019 魔樹海へ捜索に向かう
フィルナたちの書置きを見て、アイラ神は笑みを浮かべながら俺とテオドに尋ねた。
「どういうことか説明してもらえるかしら?」
テオドは小鼻を膨らませているだけだ。仕方ないから俺が説明するか……。
「ふ~ん……。それで、フィルナさんたちは誤解したまま出ていったのね?」
「誤解を解くには、俺のスキルとかの説明が必要になるからな。だから、説明できなかったんだ」
「でも、彼女たちが出ていった原因が、ホントにそれなのかしら? 本人たちに聞いた方が早いわね。ちょっと飛行魔法で探しに行ってくるね」
「アイラ神様、フィルナさんたちがここを出たのは今朝早くだと思います。だから、原野の道を行ったとすれば20ギモラか30ギモラくらいは進んでますよ。マリエル方向かブライデン方向かは分かりませんが……」
ギモラというのは〈知識〉によると長さの単位で1000モラのことだ。1モラはほぼ1メートルだから、1ギモラは1キロメートルということになる。ちなみに、モラより小さい単位でセラというのがある。1セラはほぼ1センチだ。不思議なことだがこの世界の単位は地球のメートル法とよく似ていた。
「そうね。テオドの言うとおりだわ。ともかく、日が暮れるまでに捜せるところまで捜してくるね」
アイラ神はそう言うと、飛び立っていった。すぐに日暮れだ。捜し出せるだろうか……。
………………
日が沈んだ。薄暗くなってアイラ神が戻ってきた。
「見つからなかったわ。マリエル方面もブライデン方面も40ギモラくらい進んだところまで捜したんだけどね。低空を飛んだから見落としはないと思う。マリエルへ行く道の途中で山賊らしい二十人くらいの集団がいたけど、その中にもいなかったわ」
「それはフィルナたちを捜している海賊の可能性があるな」
俺はアイラ神に海賊の小隊と戦ったことを説明した。
「マリエル方面でもブライデン方面でも見つからないし、海賊に捕まった様子もないとすると、いったいどこにいるんだろ?」
俺は頭を抱えた。
「もしかすると……」
テオドが呟く。
「そうだ! もしかすると船に向かったかもしれないぞ?」
俺もテオドが言わんとしていたことが分かって思わず口に出してしまった。
「船って? どういうこと?」
アイラ神が聞いてくる。俺はフィルナが沈没した魔空船に戻りたがっていたことを説明した。
「でも、あの船は魔樹海の中に沈没してるのよ。仮に魔樹海の中を何事も無く歩けたとしても、船に辿りつくには丸一日は掛かるはずよ。それでも、魔樹海の中を何事も無く進むなんてムリだわ。本当に魔樹海に向かったのなら早く助けにいかないと危険よ」
「でも、アイラ神様。夜の捜索は止めた方がいいですよ。見つけるのは難しいし、夜の移動はおれたちでも危険です。それに、おれもダイルも筋力強化や浮上走行の魔法を使えるから、フィルナさんたちよりずっと速く進めます。出発は明日の朝にしたらどうですか?」
「そうね。明日の夜明けを待って捜索を始めるしかないわね」
アイラ神もテオドもフィルナたちを捜すことを前提に話を進めているが、それでいいんだろうか?
「ちょっと待ってくれ。フィルナは捜し出されることを望んでないと思う。船が沈没したときも、助けられたことを迷惑そうにしてたからな」
「フィルナさんたちが船に戻りたがるのは何か事情があるのかもしれないけれど、このまま放っておいたら魔樹海で魔物や魔獣に襲われて殺されてしまうことになるわよ。勝手なことを言うけど、あたしとカイエン共和国にとってマイダール商会との関係を保つことはとても大切なの。フィルナさんはその娘よ。見捨てることはできないわ。本人がなんて言おうとね」
アイラ神は俺の顔を見ながら言葉を続けた。
「だから、明日の早朝からテオドには捜索と救出に行ってもらう。テオド、いいわね?」
「御意」
「そして、ダイル。あなたにもお願いしたいの。テオドを手伝ってあげて。テオド一人だけではフィルナさんたちの救出は難しいから」
「俺はいいが……。あんたは? 一緒に行かないのか?」
俺が何気なく聞くと、アイラ神は悲しそうな顔をした。アイラ神が答えようとしたところに横からテオドが口を出した。明らかに怒り口調だ。
「おい、ダイル! アイラ神様に向かってなんてことを言うんだ。アイラ神様は尊い神族だ。魔樹海の中に一緒に入るなんて、そんな危険なことをしていただくわけにはいかない。もしアイラ神様に万一のことがあれば、カイエン共和国は滅びることになるんだぞ!」
なるほど、そういうことか。テオドが言ったことを補足するように、俺の〈知識〉から関連する情報が流れ込んでくる。神族は裏から自分の国を支配し、それでいて国民から崇拝されているが、それにはそれだけの理由があるのだ。実は、自国へ魔力を安定供給しているのは神族なのだ。その神族がいなくなってしまったら、どうなるか。簡単に想像がつく。
魔力の供給ルートは二つあって、一つは魔力泉で、もう一つは神族だ。魔力泉とはウィンキアソウルの魔力が地表に漏れ出している場所のことで、ウィンキアのあちこちにある。原野や魔樹海の中、そして平野にも。平野で魔力泉がある場所には人族や魔族が暮らしていて、街や村ができている。
人族は街の中で魔力泉がある場所に神殿を建てた。魔力泉はウィンキアソウルからの言わば恩恵なのだが、そこに天の神様を祭る神殿を建てたのだ。罰当たりなことをするものだ。神殿の魔力泉から湧き出ている魔力量は少なく、しかも不安定であった。これはウィンキアソウルの意志が働き、わざと魔力量を絞って不安定にしているのだという真しやかな話がある。が、本当のところは分からない。
ともかく、魔力泉だけでは王都のように人口が密集する場所では魔力量が全く足りない状況だ。
それを補っているのが神族だ。魔力貯蔵所は神殿の中にあって、魔力泉から湧き出ている魔力を溜めるために数十個の魔力タンクが並んでいる。魔力泉だけでは街が必要としている魔力量を満たせないから、神族が神殿へ定期的にワープして来て、異空間ソウルから魔力タンクへ魔力を補充しているそうだ。
もし神族が死んで、その補充が止まったらどうなるだろうか。まず、上水や下水の流れが止まる。魔力を使って地下水を汲み上げ循環させているからだ。それと、ソウルオーブやダークオーブへ補充するための魔力が足りなくなる。それは家の灯りが消え、煮炊きの火力が不足し、魔族や魔物だけでなく盗賊や敵国と戦うための魔法が使えなくなることを意味する。
神族はもう一つ重要な役割を担っている。それは国守りの結界魔法の発動だ。神族が支配する国はどこでも、王都を囲むように結界が張られている。王都の中心にある神殿からは魔族や魔物が嫌う波動が出ていて、この波動が結界として作用しているらしい。だから、結界内には魔族や魔物はほとんど侵入して来ない。これは、神族が神殿に定期的に来て結界魔法を発動しているおかげらしい。
それはカイエン共和国でも同じだ。カイエンの場合は、共和国という政治形態を取っているが、実質的にはアイラ神が裏から支えている国と言ってよい。カイエンの魔力貯蔵所に魔力を供給しているのも、カイエンの首都を国守りの結界魔法で守っているのもアイラ神だ。
普通の神族は一族で国を支配している。言い換えれば、国を支える神族が複数人いるということだ。ところがカイエン共和国は違う。神族として国を支えているのはアイラ神だけなのだ。だから、アイラ神に万一のことがあればカイエンが滅ぶと言ったテオドの言葉は大げさでもなんでもない。カイエンの国民であれば誰もが知っている本当のことなのだ。
それだけのことを〈知識〉で確認して、俺は自分の不用意な言葉をちょっと後悔した。
「すまない。たしかに、あんたは魔樹海の中へは行かない方がいいみたいだ」
素直にアイラ神へ謝った。テオドにも目で謝罪をする。
「いえ、本当はあたしも行きたいのよ。でもね……」
俺に向かって話しかけたアイラ神はチラッとテオドを見た。なんとなく、その視線で分かった気がした。もっと自由に動きたいというのがアイラ神の本心なのだろう。でも、アイラ神の立場と周りからの気遣いがあって、なかなか思うように動けないというのが本当のところのようだ。神族も色々大変だな。
「ところで、ダイルに大切な相談と言うかお願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
「ダイル、あなたにあたしの使徒になってほしいの。使徒と言っても、あなたの自由にしていいのよ。使徒になれば年を取らないし、行きたい所へあたしがワープで連れて行ってあげられるわ。あなたが恋人を捜すのにすごく便利になるわよ。どうかしら?」
アイラ神からの突然の申し出に驚いた。なかなか魅力的な提案だが、美味しい話にはきっと裏がある。アイラ神が俺を騙すようなことはしないと思うが……。
「俺を使徒にしたいという理由を教えてもらえるか。俺を勝手に召喚してきたお詫びというだけじゃないだろ?」
「前にも言ったけど、あなたやあなたの恋人を巻き込んでしまったことを本当に悔やんでいるの。そのお詫びをしたいし、できる限りの援助をしたいというのはあたしの本心よ。でも、たしかにそれだけじゃないわ。
あなたは特別な能力を持ってるでしょ。初代の神族と同じようにね。その能力を見極めてみたいの。どこまで能力を高めることができるのか、それを確認させてほしいのよ。あなたがあたしの使徒になってくれれば、あたしはそのお願いをし易くなるし、あなたはあたしから援助を受け易くなるでしょ。今よりもお互いにもっと協力し合える関係になるわよ」
「お互いに協力し合える関係ねぇ……。はっきり言えば、あんたは俺の能力をもっと高めさせて、俺を利用したいってことだよな?」
「それもあるけど、本当に申し訳ないと思っていて、あなたを援助したいというのが一番の理由よ」
「分かった。だけど、あんたの使徒になるかどうかの返事は保留させてほしい。あんたからのお誘いは有難いんだけどな」
「保留? どうしてなの?」
「俺はこの世界のことをほとんど知らない。優羽奈を捜しながら、俺はこの世界のことをもっと知って、自分の力を高めたいと思う。誰にも束縛されずにな。
自分がこの世界のことを知って、自分がこの世界でどうしたいのか考えが決まったら、そのときに返事をするよ」
アイラ神は俺の返事を聞いてにっこり微笑んだ。俺の返答にガッカリしていないみたいだ。
「分かったわ。でも、あたしは諦めないからね。あなたへの後押しはこれからも続けさせてもらうし、ユウナさんのことはあたしの方でも捜索を続ける。いいわよね?」
「あぁ。よろしく頼む。いや、お願いします」
「ええ、あたしに任せてちょうだい。あなたが闇雲にユウナさんを探したって、見つからないわよ。ユウナさんの捜索はあたしの使徒たちに任せて、あなたは自分を鍛えることに集中しなさいね」
アイラ神はそう言って、もう一度にっこり微笑んだ。可愛い。
あれ? もしかして、アイラ神は俺に魅了の魔法を使ってるのか? いや、そんなはずはない。純粋に可愛いのだ。
………………
アイラ神は昨夜のうちにワープでカイエンへ戻っていった。俺たちは日の出を待って出発した。魔樹海へ捜索に向かうのだ。
ブリコット村を通り過ぎ、10ギモラほど南へ進んだ。右側には独立峰のブリコット山が迫り、左側は数百モラ離れたところまで魔樹海が迫っている。俺たちは細い野道を辿って、駆け足で進んでいた。筋力強化の魔法を使っているから、走るのは全く問題ない。
前を走っていたテオドが立ち止った。そこから、魔樹海へ向かって踏み込んだ跡があった。目の前には膝上くらいの草藪が広がり、雑木に遮られること無く魔樹海方向へ続いている。草藪への踏み跡はまだ新しそうだ。
「たぶん、これだな。浮上走行で行くぞ。手を出せ」
浮上走行の魔法を発動すると俺はバリアを張れなくなる。だから、テオドのバリアに守ってもらうしかないのだが、そのためにはかっこ悪いがテオドと手を繋ぐしかないのだ。俺たちは辛うじて分かる藪漕ぎの跡を辿って浮上走行で草藪の上を走り始めた。100モラほど進むと、幅が1モラ程の道が現れた。草藪が刈り取られて、地面からは草藪の切り株だけが突き出ている。
「これは風刃の魔法で草藪を切り払って、その後で疾風の魔法で吹き飛ばしたんだろうな。藪漕ぎをするよりは時間は短縮できるだろうが……」
「初めからこうすれば、もっと速く進めただろうに」
「いや、これだと進んだ跡が丸分りになるからな。だから、最初は藪漕ぎで進んで、海賊やおれたちの目をごまかそうとしたんだろう」
フィルナたちが作った道は草藪を切り開きながら魔樹海の中まで続いているようだ。
「魔樹海の中もこんな草藪が続いているのか?」
「あぁ。魔樹海の中は光がほとんど届かないが、地面は草藪に覆われてる。原野とは違う種類の草藪だ。草藪は魔樹を保護する代わりに魔樹から養分をもらってるらしい。刈り取ってもすぐに生えてくる。だから魔樹海は開拓できないのさ」
「それなら、フィルナたちが作った道もすぐに草藪で塞がれてしまうってことか?」
「ま、数日は大丈夫だろう。とにかく急ごう」
俺たちはその道を辿って追跡を再開した。
※ 現在のダイルの魔力〈100〉。
※ 現在のフィルナの魔力〈50〉。




