20、過去に囚われた者達
毎週日曜日投稿作品です。
世の中、自分の失敗を他人になすりつけたり、人の弱みを見つけとここぞとばかりに責める人がいる中で、彼は自分の非も認めた上で妥協案を出してくれた。
杏樹はやっぱりこの人は優しいなと、へへっと笑いながら組んでいた腕に力を込めた。
「ありがとう亮ちゃん」
「そうだな。どうせならごめんよりありがとうと言われた方が断然いいな」
その言葉に杏樹は昔同じことを言われたことを思い出し微笑んだ。
「やっぱり親子だね。昔、静香さんにも同じこと言われたなぁ」
三田静香。亮介と一果の母の名だ。
「母さんに?」
「うん、どうせならそう言われた方が嬉しいわ。って言われた事がある」
「ふーん、そうか。それより母さんのことを名前で呼んでるのか?」
「そうだよ。ちなみに三田のお父さんのことは学さんって呼んでる」
「はぁ!?・・・似合わねぇ」
「ハハハ、一果も同じこと言われた!」
三田の両親の話が出て杏樹はその顔を思い出し感傷に浸った。
「みんな元気かな?」
「こっちに来てからは日本には戻ってないのか?」
「うん、大学卒業するまでは戻らないことは三田の両親には伝えたよ。あ!そういえば亮ちゃんこそ大学に入ってから一度も帰ってないでしょう!静香さん寂しがってたよ」
「成人した息子に寂しいも何もないだろう」
「『年に1回くらいは顔を見せに帰って来ても良いと思わない!』っていつも言ってたよ。でもね私、その時いつも思ってたの。もしかしたら私が休みの度に三田家にお邪魔してたから、帰りたくても帰れないのかもって・・・・」
「それを2人の前で言ったことは?」
「あるよ。でもその度にお2人は、人が居ようと帰りたいと思えば帰って来るはずだから、息子自身が帰って来る気がないだけだから気にしなくていいって言ってくれてた」
三田の両親はそう言っても亮介自身はどう思っていたのかと気にして眉を下げる杏樹に亮介は頭を撫でた。
「アンが気にしているようだから本音で言うが、両親が言う通り帰ろうと思えばいつでも帰れた。それこそアンが寮生活している時にでも帰ればニアミスもなかったわけだしな。俺が実家に帰らなかったのは、両親にもう俺のことで苦しむ必要はないと思ったからだ」
三田家の過去。
杏樹は昔、一果から聞いた話を思い出し、眉を下げた。
夢を追いかけていた静香を夫と息子が応援していた最中に起きた悲劇であり、亮介の感情が乏しく表情が動かなくなった原因の出来事。
「話は聞いてるだろう?」
「うん、一果から少し」
亮介がそうなった原因の事故は、他人の悪意が招いたことだった。
母、静香は独身の頃から女優になることを夢見ていた。
アメリカの大学に通いつつモデルをしながら、いくつものオーディションに受けていたそうだ。
そんな時に父、学に出会い交際に発展。
そんな生活を2年ほど続けている中で、学生の身で亮介を妊った。
静香は大学を中退し夢も諦めて家庭に入ろうとしたが、学が止めた。
大学を辞めるのは仕方ないが夢は諦める必要はないと、2人で話し合ったそうだ。
学には男友達が多く、ジェンダーな人も何人かいたため子育てや身の回りのことを率先してしてくれる人が存在したことが功を奏し
たそうで、学は静香に家庭に縛られず夢を追いかけるように勧めたのだそうだ。
その言葉を受けて静香は独身の頃より精力的に動いた結果、徐々に知名度が上がっていく中、転機が訪れた。
亮介3才の頃に学は仕事の関係で日本に戻らなければならなくなったのだ。
断腸の思いではあったが、学は亮介を連れて2人だけで日本に帰ることを決断した。
静香はこのままアメリカで夢を追いかけるべきだと。
それでも静香は悩んだそうだ。
家族あっての自分だと思っていたからこそ、その家族と離れ離れになってまで夢を追いかけるべきなのか・・・と。
その葛藤を当時同じ夢に向かって邁進していた独身時代にルームシェアしてた幼馴染に相談した時に、意外な言葉が返って来たのだそうだ。
幼馴染とは家族ぐるみで親交があり、今の杏樹と一果のような関係で全てにおいて信頼おける存在だった。
そんな親友は夢半ばではあるけれど、日本に帰るつもりでいるから他でもない静香の家族を“微力ながら私が支える“と申し出てくれたのだそうだ。
だから自分の夢を現実に変えて欲しいと涙ながらに言われて、静香は自分を支えてくれる人たちがこんなにもいるのかと心強く、安心しアメリカに1人残ることを決心した。
大型連休に合わせて年に3回夫と息子に会いながら仕事をする生活が2年ほど続いた時、ある日突然1本の電話がかかった来た。
それが最愛の息子の危篤だという信じられない内容だった。
着の身着のままアメリカを経ち、日本に帰国した静香はこの時信じられない光景を目にした。
つい何週間前に大型連休に合わせて家族3人でアメリカで幸せな時間を過ごした。
その時に「ママ!」と笑顔で駆けって抱きついて来た亮介が。
病院の集中治療室の中で呼吸器マスクをつけて身動き一つしない、横たわった姿になっていたのだ。
しかも息子をこんなふうにしたのは、自分の代わりに家族を支えてくれていたはずの親友だった。
親友だと思っていた女性は、その後警察の事情聴取で劣等感の塊で静香に対して異常な対抗意識を常に持っていたことが判明する。
アメリカで静香と共に切磋琢磨していたのも、女優は外見ではなく実力主義だと“これなら静香に勝てる“と思い頑張っていたが、何をやっても彼女以上の成果が出ない。
静香を見返せられればなんでもよかったと後に証言している。
そんな最中、静香を残して静香の家族が日本に帰ると聞いて、千載一遇のチャンスだと思ったらしい。
静香からその家族を奪ったら、いくらあの静香でも“壊れる“だろうと猫を被って三田家に入り込んだ。
そして三田家の誰もが静香よりも自分を必要としていると思い込むと同時に、彼女はミイラ取りがミイラになっていた。
その女は静香の夫、学に恋心を抱き本気でこの家族の一員になりたいと思い、暴走し始めた。
自分が学の妻、亮介の母だと周りに吹聴し始め、それに意義を唱えた学に続き、亮介にも否定されたその女性はこともあろうに暴力に出た。
その時に亮介は頭に怪我を負い、あまりの出血に救急車で運ばれ、何週間も目を覚まさなかったという。
前頭前野の損傷で感情の起伏が乏しくなり、扁桃体にも影響を受け顔面神経をつか取る部分が処理されにくくなったと診断された。
静香は自分の人の見る目のなさのせいで、息子に一生障害を負わせたと今でも苦しんでいる。
そして学も仕事を辞めてでも妻と共にアメリカに残って家族が一緒に暮らす選択もあったと自分の選択を今でも悔やんでいる。
『両親にもう俺のことで苦しむ必要はないと思ったからだ』
亮介のこの言葉がどれほど家族への愛情に満ち、今でも両親のことを思っているのかは充分に理解した。
でも思っているだけでは相手に伝わらないことを杏樹は知っている。
「亮ちゃんが両親思いなのは充分理解したよ。でもその気持ちは面と向かってでもきちんと両親に伝えた方がいいよ。少なくとも私が見て三田の両親は今でもそのことに囚われてる。自立できていることとそのことは別物と捉えてるように感じたよ」
杏樹の言葉に亮介は足を止め思考が全て停止したように床を凝視するように見つめていた。
両親が今でもそのことに捉われているとは思わなかった、という感じに受け取った杏樹も切なくなった。
「亮ちゃんには亮ちゃんの考えがあったんだろうけど、親子といえどそこは個人同士だから。相手は分かってるだろう、分かってくれるだろうでは伝わってないものだよ。亮ちゃんの場合はさぁ、まだ恵まれてて向き合える両親がいるんだから、向き合えるうちにちゃんと自分の気持ち伝えた方がいいよ。両親もいつまでも健康で元気でいる保証なんてないんだから、後悔しないようにね」
これは杏樹の後悔そのものだ。
あの時自分が勇気を出していれば、こう動いていれば両親との関係も変わっていたのかもと思うことが今でもある。
何より昨今は物騒なご時世だから事故や事件も去ることながら、お金を使えば人の命もどうとでも動かせる。
加賀見の社長であった祖父の死も、事故で亡くなった祖母の死も杏樹は一族の誰かの仕業だと感じていた。
ただ、感のいい祖父が自分が消される前に私を叔母に預けたことで最悪の事態を避けれたが、正直私と叔母は現在もあの一族には迷惑を被っている。
三田家はそう言う意味では一般家庭なのでそう言う陰謀論は無縁だろうが、自然な事故など車社会の中で生活している以上誰にでもあり得る話なのだ。
亮介は、杏樹が三田家の内情をよく知った上で、自分の過酷だった生い立ちのせいで心に受けた傷を抱えているからこそ、出た彼女の言葉に頼もしいと思うと同時に自分自身が情けなく感じ、前髪を上げながら空を見上げた。
初夏の快晴の空に浮かぶワタ雲の中、飛行機が通り過ぎそれに続くように雲が一直線に続く光景を目にしながらどこか心が軽くなる感覚がした。
家を出て約10年。
自分の思いは両親に届き、2人は息子から解放され心軽くして自由に解き放たれているものと思っていた。
だからアメリカに来てまで息子に会おうとしていないのだと思っていたが、一果だけが亮介に会いに来ていたことを考えれば両親も亮介の真意を測りかねていたのかもしれない。
ここまで来るとどのツラ下げて会えばいいかわからないが、この生活が落ち着いたら一度実家に電話してみよう。
現実を受け止め、両親と向き合える勇気をもらった気分だった。
空から杏樹に視線を移すと、なぜか杏樹が驚いた表情をしたので亮介は首を傾げた。
杏樹は組んでいた腕を解き両手を伸ばしてくるので屈むと、亮介の両頬に両手を当ててクニクニと動かして来た。
この子は時々子供のように突拍子もないことをし始めるとその両手首を優しく掴んだがその行為をやめない。
「アン」
止めるように名前を呼んだが杏樹はさらに驚いたような表情をして言った。
「亮ちゃん自分で気づいてないの?いつもと違って表情に起伏が出てるよ」
え?
『三田くん、君の脳の損傷はいつかは癒える時が来るはずだ』
亮介は急に主治医に言われた言葉を思い出していた。
『それは記憶に起因するのか事故による弊害のものかは断言できないが、どちらにしても気持ちが関係していると私は見ている。そういう意味で君のその症状は一生続くものではないことを念頭において生活するといいよ。なーに、何がいいように作用するかは神頼みに近いから気長に行こうよ』
主治医が詐欺師のような笑みで10年前に言われた時に亮介は胡散臭いと内心思った。
一緒にいた圭吾は『本気で診療しろ!』と親友の医師を怒鳴っていたが、先ほどの杏樹の言葉で心が軽くなったのが何かに作用したのだろうか?
姿勢をもとに戻し、自分で自分の顔に触れてみる。
「本当に?」
「うん、さっき無表情とは違ってたよ」
でも今はもとに戻った?と杏樹の自信なさげに首を傾げたが、両親への思いが引き金になっているのなら有り得る話ではある。
「俺は意識したわけではないからよくわからんな。まぁいい。もしそれが本当なら吉兆の兆しだし近いうちに病院に行ってみるか」
「定期的に行ってるわけではないの?」
杏樹と再度腕を組んでデパートに向かう。
「何が良いように作用するかわからないから気長に行こうと昔言われて以来、圭吾さんにはそのままには出来ないと年1で恒例行事のように連れて行かれているが、薬を処方されるわけでもなく近況報告していつも終わりだ」
「え・・・その程度の診察なのに、今回病院に行ってくるの?」
「今まで何をしても変わらなかったものが、兆しが出たなら、どうすればいいかアドバイスくらいくれるだろう?」
「記憶療法とか心理療法はしなかったの?」
「やった。けどそのどちらも俺の場合は効かなかった。だから医者は過去のことに囚われていると言うより、現実の何かに囚われている可能性を示唆した。脳の機能的には大学を卒業して少しした頃には十分に回復したと結果は出たんだ」
「でも表情筋は不在のままだったと?」
「そう」
「ふーん、今後の診察でいいアドバイスあったらいいね」
「そうだな。ただ表情に起伏が出たところで俺の生活は変わらないけどな」
「まぁ根本部分は変わらないからそうだよね」
そうだ。
だからこうやって歩いている間に杏樹に視線を送る者たちに、鋭い視線を送り排除したりするのにこの無表情顔も役に立っていると思えば、そう悪いものでもない気がしてくる。
「それより亮ちゃん!あそこのお店に美味しそうなクレープ売ってるよ!あれ食べたい!」
「、、、さっき昼食食べ終わったのにまだ食べるのか!?」
「だって・・・・追加料理食べれなかったもん」
・・・・・そうだった。
シリアスな話をしていたが、杏樹はどこまで行っても杏樹だった。
マジか、と額に手を置いたが、杏樹に組んでいた腕を引っ張られてその店に連れて行かれる亮介だった。
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次回は来週日曜にUP予定です。
それではまた〜。




