026 青天の霹靂
石化解除の魔法は成功したようだ。ククルの胸がゆっくりと上下しているのが分かる。ちゃんと呼吸をしている。体は大丈夫みたいだ。
アイラ神が別の呪文を唱えた。何度もその魔法を繰り返した。そして静かに告げた。
「石化は解けたけど……、ソウルが体から離れているわ。ソウル感知の魔法で何度も確かめたから間違いはないと思う。ククルさんは浮遊ソウルになったということよ。気の毒だけど……」
その言葉にフィルナは泣き崩れた。
浮遊ソウルになったということは、その者は死んでしまったということだ。でもククルの体は生身の状態に戻っていて呼吸もしている。眠っているだけのように見える。だが、ソウルが離れてしまっているから目覚めることは無いのだろう。
しかしフィルナの気持ちを考えると、俺まで辛くなってくる。何かしないと居た堪れない気持ちになってきた。
俺はククルに近付いた。
「おい、起きろ! ククル! 起きろよ!」
頬を叩いたり、体を揺すったりして、なんとかして起こそうとした。
死んだ人間が起きるはずがないが、俺は何度も呼び掛けた。
不意にククルが目をパチリと開いた。
「ウワァッ!」
俺は悲鳴を上げて飛び上がった。心臓が飛び出るほど驚いた。
「い、いきてるぞ? どうなってるんだ?」
「体は生きているし、脳も生きてるのよ。だから、呼びかければ目を開けるわ。体を動かすし、問いかければ何か応えるわよ。食事もするし排便もする。でも、ソウルが入ってないから自分の意志は持っていないの。本能だけで動いているのよ。体はククルさんでも、その抜け殻なの」
そういうことか……。
「前にも言ったけど、ソウルが抜けた体はすぐに死んでしまうのよ。たぶん、生きていても数日だと思う」
「私が兄の世話をします。たとえそれが数日間でも……。アイラ神様、お許しいただけますか?」
「もちろんよ。そうしなさい。あたしはテオドを連れてカイエンに戻るけど、フィルナはここでククルの世話をして、それからダイルと一緒にカイエンへ向かいなさい。あなたとはいつでも連絡できるし、もし何かあっても、あたしがすぐにワープして来れるから」
「はい、分かりました」
「カイエンへ出発するのは慌てなくていいから。ゆっくりでいいわよ。ここでククルさんを見送って気持ちが落ち着いたら出発しなさいね」
「ありがとうございます」
フィルナはこんなに素直な娘だったのか……。初めて会ったときのフィルナは自分勝手な印象が強かったが、ククルのことを思って必死だったのだろう。第一印象だけでフィルナのことを決め付けていたみたいだ。俺は心から反省した。
俺はあらためてククルを見た。ククルは豹族だ。正式な種族名はレバンクーメルというらしい。人族との違いは豹耳とシッポがあることだ。体や顔つき、髪の毛などは人族と同じだが、栗毛色の髪を掻き分けて三角形の豹耳がピンと出ている。ククルは綿のズボンを穿いているが、お尻のところからシッポが出ていた。1モラくらいの長さで、見た感じは豹のシッポそのものだ。
ククルと目が合った。言葉が分かるか試してみよう。
「ククル。起き上がれるか? 起こすぞ」
そう言って俺はククルの手を掴んだ。ククルは俺の手を握り返した。意外に強い握力だ。その手を引っ張って寝床に座らせた。顔付きは豹族というイメージではなく、どちらかというと小顔で華奢な感じだ。
「あんたの名前を教えてくれ?」
ぼんやりしているククルに聞いてみた。
「あんたのなまえ、あんたのなまえ、あんたのなまえ、……」
なんだか無限ループに陥ってるっぽい。こりゃだめだ。
「なにか食べるか?」
「たべる、たべる、たべる、……」
今度はそう言いながらククルは立ち上がった。顔付きは華奢な感じだが、意外にも体付きは筋肉質でガッチリしている。背丈は185セラくらいだ。
ククルは立って何かを探そうとしている。もしかすると食べ物を探しているのか?
俺は亜空間バッグから乾燥肉を取り出した。すると、ククルは俺から乾燥肉を取り上げて齧り付いた。モグモグと美味そうに食べている。
「ダイル、3年ぶりの食事なんだぞ。いきなり乾燥肉なんか食べさせると、腹を壊して寿命を縮めるぞ」
なるほど。テオドの言うとおりかもしれないが、今さら乾燥肉を取り上げることもできない。
フィルナはそんなククルを黙って眺めていた。よく見ると目に涙を浮かべている。俺の視線に気付いたのか、フィルナが俺たちに口を開いた。
「ククル兄は最後まで私が面倒をみます。だから、心配しないで……」
そんな悲しそうな顔で言わないでほしい。
「フィルナ、俺も手伝うよ。二人でできる限りのことをククルにしてあげよう」
「ありがとう」
フィルナは溢れる涙を手で拭いながら頷いた。
………………
その日のうちにアイラ神とテオドはワープでカイエンへ戻っていった。
フィルナは甲斐甲斐しくククルの世話を続けた。体をきれいにするのは清浄の魔法で簡単にできたが、食事と排泄には手間が掛かった。体を動かすことも必要だからと、フィルナはククルと手を繋いで一緒に散歩したりした。
俺も時々、ククルの手を引いて一緒に歩いたり走ったりした。食事をさせるのも手伝ったが、排泄の処理だけは遠慮した。フィルナの献身には見ていて頭が下がる思いだった。
………………
3日が過ぎたが、ククルに変わった様子は見られない。
その日の昼過ぎ。天気が良くて、俺たちは三人で広場を散歩していた。そこに海賊たちが押し寄せたきたのだ。三十人以上はいるだろう。
探知魔法で俺たちは常に周囲を警戒していたから、人族の集団が近付いていることは分かっていた。たぶん海賊の上陸部隊だろう。しかし、たいした脅威ではない。海賊側のロードナイトは二人だけで、その魔力は俺やフィルナよりずっと低いからだ。フィルナがククルを守って、俺が海賊に対応すれば簡単に制圧できるはずだ。
俺たちは散歩を中断して、広場で海賊たちを待ち受けた。敵は数だけは多いが、火力も防御力もこちらが圧倒しているから問題はないはずだ。フィルナはククルの手を取ってバリアを張っている。
海賊たちが俺たちを取り囲んだ。
「おまえたちはマイダール商会の者だな? そっちの女がマイダールの娘か?」
ロードナイトの一人が聞いてきた。こいつが隊長らしい。
「ここから立ち去れ。言うとおりにすれば、殺しはしない」
俺はそう言いながら、なんて自分に似合わないセリフだろうと思った。
『ダイルったら可笑しい。迫力がないから、その脅しは効かないわよ』
フィルナからも念話で同じようなことを言ってきた。
『分かっているけど、一応、言っとかないとな』
フィルナも俺も余裕綽綽だ。
「笑わせるな、こぞう」
やっぱりそう言うよな。
「立ち去らなければ、この前来た海賊たちのように皆殺しにするぞ」
俺に迫力が無くても、事実を突き付ければ海賊たちは動揺するかもしれない。
「偵察隊が戻って来ないのは、おまえたちのせいか!?」
「分かったら、帰れ!」
「そんなことで尻尾を巻いて逃げ出すと思ってるのか? バカめ! この男を殺せ! 女の方には手を出すな!」
海賊たちが一斉に俺に斬りかかってきた。しかし、すべて俺のバリアが余裕で弾き返した。
その直後、後ろからフィルナの叫び声が聞こえた。
「ククル兄ーっ! 逃げちゃダメーッ!」
見ると、ククルがフィルナの手を振り解いて、走って逃げようとしている。海賊の攻撃に驚いたのだ。本能だけで体が動いているようだ。ククルはバリアを張ってないから、攻撃を受けたら一発で殺されるだろう。
ククルが逃げるのを海賊たちが見過ごすはずもなく、十人くらいがククルを追い掛け始めた。
くそっ! 俺はククルに向かって加速した。体には筋力強化と敏捷の魔法が掛かっているから、すぐに追いつくはずだ。
海賊の一人が斧を振り上げてククルの背中に振り下ろそうとしている。俺はその間に入った。ククルを押し倒し、俺のバリアで包み込む。海賊の斧は俺のバリアに当たって弾かれた。
ふぅー。なんとか間に合った。
次々と俺のバリアに海賊たちの斧や剣が叩き付けられるが問題ない。
怯えて震えているククルには魔法で眠ってもらおう。俺はククルを眠らせると、重い体を担ぎあげてフィルナのところへ運んだ。
「魔法で眠らせたから、後は頼む」
「ごめんなさい。ククル兄を守ってくれてありがとう」
「うん。気にするな。おまえの母さんとの約束だからな」
その間も海賊たちの攻撃は続いていたが、俺のバリアの回復力が勝っている。
海賊たちは、自分たちが攻撃しているのが尋常な相手でないと分かったのだろう。しだいに攻撃の手が緩んできた。
今度はこちらからお返しだ。複数の雑魚を相手にするスキル「斬りまくり」を発動した。俺の右手と左手に魔力剣が現れ、体が一気に加速する。海賊たちの動きがスローモーションに見えて、俺が振るう魔力剣で次々に倒れていく。
半数くらい斬り倒したところで、海賊たちが一斉に逃げ始めた。
突然、20モラくらい先に黒いマントを羽織った男が現れた。
ワープ!? 神族か?
男が何かを唱えている。電撃!? 危ないっ!
その瞬間、「パリン」という音とともにバリアが砕けた。全身に激痛が走り、胸が苦しくなる。体が動かない。目に映る青い空だけがゆっくり動いていく。
俺、倒れるのか……。自分の体の焼ける臭いを感じて、俺は真っ暗闇に沈んだ。
※ 現在のダイルの魔力〈230〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。




