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022 フィルナから事情を聞く

 出てきた木箱はダリナさんが亜空間バッグで使っていたものだ。ダリナさんが亡くなったから、彼女の亜空間バッグが解放されて箱が現れたのだ。


「ダリナさんの箱だな。この箱もこれからはフィルナのものだ。でも、ここでは開けない方がいい。この場所は危ないからな。中身は後で確認することにして、今は早く自分の亜空間バッグにしまうんだ!」


「そうね……」


 疲れた声でフィルナはそう言うと、亜空間バッグの呪文を唱えた。箱が消えて、フィルナの亜空間バッグに収納された。


「ダリナさんはロードオーブに何かスキルを登録していたのか?」


「ええ、そのスキルも受け継ぐように言われてる。でもスキル複写はなかなか成功しないそうだから……」


「亡くなった人のソウルが体に留まっている間しかスキル複写はできないらしい。辛いだろうが早くやった方が良いぞ」


「うん……」


 フィルナはスキル複写の呪文を唱えた。


「ダメだったみたい……」


 フィルナは悲しそうな顔のまま呟いた。スキル複写は失敗したようだ。ヘルプにも成功する確率は低いと書かれていたから仕方ないだろう。


「ええと、ダリナさんの遺体を分解の魔法で土に戻していいか? このままにしておくと、血の臭いで魔物が寄ってくるから」


 カッコいいことを言ってるが、数日前にテオドが言ってたことの受け売りだ。


「ダイル、そんな高度な魔法が使えるの? いえ、使えるのよね。さっきの戦いのときも使ってたから……」


 沈んだ声でフィルナは言葉を続けた。


「ちょっと待ってて……」


 フィルナはダリナさんの髪の毛をナイフで切り取ってポケットにしまった。こっちの世界でも形見として遺髪を取っておくらしい。


 フィルナがダリナさんとお別れをしている間に、俺は猿たちの死体を分解魔法で土に戻していった。


 最後にダリナさんの遺体だけが残った。可哀そうだが、ダリナさんも土に戻さないといけない。


 俺が「いいか?」と聞くと、フィルナが静かに頷く。そのとき俺の後ろから何かが近付く気配がした。振り返るとテオドだった。


「なにがあった?」


 ダリナさんの遺体を見ながらテオドが問いかけてきた。フィルナが立ち直れてないので、代って俺が知っていることを説明した。


「どうしてダリナさんがフィルナさんの母親なんだ? そもそも、なぜ、こんな危険を冒して魔樹海に沈んだ船に戻ろうとしたんだ?」


 テオドが尋ねてきたが、それは俺も知りたい。


 テオドも俺もフィルナが話すのを待っているが、フィルナはうつむいたまま口を閉ざしている。


「ともかく、ここは危険だ。さっきの魔獣猿にも逃げられてしまった。ダリナさんを土に戻して、早くこの魔樹海を出よう。話は小屋に戻ってからだ」


「いえ、それはダメ。待って! ちゃんと話すから」


 ようやくフィルナが事情を話す気になったようだ。俺たちはダリナさんを葬って、それからテオドが張ったバリアに護られながらフィルナから事情を聞いた。


 フィルナはダリナさんの本当の子供だった。父親はマイダール家の家長であるナリド・マイダール氏だ。


 話は20年くらい前に遡る。その頃、縁があってダリナさんはナリド氏の護衛として雇われた。そのときダリナさんは既に魔力が〈100〉を超えるロードナイトで、ダールム共和国では有名なハンターだった。ダリナさんはナリド氏に気に入られて専属の護衛となった。その2年後、ダリナさんとナリド氏は男女の仲となってフィルナが生まれた。


 そのときナリド氏は既に結婚していたため、ダリナさんを第二夫人としてマイダール家に迎えようとした。しかしダリナさんは商人の妻に納まることを拒み、そのままハンターを続けることを希望した。結局、赤ん坊だけが、つまり、フィルナだけがナリド氏の正式な子供として引き取られた。ダリナさんはナリド氏と別れて護衛も辞めた。


 その後もダリナさんはハンターを続けたが、自分の赤ん坊を手放したことを後悔し、我が子がいない寂しさを感じていたらしい。それで、孤児を引き取って自分の子供として育てることにした。その子はククルという名前で、レバンクーメル族(豹族)の男の子だった。


 しかしククルと一緒に暮らすようになった後も、自分が産んだ本当の子供への気持ちは募る一方だった。自分の気持ちを抑えきれなくなったダリナさんは、ナリド氏にフィルナを返してくれるよう直談判をした。だが、あっさり断られた。代わりにフィルナの家庭教師と護衛を任され、ハンターも続けてよいという厚待遇でマイダール家に迎えられた。ただし、フィルナの産みの母親だということはフィルナ本人にも周りの奉公人にも秘密にするという条件付きだった。


 フィルナが2歳。ククルが5歳だった。ダリナさんはマイダール家の離れにククルと一緒に住みついて、フィルナの家庭教師をしながらハンターの仕事も続けた。フィルナはダリナさんへは母親のように甘え、ククルへは兄のように慕った。しかし、ダリナさんが自分の本当の母親だと知ることはなかった。


 ククルは周りの子供たちからずいぶん苛められたらしい。子供たちだけでなく人族の大人も一様にククルへは冷淡で意地悪だったようだ。それはククルが豹族であったからだ。豹族は魔力も身体能力も格段に優れて気性も荒い者が多かったため人族からは恐れられ排斥された。ククルのように人族の中に入り込んでおとなしく生活する豹族は苛めの対象となったのだ。


 しかしククルは苛めにも挫けずに、ダリナさんやフィルナの愛情を受けて、素直で優しい男に成長していった。


 ククルが15歳の成人に達してからは、ダリナさんはククルをハンター見習いとして原野に連れ出して狩りを教えた。16歳のときにククルは魔力が〈30〉のロードナイトになった。ダリナさんの支援でゴブリンロードを倒したのだ。17歳のときにはスプリガンロードを倒して魔力が〈60〉となった。


 ククルが18歳になってからは、ダリナさんはククルを連れてクドルの大ダンジョンに入るようになった。ダンジョンのほうが原野よりもずっと魔物や魔獣に遭遇する確率が高くて稼げるからだ。運が良ければ貴金属や宝石を見つけることもある。


 あるとき、親しいロードナイトたちとパーティーを組んでダンジョンの奥に入った。そこで運悪くバジリスクロードに遭遇した。この魔獣は魔力が〈500〉を超えていて、石化の魔法を使ってくる。数人のロードナイトたちが石化されて、その場に取り残された。ククルもその一人だった。


 ダリナさんと数名のロードナイトは生き残って、ダールムに逃げ帰った。そしてすぐに、ナリド氏にククルたちを救助するための費用を出してくれるよう泣き付いた。フィルナも泣いて父親に頼んだため、ナリド氏は費用を出すことを了承し、救出のパーティーが結成された。


 救出隊は現場にたどり着き、石化したメンバー全員を念力魔法を使って持ち帰った。しかし、ダールムに持ち帰った後も石化を解くことができなかった。石化解除の魔法は高度な〈土〉属性の技能が必要らしい。そんな技能を持ったロードナイトはどこにもいなかったからだ。


 石化の魔法に掛かって全身が石化してしまうと、体が石のように硬くなるだけでなくソウルも硬直化して意識がない状態になる。しかし、石化が解ければ元の体とソウルの状態に戻れるのだ。


 神族を信仰する王国であれば、神殿に高額のお布施をすることで神族に魔法を使ってもらって石化を解くことができる。しかしダールム共和国は神族の支配を拒んでおり、神殿もなかった。


 フィルナはククルの石化を解くことができないと知り、実の兄を失ったようにショックを受けていた。そして、救出から戻ったダリナさんを責め続けた。どうして自分の子供をそんな危険なところへ連れていったのか。あなたには我が子への愛情が無いのか。もらい子だからそんな冷たい仕打ちができるのかと。


 ダリナさんはじっと耐えていた。しかし、ダリナさん自身もその間、自分を責め続けていたのだ。


 フィルナが冷たい態度を取るようになって耐えきれなくなったダリナさんは、つい本当のことを口にしてしまった。


「あたしが何もかも悪いの……。ククルをあんな姿にしてしまったのは、あたしの我がままのせいよ。ククルはあなたの身代わりだったの。あたしがあなたを産んで、すぐに手放してしまったばかりに……」


 訳のわからないことを口走るダリナさんからフィルナは少しずつ真実を聞き出した。そして、何もかも本当のことを知った。


 フィルナはダリナさんをそれ以上責めることはできなかった。ダリナさんの深い悲しみと、ククルとフィルナへの愛情を知ったからだ。


 フィルナは父親のナリド氏へククルの石化を解く手段を探し求めるよう迫った。ナリド氏もフィルナやダリナさんを愛していたためつてを探して動いたが、石化を解けるロードナイトは見つからなかった。


 ククルが石化して2年が過ぎた頃、ダリナさんはフィルナとロードナイト継承の契約を結んだ。フィルナは気持ちの上では契約を結ぶことに違和感を覚えたが、「親子の絆を形で残したい」というダリナさんの強い思いに抗えなかったのだ。


 為すすべが無く石化して3年が過ぎた。そんなとき、アイラ神からマイダール商会に対してカイエン共和国に支店を作るよう要請が届いた。フィルナはその話に飛び付いた。カイエンに石化したククルを運び込んで、アイラ神に石化を解除してもらおうと考えたのだ。


 フィルナは父親のナリド氏を説得して、ダリナさんと一緒にカイエンへ行くことが決まった。その後は順調に準備が整い、商船と護衛艦を仕立ててダールムからカイエンへ向けて出航した。途中、マリエルに立ち寄ったときに、俺たちがアイラ神の関係者だと知って、商船への乗船を許可した。そして航海の途中で海賊に襲われて、護衛艦が沈没したわけだ。


「それで、石化したククルさんは沈んだ護衛艦の中か?」


「ええ。船の中に鍵が掛かった特別な倉庫があるの。魔法の鍵だから、私が行かないと開かないわ」


 テオドからの質問に、それまでになく素直にフィルナは答えた。


「なぜ、もっと早くに打ち明けてくれなかったんだ。本当のことをもっと早く教えてくれれば、アイラ神様の許しをもらって、おれがククルさんを救出に行けたぞ」


「そうよね……。テオドさんに事情を打ち明けて同行をお願いしていれば、お母様も死なずにすんだのよね……。でも、私もお母様もそれができなかったの。お父様との約束があったから……」


「約束? フィルナ、それは、どういうこと?」


「アイラ神様からの要請が来たという話を聞いて、私がカイエンへ行きたいと申し出たときに、お父様から言われたの。商人は取引きをする相手に絶対に弱みを見せてはダメだって。たとえ取引相手がアイラ神様だとしても、対等の立場で取引きをお願いしないといけない。恩を売るのはいいが、恩を売られてはいけない。もし取引きをする前からアイラ神様にククル兄のことをお願いしたら、対等な立場で取引きすることができなくなる。もしそうするなら、私とお母様をカイエンへ行かせる話は無かったことにする。お父様にそう言われたのよ。

 それで、お父様と約束をしたの。カイエンに支店を構えて商売が順調に回り始めるまでは、アイラ神様にはククル兄の石化のことは内緒にすると」


 俺もテオドもフィルナの説明を聞いて頷いた。対等な関係で取引きをするというのは、フィルナの親父さんの商売に対する基本方針なのだろう。でも俺はまだスンナリとは納得できない。


「なるほど、それは分かった。でも、店の船が魔樹海の中に沈んじまったんだぞ? フィルナもおまえの親父さんも、相手に弱みを見せないとか言ってる場合じゃないだろ?」


「いえ。船の一隻が沈んだくらいはマイダール商会にとって、それほどの損失ではないのよ。商人ギルドの保険があるから。それに、私はお母様がいれば魔樹海の中でも大丈夫だと本気で思っていたの。あれほど、お母様やテオドさんから魔樹海は危ないって注意されたのに……」


 フィルナは声を詰まらせた。しばらくの間、俯いたまま肩を震わせていた。そして、顔を伏せたまま小さな声で話を続けた。


「でも、石化したククル兄を魔樹海の中に置き去りにはできなかったの。ククル兄に位置を発信する魔具を付けているけど、それがいつまで信号を出し続けるか分からなかったし、沈没した船はすぐに樹海に飲み込まれてしまうかもしれないから。

 私は……、ククル兄を失うのが怖かったの……。だから、私はククル兄を少しでも早く沈んだ船から運び出そうと必死だった。そのせいで……、私のせいで、お母様にムリをさせてしまったの……」


 フィルナはまた静かに泣き始めた。


「そっとしておいてやりたいが、ここは危険だ。フィルナさん、どうするんだ? ここでずっと泣いているのか? それなら小屋に戻ろう。それとも船に行くのか?」


「ここで引き返すなんてできないわ! テオドさん、お願いします。どうか、一緒に船まで行って、ククル兄を運び出すのを手伝ってください」


 テオドの問い掛けにフィルナは顔を上げて涙を拭いながら言葉を続けた。


「ここから船まで2時間くらいなの。どうか、テオドさんもダイルも、おねがい……」


「それなら、浮上走行の魔法を使えば1時間も掛からないな」


 テオドの言うとおりだ。フィルナもダリナさんからロードナイトを継承したから魔力が〈150〉になったはずだ。つまり、浮上走行が使えるはずだ。


 フィルナはテオドに浮上走行の呪文を教えてもらって、三人で船に向かった。


 俺は相変わらずテオドと手を繋いで草藪の上を走った。それを見たフィルナから「やっぱり、ダイルは……」とか呟く声が聞こえてきたが、今は先を急ごう。


 ※ 現在のダイルの魔力〈100〉。

 ※ 現在のフィルナの魔力〈150〉。


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