13、辻褄合わせ〜杏樹サイド〜
毎週日曜日投稿作品です。
教授の所で話をした数時間後の州大学内の廊下を、杏樹はジェシカと2人で並んで歩いていた。
2限が終わり、この日はもう受ける授業はなかったが、1限目に行われた授業部屋に忘れ物をしたことに気が付き、その部屋に戻ろうと足を向けていた。
朝、教授の研究室でジェシカとの会話の中で疑問に思ったことを、あの後ジェシカを問い詰めてわかったことがいくつかあった。
そもそも何で他の男はダメで、亮介はいいのか。
ジェシカに聞けば、亮介と対面した時に一果にお願いされたこともあり、他の男同様に誘惑してみたのだそうだ。
あの魅惑のボディに抱きつかれて拒否できた男は今まで1人もいなかった。
いつものように迫ってみたが、その時に彼から向けられた視線と表情は今でも忘れられないと、ブルっと震えるジェシカを見て杏樹は察した。
あの魔王顔で軽蔑するような視線を一身に浴びたのだと・・・・。
可哀想に。
一果がその後、亮介にはきちんとフォローしてくれたので難を逃れたが、少し一緒にいただけでも彼が人の目を惹く存在なのはいやでもわかったとジェシカは言った。
どこか杏樹と似ていて危なっかしい男とジェシカの目には映ったらしい。
どういう意味だ?
指輪を作った際に、一つは杏樹、もう一つは亮介にとそれぞれの指のサイズで仕上げ二人に渡したが、その際ジェシカは一果にこう言われたそうだ。
「今はカモフラージュでも、そのうち二人は引き合わせるつもりなの。だからそれまでこれがペアリングだって事は2人には内緒にしてね」
その言葉にジェシカは、2人は一果公認な上に、彼の誠実さを目の当たりにして杏樹を任せられる男として(彼の預かり知らぬところで)認定されていたのだそうだ。
そんな2人が出会って婚約までいったことに、喜こばないはずがないと興奮したように話していた。
その話を聞いて杏樹は、一果とジェシカの間で何かどこかがズレた認識があるような気がしたが、不明瞭で口に出すことは憚れた。
ただ一果が話した内容を、その文面通りに受け取ってはいけない気がした。
ただそれは私も彼も望んでいないことだから、深く考える必要はないかとスルーした。
ジェシカにはあくまで私達の関係は(仮)であることを重々言い聞かせ、あの後授業に向かったのだった。
指輪が右手から左手に変わったことを、目敏い人達から何度か指摘されたがいつものように笑って誤魔化しておいた。
「リョウスケのムカエはモウすこしアト?」
前の移動教室に足を踏み入れた際にジェシカに言われ、時間を見れば11時過ぎたあたりだった。
おそらく亮介はお昼休憩を境に仕事を切り上げてくるだろうからもう少し後だろう。
切りが悪ければ昼休憩ちょうどには帰れないかもしれないし、そうなると13時越えることも視野に入れておいた方がいいかもしれない。
「うん、もしかしたら13時越えるかもしれないから、教授のところで待たせてもらおうか」
「OK。ワカッタ」
笑顔のジェシカは、サムがいる研究室に行けて嬉しいのかもしれない。
「アンジュのオトシモノ、ワタシミテクルよ」
「ありがとうジェシカ」
扇状に広がる雛壇の席を中段辺りまで軽快に上がっていくジェシカの後をゆっくりと追いかけていると、後ろから声をかけられた。
「Ms.加賀見」
⚠️ここから日本語表記ですが話している言語は英語です。
驚き振り返ると三名の女学生が立っていた。
杏樹を呼ぶ声を背中で聞いたジェシカが振り返り相手の顔を見て、飛んで杏樹の元まで戻って来た。
「何のつもりよヴィヴィアナ」
ジェシカは怒髪させる勢いの剣幕で、一番先頭にいた女性を警戒した。
ヴィヴィアナ・スワロ。
杏樹と並び才女と言われる彼女は幼い頃から父親の仕事の関係で各国を回って育ち、母国語の英語に加え、日本語、韓国語、フランス語と四カ国語が話せるマルチリンガルだ。
その頭脳もさることながら、その美貌もジェシカに並ぶほど美しく、明るい茶色のストレート髪にエメラルド色の瞳を持ったゴウジャス美女だった。
性格さえ良ければ惹くて数多であったであろう人物だが、なにぶん性格がきついと有名なだけに遠巻きにされがちな人だった。
杏樹と同じ二年生で、入学当時から何かと一果とジェシカに張り合う女性でもあった。
「あなたに用はないわジェシカ。用があるのは加賀見さん、あなたよ」
私は貴方に用はねーです。そう言いたかったが、無理だろうなと向き直った。
「何?」
そう言って対応すれば、バカにしたような表情を向けられた。
「あなた、その指輪を左手に付け替えたようだけどあんな男と結婚の約束するなんて、よっぽど好みが偏ってるのね〜」
は?何言ってんだ、この人?
「どういう意味?」
「あなたのお相手、今も正門前であなたに会わせろと暴れてるみたいだけど、付き合う方を変えた方がいいわよ」
亮介ならそんな行動取らなくてもここまで来れる。それなら会わせろと暴れているのはあのホームステイ先の息子だろうな。
また来ているのかと顔を曇らせた。
深いため息を吐き、今度は杏樹が軽蔑の眼差しでヴィヴィアナを見た。
「何か勘違いしてるようだけど、私の婚約者はあんな勘違い男とは違うわよ」
「恥ずかしくて紹介できないのかしら?だってこの一年あなたがそのお相手と会ってるところ誰も見てないものね」
杏樹よりも背の高い彼女は、見下ろすように鼻を持ち上げてツンとしながら言ってきたが、今回は引き下がる必要なはない。
私には強いカードが手元にある!と自信満々な表情で真正面から言ってやった
「期待に添えなくて悪いけど恥ずかしくて紹介できないのではなく、私が彼の隣に並んで歩くのに勇気が持てなかったから彼を誰にも紹介しなかったのよ」
その言い分に怪訝そうな顔になったヴィヴィアナ達に、杏樹はフフフと笑って見せた。
「でも彼がもう待てないって強引に指輪を左手に付け替えてくれっていうから、根負けしたの」
最も愛する友、一果に言われたら仕方ないよね今まで見た事もない幸せそうに指輪を見つめる杏樹に、その場にいる誰もが頬を染めたがヴィヴィアナは引かなかった。
「口では何とでも言えるわ!そこまで言うなら会わせなさいよ、あなたの彼氏に!」
「いいよ」
簡単に了承した杏樹にへ?と間抜け顔になったヴィヴィアナに笑顔を向けた。
「もう見守るのはやめるって、今日彼が迎えに来てくれるの。時間が合うなら彼が来たら紹介するよ」
仮想彼氏ではここまで強気には出れなかっただろう。
亮介に出会っていなかったらカモフラージュがバレていたか、下手したら正門で騒いでいるストーカーが彼氏として噂が飛び交っていただろうがそのどちらも望んでねーです。と震えた。
「そうね。杏樹も彼に追いつけ追い越せで今日まで頑張って来たものね。報われてよかったじゃん!」
ジェシカも教授の策を頂き参戦して言えば、ヴィヴィアナの取り巻きが口を挟んできた。
「ちょっと待って。加賀見さんがライバル視して追いつけ追い越せと勉学に励んでいたのはこの学校の優秀生、三田亮介先輩に対してでしょう。加賀見さんの彼とどう関係があるのよ」
ヴィヴィアナの取り巻きで日系三世のジョアンナにジェシカが鼻で笑って言った。
「ジョアンナ、あなた頭悪いわね。そんなの周りにバレないために杏樹がそう言ってただけで本心は違ったってことよ」
「ちょっと待ちなさい!その言い方では加賀見さんの恋人が三田先輩だって言ってるように聞こえるんだけど!」
ヴィヴィアナが吠えるがジェシカはしてやったりと笑った
三田亮介はこの学園始まって以来の優秀生。アジア人ということを除いても彼の残した業績は隠せるものではなく、ここの理事長が日系人だったこともあり、今ではこの学園の至る所に彼の功績が残っている。
その中には遠目ではあるがその姿写真まで残っており、この大学のほとんどの者が一度はSNSで三田亮介を検索し、その素顔を見知っていた。
アジア人でありながら清潭な顔立ちに高身長高学歴と伝説のように語り継がれれば少なくとも女学生は黙っていない。
「そうよ」
ジェシカが肯定する言葉を言えば、ヴィヴィアナがワナワナと震えながら激昂した。
「あの三田先輩とどうやって知り合うって言うのよ!雲の上のような人なのよ!」
わかるわ〜。
私も昨日まではそう思ってた。でも世間は狭かったー。
日和る杏樹の横で、呆れ顔になったジェシカがヴィヴィアナに詰め寄り人差し指をヴィヴィアナの鼻先に向けた。
「は?あんたも知ってるでしょうが、三田一果。彼女は亮介先輩の妹よ!」
入学当時、君はここの学生か?と言いたくなるほど堂々と同じカリキュラムを一緒に受けた一果。
最近でも彼女はどこだと聞いてくる学生が一定数いて、本気でここの学生だと勘違いしている人がいるほど彼女はこの大学に馴染んでいた。
入学当初から一果に何かと絡んで来ていたヴィヴィアナに負けず嫌いの一果が応戦し、バチバチにやり合う姿を見ている学生は多い。
故にヴィヴィアナは一果をよく知っている人物の一人でもある。
「何ですって!?」
思っても見なかった言葉に本気で驚いたようでヴィヴィアナとその取り巻き二人は目を見張っていた。
「だから一果の兄がその天上人なのよ。その一果と日本からずっと親友である杏樹は元々亮介先輩とは面識があったのよ」
前から認識はあったが、面識は昨日から。語弊はあるが、そこは黙っておく。
三田と言う名字が一緒なだけに彼女達は反論できないのだろう。
「「「・・・・・・・」」」
呆然と押し黙った三人に嘘とは言えこんな茶番に付き合わせて申し訳ないと思いつつ、急に降って湧いた話では追いつけませんよね〜。でも地場固めのために利用させていただきますと杏樹は策士の顔を覗かせた。
教室の外がやけにザワザワと騒がしいように感じたが私には関係ないと無視し、これ以上彼女達からも追求はないと見て、再度落とし物を取りに祭壇を上がり、数時間前に座った席の椅子の下に目的のボールペンを見つけて拾った。
大事にしていた見慣れたペンを鞄に入れたところで、教室の入り口が無遠慮に開き昨日から聞き慣れた声が響いた。
⚠️ここから日本語表記そのままです。
「アン!」
驚き振り返った先には見間違いでも聞き間違いでもなく、そこに亮介が朝のスーツ姿とは打って変わり私服でそこに立っていた。
「亮ちゃん!?」
何でここにいるの!?
迎えに来るのはもう少し後だと思ってたのに早すぎる亮介の登場に杏樹だけでなく、ジェシカと噂の天上人出現でヴィヴィアナ達も驚いていたが、亮介は周りは無視して杏樹のところまでズカズカと歩いて来た。
「どうしたの?!迎えはもう少し後だと思ってたのにこんな早くに仕事切り上げて大丈夫なの!?」
祭壇を登りながら亮介は頷いた。
「問題ない。今朝アンが会長に何か言ったんだろう。上から業務に支障がない程度なら時間問わず送迎していいとお達しが出たんだ」
マ・・・マジで?
優位に立てばと思ってストーカーのことを口にしたが、まさかここまで融通を効かせてもらえるとは。
今度会ったら会長にお礼言っておこう。
「半休も出したし、今日はもう連絡は入ってこないから落ち着いて買い出しに行けるぞ」
杏樹が持っていた鞄を当たり前のように亮介が引き取り肩に掛ける仕草を、黙って見ていたジェシカは他の誰よりも早く覚醒し駆け寄って来た。
「オヒサシブリね。イチカbrother」
ジェシカの声に反応して振り返った亮介の反応の薄さで会ったことを忘れてるな。と感じた杏樹は改めてジェシカを紹介しようと彼女を自分の横に立たせた。
「亮ちゃん覚えてる?1年位前に一果が連れていたアメリカでの友人ジェシカよ」
ジェシカと二人腕を組んでそう言えば、記憶が蘇ったのか「ああ、あの時の・・」と言葉が聞こえて来た。
「私とも仲がいいの。それと私たちのことも前から相談してて昔から知ってる子だから覚えておいて」
1年前に亮介に指輪を渡したのが一果であると目の前でのやり取りを見ていたジェシカ。
2人のことも知っていると言うことは偽装であると知る数少ない協力者と気付き、なるほどと亮介は頷いた。
「アンとも仲良くしてくれていたのか。改めて、アンの婚約者の三田亮介だ。よろしく」
右手を差し出せば、笑顔のジェシカがガッチリを握手を交わした。
「ジェシカ・リンドバーよ。コチラコソ、ヨロシク。リョウスケ」
よしよしこれで自己紹介は済んだか。と肩の荷を下ろそうとしたが、杏樹達がいる祭壇真下で呆然と見上げる一人の男性に気が付き、杏樹はギョッと目を見開いた。
そこには大学院生のサミュエル・スミス。ジェシカの彼氏が立っていた。
情報は正しく伝えておくべきだな。
「ちなみにジェシカはそこのサム先輩の彼女です」
何でここに先輩がいるんだ?ジェシカを迎えに来たのかと思っていたら、亮介がその言葉に反応し振り返った。
「Oh,the girlfriend you were talking about was Jessica?」(なんだお前が言っていた彼女ってジェシカのことだったのか)
「Yes.By the way,was your senir's fiancée Ms.Kagami?」(はい。ところで先輩の婚約者って加賀見さんのことだったのですか?)
信じられないと言わんばかりにつぶやくサムに亮介は「That's right」そうだと答えると教室入り口付近にいたヴィヴィアナの取り巻き達が黄色い悲鳴をあげた。
本当にあの三田亮介と恋人だった!とか、婚約者って認めた!2人はいつから!など英語が飛び交っていたが、そこは無視だ。
ただサム先輩も似たような状況に陥っていてギャーギャーと騒ぐ先輩に杏樹はどうしていいか分からなかった。
詰め寄られている亮介はもっと引くに引けない状態で、表情は変わらないが明らかに顔色が悪くなっていた。
どうすべきか・・・。
こう言う時、一果はどうしてたっけか?私が困った時にはその腕で頭を抱き寄せ周りを遮断してくれた上で相手を黙らせていたっけ。
私の身長では亮介の頭は抱えることは出来ないが、抱きつけば杏樹の身一個分は引き離せるか。そう思ったら即行動に移した。
亮介の立派な胸元に抱きつき、これ以上騒ぐなと恨みがましい視線だけサムに向けた。
その場がピシリ!と一気に凍り付き誰もが杏樹と亮介に釘付けになった。
亮介は自分の体に抱き付き一気にその場を収拾した杏樹を見下ろし、目を綻ばせて頭を撫でた。
杏樹は褒められたと笑顔を亮介に向け、どさくさに紛れて筋肉の感触を楽しんでいた。
しかしそれは看過されなかったようでベリッと剥がされ縦抱きに抱っこされてしまった。
上半身が完全に亮介の肩を超える体勢に持つ筋肉がない!と軽く睨んで亮介を見たが、亮介はそのまま杏樹を抱えたまま教室を後にしてしまった。
後輩の杏樹には睨まれ、亮介にはこれまで研究室で一番近しい存在と自負していたサムは、これまで見たこともない亮介の柔らかい表情や、女性に抱き付かれて許している姿にショックを受けて力が抜けたように姿勢が前屈みになり四肢も力なく垂れ下がっていた。
ジェシカは自分のボーイフレンドの猿が立ったような姿にやれやれと首を振ると背中を思いっきり叩いた。
「It's about time you come to your senses!We're going after those two!」(いい加減正気に戻りなさい!2人を追いかけるわよ!)
どっちが年上かわからないようなジェシカの対応に、サムも正気を取り戻し、走り出した彼女を追いかけながら詰め寄った。
「Wait a minute!Jessica,did you know those two were a couple?」
(ちょっと待て!ジェシカ、君はあの二人が恋人同士だって知ってたのか?)
「Of course.I also knew whose fingers those rings were on」
(当然でしょう。あの指輪が誰と誰の指に付いていたのかも知ってたわ)
「Why didn't you tell me!」
(何で教えてくれなかったんだよ!)
秘密だったんだから仕方ないでしょう!と思いながら「Shut up!」(黙らっしゃい!)と言って親友の後を追って行った。
その場に取り残された3人は、ヴィヴィアナを除いて2人は加賀見さんすごい!とはしゃいでいたが、中心核の彼女だけは歯軋りして拳を強く握りしめていた。
次回の作品UPは一週間後です。
よろしくお願いします。




