったままだが、眠ったおかげで疲れは取れたようだ。俺はゆっくり立ち上がった。
「あんたらは誰だ?」
俺の問い掛けに男は答えず、別の男が俺の衣服や体を調べ始めた。
「兄貴、こいつは何も持ってませんぜ」
「くそっ! 袋の中も金貨が10枚と旅の道具が入っていただけだ。せっかく戻ってきたのに、当てが外れたな」
そうか。こいつらはあの海賊の片割れのようだ。
「どうしやす? あの女はザイダル神様にこの獣人がお宝だって言ってましたぜ」
「だがあの女はこの袋を置いただけで、この獣人をここに残していった。たぶん、お宝はザイダル神様が取り上げたに違いねぇ。それよりも女がこの獣人に残していった金がもっとあるはずだ」
兄貴と呼ばれた男は俺の方に顔を向けた。薄暗いからその表情は分からない。男は手に持っていた剣を振り上げて俺の左肩に向けて振り下ろした。避けようとしたが、俺の体は思うように動かない。バスッという鈍い音がして背中に強烈な痛みが走った。剣の側面が当たったのだ。
「言えっ! 女が残した金はどこだ?」
「くっ……。知らない。俺は気絶していたからな。俺は持ってないから、袋に入っているものがすべてだろう」
「くそっ! くそっ! おれは隊長に無理を言って戻ってきたんだ。見込み違いでしたじゃ済まされねぇ」
「兄貴、こいつを村の連中に売れば、少しは金になりますぜ?」
手下の話を聞いて、兄貴と呼ばれた男は俺をじろっと見た。
「だが、こいつは獣人だから高くは売れねぇな。せいぜい大金貨3枚くらいだ。まぁ、何も無いよりはマシだがな。よし! こいつに従属の首輪をつけろ。すぐに出発するぞ」
手下が俺に首輪のようなものをつけると、兄貴の方が呪文を唱えた。
「おい、獣人。おれに従属すると誓え。右手を上げて誓うと言うんだ!」
「何をバカな! 誰がそんなことを言うもんか!」
俺が言うと、男が剣を振り下ろした。グキッというイヤな音がして、肩の骨から激痛が走った。
「グワッ!」
思わず俺の喉から声が漏れる。
「おまえが誓うと言うまで、何度でもこれで叩いてやるぜ」
俺が気を失うまで、何度かそれが続いた。
「わ、分かった。誓う……」
今にも消えかかりそうな意識の中で自分の口からその言葉が出てしまった。同時に首輪が締まった感触があって、そのまま、俺は意識を手放した。
………………
頭に何か冷たい液体を掛けられて、俺は意識を取り戻した。桶の水を掛けられたのだと分かった。意識が戻ると同時に、肩から背中に掛けて焼けるような痛みが俺を襲った。
「獣人! いつまで寝てるんだ! 起き上がって歩け!」
「い、痛くて動けない」
「それなら動けるようにしてやろう」
男が呪文を唱えると、頭からガンと電撃が走った。心臓を鷲掴みにされたような重い痛みを感じて俺は気を失った。
また、ザブンと水を掛けられて俺は目を開けた。何が起きたんだ!?
「おれの命令に従わなけりゃ、もう一回首輪の電撃を食らうことになるぞ。立てっ! 立って歩くんだ」
そうか……。さっきの電撃は従属の首輪に仕込まれた魔法だったのだ。
俺は痛みに耐えながら何とか立ち上がった。
………………
それからの数日間は思い出したくもない。俺は五人の海賊たちに連れられて、朦朧とした意識のまま原野の道を歩き続けた。肩から背中にかけての傷のせいで高熱が続いている。体の痺れは相変わらずだ。
俺の元の体であれば、こんな体調ではとても歩けなかっただろう。だがククルの体は頑丈だった。干し肉と硬いパン、それと水は与えられたから、体はふらつくものの辛うじて海賊たちに付いて歩くことはできた。
夜になれば海賊たちはテントの中で寝たが、俺はテントに入れてもらえなかった。草の上に倒れ込んでごろ寝だ。蚊やダニのような虫が寄って来て体の至る所に食い付かれたが、それよりも眠気の方が強かった。
従属の首輪をつけているから逃げることもできなかった。首輪を外そうとすれば電撃魔法が発動して殺されるそうだ。逃げ出せば5日後に従属の首輪によって殺されてしまうらしい。兄貴と呼ばれていた男が俺のオーナーなのだが、そいつから命令に逆らったら電撃で罰すると脅されていた。
傷をどうにかしないと熱も下がらない。俺の魔力はまだ〈8〉のままだからキュア魔法は使えない。海賊に俺の治癒を頼むことも考えたが、男たち五人の中にはロードナイトはいない。ソウルオーブは持っているのだろうが、貴重な魔力を俺のために使ってくれるとは思えなかった。
結局、傷は治療できずに体の自然治癒に任せた。4日目くらいから傷口が閉じて熱も下がってきた。獣人の体は治癒力も優れているようだ。
歩き始めてから7日か8日が経って、遠くに独立峰が見えてきた。その麓に目指す村があるらしい。その2日後に村に着いた。村はマーカイ村という名前だそうだ。ここも人族の村で、以前に立ち寄ったブリコット村よりも大きな村だった。
村に着いたときには、俺の熱は完全に下がっていた。傷はまだ少し痛むが、確実に治ってきていた。体の痺れも弱くなってきていて、体が前よりも軽くなった気がする。数日前からキュア魔法が使えるようになっていたから、自分の体にこっそりキュアを掛けたのだ。俺の魔力は〈23〉になっていた。
自分の魔力はいつかきっと元の状態に戻る。そう信じていたが、その兆しが見えたことが何より嬉しかった。
………………
海賊たちは俺をこの村の知り合いに売り付けると、どこかへ立ち去った。村の近くに海賊たちの魔空船が停泊していると話していたから、そこへ向かったのだろう。
俺を買ったのは海賊たちが闇で取引きをしている村の有力者で、ベルガドという中年の男だった。村には粗末な小屋も多かったが、ベルガドの家は石造りの3階建てで立派だった。
「おまえは今日からおれの奴隷だ。おれのことをご主人さまと呼ぶんだ」
俺が返事をせずに黙っていると、ベルガドは呪文を唱えた。全身に強烈な痛みが走り、俺は地面に倒れた。首輪の電撃罰だ。俺は気を失っている振りをして、自分にこっそりキュアを掛けた。
「ネコのくせに生意気なヤツだ! おれに逆らったら何度でも電撃で罰するぞ!」
「分かった。ご主人さま」
俺は意識が戻ったように装いながら立ち上がった。
「分かりましたと言え! おれの家族に対しても同じだぞ」
「分かりました。ご主人さま」
ベルガドだけでなく、この家の者は誰もが獣人を人だとは思っていないようだ。その日からベルガド家での酷い生活が始まった。
※ 現在のダイルの魔力〈23〉。
(ソウルを獣人の体に移植したため魔力が低下。元に戻るか不明)




