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028 ソウルの移植その2

 ―――― フィルナ(前エピソードからの続き) ――――


 あと30分くらいで1時間が過ぎてしまう。そうしたらダイルは浮遊ソウルになって本当に死んじゃう。


 私はどうしたらいいの? 大好きなククル兄。ククル兄が居なくなってしまうなんて考えられない。でも、今のままでもククル兄の体は数日のうちに死んでしまうのだ。それなら……。


『アイラ神様。私からもお願いします。どうか、ダイルを救ってください。私やククル兄を守ってくれたダイルが助かるのなら、ククル兄の体を使ってダイルを助けてあげて……』


 そう言いながら、どうして自分が泣いているのか分からなかった。ククル兄、ククル兄……、大好きなククル兄。お兄様の体をダイルに譲ってしまった。どうか、私を許して……。


『分かったわ、ありがとう』


 アイラ神様が優しく微笑みながら、私の手を握ってくれた。


「待たせたわね、ザイダル神。契約を結ぶ方向で交渉に入りましょう。その代わり、こちらにも条件が二つあるの」


「条件だと? それをおれが受け入れるかどうかは内容しだいだ。早く言え」


「一つは、このフィルナを束縛したり、フィルナに対して命令したり、本人が嫌がるような無理強いは絶対にしないことよ。あなたがこの条件を承諾しないのなら、契約を結ばないわよ」


「いいだろう。その条件は承諾しよう。ただし、おれの拠点であるベルドランに来てもらって、アイラ神との連絡役になってもらうぞ。使徒従属の首輪もつけてもらう。おれはフィルナに命令はしないが、仕事の依頼はするぞ。無理強いはしないが。

 それと、アイラ神やおまえの仲間が契約に違反したり、おれに対して害を与えようとしたらフィルナには首輪の罰則を受けてもらう。人質だからな。それもいいな?」


「それでいいわ。フィルナもいいわね?」


 アイラ神様の言葉に私は「はい」と言って頷いた。


「それで、もう一つの条件はなんだ?」


 ザイダル神とアイラ神様はこのまま契約交渉を続けるのだろうか? もうすぐ、ダイルのソウルが体から離れてしまう。早くしないと……。


「ザイダル神様、アイラ神様、お話し中すみませんが、あと20分くらいでダイルが浮遊ソウルになってしまいます。ダイルをどうか助けてあげてください」


「そうね」


 アイラ神様は私に向かって穏やかに微笑んで頷いた。その笑みは安心しなさいと言っているようだ。そして話を続けた。


「ザイダル神、もう一つの条件というのが、あなたが殺したこのロードナイトのことよ。ダイルっていう名前なの。その条件を話す前に、また少し時間をもらうわよ。早くソウル移植の魔法を発動しないと間に合わなくなるから」


「ソウル移植だと? あぁ、そういうことか。そのロードナイトのソウルをそこにいる豹族の体に移すのだな? 石化でソウルが抜けているらしいから、たしかにソウル移植は可能だな。だが、ソウル移植は危険な魔法だ。失敗するかもしれないぞ」


「分かってるわ。でも、今のまま何もしないとダイルは浮遊ソウルになってしまう。ここで浮遊ソウルにしてしまうのはあまりに惜しいわ。

 あたしはダイルを自分の使徒にしようとして、彼をずっと育ててきたの。ダイルはあたしの使徒同然なのよ。だからソウル移植の邪魔をしないでもらえる? それが終わったら、こちらの条件を話すから」


「おれは、そういう話を聞くと却って邪魔をしたくなる質でな」


「そう言うと思ったわ。邪魔をするなら、あたしは全力であなたの私掠兵団を叩き潰すわよ! カイエン共和国の戦力を総動員してね」


 アイラ神は自分が支配しているカイエン共和国の戦力を使って、ザイダル神の私掠兵団を潰すと言っているのだ。神族や使徒が他の神族やその一族を直接攻撃すると戒律に反することになるが、配下の人族同士を戦わせることは戒律違反とはならない。それは神族が支配する国家間の戦争も同じであり、戒律違反ではないのだ。


 でも、カイエン共和国って、そんなに軍事力は大きくないはず。それに、ザイダル神は自分の私掠兵団だけでなくベルドラン王国も支配しているから、戦ったらアイラ神のほうが不利だと思うのだけど……。


「ほう。おれと戦うと言うのか? それも面白いが、惚れた女と戦うのは遠慮したいな……」


 ザイダル神は少しの間、顎に手を当てて何かを考えているようだったが、すぐに顔をアイラ神様の方に向けた。


「そのダイルという男はおまえが使徒にしたいほど価値がある男なのか?」


「ええ、そうよ」


「ならばその男のソウルは助けよう。ソウル移植の邪魔はしない。だが、その男はおれの部下を大勢殺したんだ。今のままでは、おれの気持ちが治まらない」


「ダイルは海賊に襲われたから反撃しただけよ。先に手を出したのはあなたの部下なのだから」


「だから、おれの気持ちの問題だと言ってる。大勢の部下を殺されたのにソウルを助けたのでは、おれの気持ちが治まらないのだ」


「それで……?」


「そのダイルという男にはフィルナと組んでベルドランで仕事をしてもらう。期間はフィルナが人質になっている間だ。タダで仕事をしろとは言わない。仕事への報酬は払うぞ」


「なにを言ってるの? ダイルはあたしの使徒にするのよ」


「それはフィルナの人質期間が終わるまでお預けということだな。まぁ、おまえが頑張って五条受諾の契約を満たせば、その期間は短くなるぞ。フッフッフ」


「あなたって人は相変わらずね。でも、それはあたしが決める話ではないわね。それを受けるかどうかはダイル自身が決めることよ。ダイルはあなたの手下に襲われて、あなたに殺されたのよ。承知するとは思えないけど。フフフ……」


 ザイダル神はそれを聞いて少し顔を歪めた。


「それなら、いっそ従属の……」


「言っておくけど、ダイルを従属の首輪で束縛しようとしてもムダよ。あたしがいつでも解除できるのだから」


 使徒従属の首輪は解除できないが、普通の従属の首輪であれば神族の魔法で解除することができるらしい。


 ザイダル神はまた少し考え、ニヤリと笑った。


「では、フィルナに人質の役割を果たしてもらおう。ダイルがおれに逆らうようならフィルナに少し痛い思いをしてもらう。 フッフッフ。これはいい考えだ」


「あなた、さっきの約束を破るつもりなの!? フィルナが嫌がるような無理強いはしないと約束したでしょ!」


「フィルナに対しては本人が嫌がる無理強いはしないさ。だが、ダイルのことは何も約束してないぞ」


 このまま交渉を続けると時間がなくなる。


「アイラ神様、時間が……」


「くっ! 仕方ないわね……。ザイダル神、ダイルのことはあなたが彼と直接交渉して決めたらいいわ。時間が無いからソウル移植を始めるわよ」


「あぁ、早くやれ。邪魔はしない」


 アイラ神様はククル兄に眠りの呪文を唱えて、地面の上に寝かせた。そして、ダイルの屍を念力でククル兄の近くに運んだ。その後、少し長い呪文を唱えると、「ふぅー」っと長い息をついた。


「ソウル移植は終わったわ。成功よ。それと、これをやっておかないと……」


 アイラ神様はダイルの死体からロードオーブを取り出してククル兄の背中に埋め込んだ。ダイルのロードオーブも損傷していないようだ。


「これでロードオーブの移し替えも終わったから、ダイルはもう安心よ。でも、本人のソウルが新しい体に順応するまでに時間が掛かるけどね」


「ダイルのソウルがククル兄の体に慣れるまでにどれくらい時間が掛かるのでしょうか?」


「そうねぇ……。移植されたソウルと新しい体の相性によって違うから何とも言えないけど、早ければ数日、遅ければ数か月くらいかな。その間は、ダイルはこの場所でククルさんの体に慣れるための訓練をするしかないわね」


 ソウルを移植したことなど何も知らずにククル兄は眠っている。いや、今はダイルになったのね……。


 アイラ神様はダイルの体を念力魔法で持ち上げて小屋の中の寝床に移した。


「それで、もう一つの条件とはなんだ? ダイルのことなのだろう?」


「ええ」


 アイラ神様は少し疲れたような表情で頷き、言葉を続けた。


「彼をあたしの使徒にするから、あなたはダイルに手を出さないということよ。彼を傷付けたり、使徒にしようとしたりしないこと。それが条件だけど、問題ないわよね?」


「あぁ、了解した。さっきの話し合いで決めたように、ダイルにはフィルナと組んでベルドランで仕事をしてもらうからな。傷付けたりしないし、報酬もちゃんと出す。大事にするから安心しろ」


「仕事って? ダイルに何をさせるつもりなの?」


「父上が死んでから、ベルドランは常に危機に曝されている。ダイルができる仕事は色々あるさ」


 そう言えば、ベルドラン王国が危ないという話は以前から聞いていた。10年ほど前にベルド神が不慮の事故で亡くなったらしいが、その一人息子のザイダル神が跡を継ごうとしないため、国土が荒廃しているという噂だった。


「あなたがちゃんとベルド神の跡を継げば何の問題もないのにね」


「それは、おまえがヨメに来てくれないからだ」


「あたしのせい? あなたが自分の私掠兵団に入れ込んで好き勝手なことをしているからでしょ!? 子供が気に入ったオモチャで遊んでるようなものね!」


「ムムッ! なんだと!」


 どうやらこの二人には深い因縁いんねんがありそうだが、突っ込まない方がよさそうだ。


「まぁ、その話はここでは止そう。早くベルドランへ戻って、契約の内容を細かく詰めようではないか」


「ちょっと待って。ダイルにちゃんと話をしておかないと可哀そうだわ。意識が戻るまで何時間か掛かるから待ってもらえる?」


「あいつが目覚めるまで何時間も待っていられない。メモでも残しておけばいいだろう。メモには必ずベルドランのおれを尋ねて来いと書いておけ。頼みたい仕事があるとな。もし来なければ人質が危なくなると書いておけよ。フィルナの友だちだったらきっと来るだろう。フッフッフ」


 こうしてザイダル神とアイラ神様の話し合いは一段落した。


 その後、ザイダル神は自分の部下たちに仲間の死体を処理するように命じて作業させた。その間に私はダイル宛てのメモを作ってアイラ神様に見せた。


 アイラ神様がメモを読んでいる間に、私は亜空間バッグから革の袋を取り出した。その中には自分が持っていた予備のキャンプ道具一式が入っている。ダイルが持っていた荷物は全部盗られてしまったから、これをダイルに使ってもらうのだ。その袋を眠っているダイルのそばに置いた。


 ザイダル神はアイラ神様からメモを取り上げてざっと読んだ。


「まぁ、いいだろう」


 そう言って、そのメモを袋の上に置いた。その後、ザイダル神は首輪のような物をどこからか取り出した。


「これが使徒従属の首輪だ。従属の首輪と違って、この首輪は細くて透明だ。だから誰も首輪には気付かないから安心しろ。ただし1年間に1回はおれが触れておかないとおまえは首輪に殺されてしまう。逃げることはできないってことだ。

 では、今からこの首輪をつけて、おれの人質になってもらう。いいな?」


 ザイダル神の言葉にアイラ神様は悔しそうな顔をしている。これ以上、アイラ神様に迷惑は掛けられない。私はザイダル神に頷いた。


 ザイダル神は私に首輪をはめて契約の呪文を唱えた。私は同意して契約が成立した。


「あの……、ダイルの死体は? 土に戻してあげないのですか?」


「ダイルが自分がどうなったのか知るために、そのままにしておいたほうがいいわね。魔物が寄って来ないように、結界魔法を張っておくから半日くらいは大丈夫よ」


 アイラ神様が魔法で広場全体に結界を張った。そして、アイラ神様、ザイダル神、私はダイルを残したままベルドランへワープした。



 ――――――― ダイル ―――――――


 さっきから目は覚めていたが、頭になんだか霞が掛かったような感じで、ぼんやりしていた。どれくらい経ったのだろうか。少しずつ頭がはっきりしてきて、自分が小屋の中で寝ていることが分かった。


 どうして、こんなところで寝てたんだろ?


 そこまで考えて、自分が眠る直前に海賊と戦ったこと、そして、どこからか現れたマント男に魔法で倒されたことを思い出した。


 あれからどうなったんだ? 自分がここで寝てるってことは、助かったということだよな? あのとき、すごい火傷をしたはずだけど……。俺の体は大丈夫なのだろうか?


 手足を動かしてみた。大丈夫だ。手も足も動く。だが、重たい。と言うか、自分の手や足とは違うような、しびれたままの手と足を無理やり動かすような感じがする。


 どこか違和感がある。なんだろ? 俺は体を起こしてみた。


 ※ 現在のダイルの魔力〈???〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。


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