024 これからは俺がおまえを守る
やった! 脳天逆さ落としのスキルが完全に極まった。狙いどおりだ。
魔獣猿と真正面から戦ったら勝つのは難しいが、猿を枝から落とすことくらいは俺でもできるのだ。
「グアァァーーーッ!!」
魔獣猿は悲鳴を上げながら落ちていく。俺は脳天逆さ落としのスキルをキャンセルして、空中で猿から離れた。
魔樹海での戦いを想定して訓練していたが、自分が高所から落ちていくときの恐怖は想定外だ。口から出そうになる悲鳴を必死で堪えて、俺は次のスキルを発動した。蜘蛛糸移動だ。
俺の右手から蜘蛛の糸が射出されて魔樹に付着。弾力のある糸のおかげで落下にブレーキが掛かり、俺はなんとか魔樹の枝に降り立った。
下の方から「ドン」という音が響いてきた。魔獣猿が地面に落ちたのだ。100モラの高さから落下したから無事では済まないだろう。死んだかどうか確かめに行きたいが、それよりもフィルナを探すほうが先だ。俺は蜘蛛糸移動のスキルを使って、薄暗い中を魔樹のてっぺん方向へ戻っていった。
魔樹のてっぺん近くに戻ると、枝の上から心配そうに下を覗き込んでいるフィルナの姿が見えた。高速で移動する俺にはまだ気付いていないようだ。さっきと同じように俺はフィルナの背中側に回り込んでこっそり着地した。
「フィルナ、大丈夫か?」
「ひゃっ!」
可愛い声を上げてフィルナは振り向いた。
「ビックリしたーっ! どこにいたのよ!? すごく心配してたのよ」
「ごめん、ごめん。魔獣猿と戦ってたから」
「それで、魔獣猿は?」
『地面に落ちた。死んだかどうかは分からないけど』
俺は念話に切り替えて、魔獣猿と戦ったことをフィルナに説明した。
『あなたは大丈夫? 怪我とかしてないの?』
『うん、大丈夫』
『よかったー。でも、不思議よね。どうしてそんなに強くなれたの?』
『それは、さっきの話の続きになるんだけど……』
その後、また枝の上に座ってフィルナと話をした。俺が「地球」という異世界から召喚されてきたこと、アイラ神との関係、この世界で行方不明になっている婚約者を捜そうとしていること、テオドの支援で魔獣猿を倒してロードナイトになったこと、無詠唱で魔法を使えること、イージーモードでソウルオーブを使えること、テオドからスキルを複写させてもらったけど色々と失敗したことなど、すべて本当のことを話した。
『それが本当なら、あなたがテオドさんやあの海賊に対して、なんて言えばいいのかしら……、イヤラシイことをしようとしてたこととか……、つまり、全部はスキルの失敗が原因だった、そういうことなの? 私の誤解だったの?』
『あぁ、そうだ。フィルナやダリナさんが誤解してたんだ』
俺は頷いた。
『それなら、どうして本当のことを言ってくれなかったの?』
『俺は誤解だと言ったぞ。俺が今話したことはアイラ神やテオドから口止めされていて、ホントのことを話せなかったんだ。安易に本当のことを話すと、俺のことを妬んだり悪用しようとしたりする者が出てくるかもしれないからな』
『でも、今は私に本当のことを話してくれたけど、いいの?』
『あぁ。フィルナは大丈夫だって分かったからな』
『どうして……、って聞いていい?』
『ええと、言葉ではうまく説明できないけど、分かったんだ。おまえは大丈夫だって。それに、ダリナさんと言うか、おまえの母さんからフィルナのことをお願いって頼まれたからな』
『え?』
『おまえの母さんの代わりにはなれないけれど、これからは俺がおまえを守る。だから、おまえとは本当のことを言える関係にならなきゃいけないと思った。それだけだ』
『それで、今も命がけで助けてくれたのね……。ありがとう』
念話での会話だったが、隣に座っているフィルナの温もりが伝わってくる。俺はフィルナと心が通じ合った気がして嬉しかった。
その後も地球でどんな生活をしてたのか、恋人の優羽奈とどうやって仲良くなったのか等々話は尽きなかった。そんな話をしていると、テオドが戻ってきた。
「遅くなった。ちょっと蜘蛛の巣を払うのに手間取ってな」
そう言うテオドに俺たちも魔獣猿と戦ったことを説明した。テオドが逃がしたボス猿が俺たちを襲ってきたのだと、少し皮肉交じりに説明してやった。
「申し訳ない。しかし、あの魔獣猿をよく枝から落とせたな。この高さから落ちたら死んだと思うが、確かめておくか?」
ということで、俺たちは地面まで下りた。
そこには魔獣猿が横たわっていた。確かめると予想どおり死んでいた。テオドが魔獣猿を土に戻して、出てきた大魔石を俺にくれた。
「魔獣蜘蛛もダイルにやるよ。マヒさせておいたから、今から行こう」
おぉ。テオドがラストアタックを取らせてくれるというなら、遠慮なく頂戴しておこう。今の俺の魔力は〈100〉だけど、浮上走行などの高度な魔法を使おうとすると魔力がギリギリで不便だったのだ。
………………
船までは浮上走行で1分も掛からずに着いた。念のために周囲に魔獣や魔物がいないかテオドが確かめたが、大丈夫なようだ。
船は舳先が潰れて地面に横倒しになっていた。魔樹の幹や枝に当たったせいか、船体のあちこちに大きな裂け目や穴が空いていた。裂け目や穴は蜘蛛の糸で覆われていたが、一カ所だけ通れる穴があった。テオドは躊躇うことなく、その穴に入っていく。
『大丈夫だ。この穴の蜘蛛の糸は取り払ってある』
テオドはそう言いながら、暗い船内をどんどん進んでいく。暗視魔法を使っているから暗いことは気にならない。だが全体が緑色っぽく見えるのでお化け屋敷の中にいるみたいだ。薄気味悪いのは苦手だ。こんなところで上から死体とか落ちてきたら「ドヒャーッ」ってなるだろうな。
『沈んだ船なのに、死体が見当たらないな?』
『船が沈んだ直後に魔獣や魔物に食われてしまったのさ。ダイル、怖ければ手を握ってやろうか?』
『ダイルったら、可笑しい。ウフフッ』
俺は二人を無視して先に進んだ。突如、目の前に魔獣蜘蛛が現れた。
「ドッヒャーッ!!」
俺は驚いて飛び上がった。しかし、よく見ると蜘蛛はまったく動かない。船体の大きな裂け目の底で、長い脚を広げて頭と腹を床板に着けたままだ。脚を入れると5モラくらいはありそうだ。
『この裂け目に巣を作っていたんだが、巣は焼き払って、蜘蛛はマヒさせた』
『ど、どうやって殺すんだ?』
驚いてドキドキする自分の鼓動を押さえ込んで、テオドに向かって問いかけた。
魔獣蜘蛛は全身が硬そうな皮で覆われている。とてもじゃないが鉄の剣などでは殺せそうにない。
『剣では刺し殺せない。頭部に熱線を当て続ければ脳を破壊できるぞ』
『分かった』
俺はテオドに向かって頷いた。そのとき、テオドの隣にいるフィルナがじっと魔獣蜘蛛を見つめているのに気付いた。
その瞬間、頭に衝撃を食らった気がした。なんて自分は馬鹿なんだ。ロードナイトになって同じように魔力を高めようとした俺とフィルナ。一方は、手軽にマヒした魔獣蜘蛛を倒すだけの俺。もう一方は、泣きながら自分の手で母親を殺したフィルナ。自分はこんな安直な方法で魔力を高めてしまっていいのか?
俺は動けなくなった。
『どうした? 早く殺れ』
テオドが俺を急かすが、どうするかをフィルナに確認したほうがいいだろう。
『フィルナ、いいのか? 俺がこんなに簡単に魔獣蜘蛛を殺して……』
『どういうこと?』
『いや、おまえがダリナさんを手に掛けたときの気持ちを考えると……』
『どうしてそんな甘いこと、言ってるの!? もし私がここでダメって言ったら、あなたはこんな凄い機会を諦めるの?
あなたは異世界から来たから分からないのだろうけど、このウィンキアに住む人族や亜人たちは、みんな必死にロードナイトを目指して強くなろうとしてるのよ。戦士やハンターになって、自分のソウルオーブを持つことができた人は、まだ運がいいほうだわ。ほとんどの人がその機会にも巡り会えずに年を取って諦めていくのよ。それを、あなたは……』
『いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ……』
『私に遠慮してるの?』
『ええと……』
『そんな遠慮は却って迷惑よ。逆にそんなことをすれば、必死の覚悟で私にロードナイトを継承させてくれたお母様を侮辱することになるわ。ロードナイトはそれだけ尊いの。それに、魔力を高めることはロードナイトの使命と言っていいわ。お母様もそう考えて、私に自分を殺させてまでロードナイトを継承させたのよ』
圧倒されていた。俺は全然言い返せなかった。フィルナが念話で一生懸命に語りかけてくる言葉の合間から、彼女が俺を思いやってくれる気持ちが伝わってきたからだ。
『だから……、遠慮しないで』
俺はフィルナに促されて、蜘蛛の頭部の硬い皮を熱線で焼き切り脳を破壊した。そのソウルと大魔石をゲット。魔獣蜘蛛の魔力は〈460〉だったから、俺の魔力は〈230〉になった。これで移動や戦いがかなり楽になるはずだ。
〈ロードナイトの探知偽装が使えるようになりました。オンにしますか?〉
突然、ロードオーブのメニューが現れて、メッセージが表示された。
ロードナイトの探知偽装って、何だ?
あ!? これが、メニューにあった「ロードナイト機能一覧」の一つかな?
俺は急いでメニューを開いて確かめてみた。すると、思ったとおりに探知偽装のオン・オフを行うスイッチが表示されていた。
ヘルプを見ると、探知偽装とは他者からの探知魔法に対して種族や魔力を偽装するための機能らしい。種族や魔力を偽装することで敵との戦いを優位に進められるということだろうか。魔力を高く偽装すれば敵から探知されなくなるし、低く偽装すれば敵は油断するから優位に戦いを進められるかもしれない。種族を偽装して敵に近付くとかもできそうだ。ヘルプによると魔力が〈200〉以上になると使えるようになる機能らしい。なんとなく機能は分かったが、今は偽装する必要はないな。とりあえず放っておこう。
自分の能力を確認するのに夢中で気付くのが遅れたが、テオドとフィルナが不安そうに俺を見つめていた。しまった! 結果を知らせないと心配するよな。
『ありがとう。魔力が高まったよ。テオドとフィルナのおかげだ』
『礼を言うならアイラ神様に言ってくれ。おれはアイラ神様の指示にしたがっただけだからな』
俺は頷いた。いつかきっと何かの形でお礼をしよう。
『ところで、フィルナさん。ククルさんがいる倉庫はどこだ?』
『あっちです。船尾の方』
テオドが蜘蛛の巣を魔法で払いながら船の奥に進んでいく。時々、大きさが1モラくらいの蜘蛛がいたが、そいつらは電撃魔法一発で即死させた。
『ここよ』
フィルナが床板を指さした。
※ 現在のダイルの魔力〈230〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。




