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一水四見(いっすいしけん)  作者: 虹乃懸橋


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10、親友が選んだ手段


 私と常に一緒に行動している人物と言われて思い浮かべる人物はただ一人だけだ。

 アメリカでの杏樹の親友。

 ジェシカ・リンドバー。


 ここでの学校生活で常に一緒に行動する彼女は確かに最初、一果と友達になった人物だった。


 アメリカ大学の新学期は一般的に八月下旬から九月にある。

 杏樹が通う州大学も九月からだった。


 その年の春、杏樹より一足早く都内の大学に入学した一果は、夏休みを利用してアメリカに来ていた。

 八月下旬から九月いっぱいまである夏休みをフルに使って滞在し、兄の恩師だった橘教授の力を借りてなぜか杏樹と共に新学期が始まった大学で同じカリキュラムを受けていた。


 オリエンテーションに始まり授業も一緒に受けたことで、同年代の一部の人間は一果もここの生徒と勘違いしたほどだ。

 そんな中、ジェシカは一果が最初に親しくなりそこから杏樹とも親しくなった友達だった。


 一果と異常に打ち解け、前世は双子の姉妹だったのだろうとお互いが認識し、杏樹から見てもやけによく似た二人だった。

 外見、思考、行動。

 全てにおいて似通った二人に嫉妬するのも馬鹿らしく思える程、似過ぎた二人。

 唯一違ったのは、男の趣味と言い切ったのはジェシカだった。


 フェロモン美女のジェシカは外見に似合わず、日本のアニメが好きで一果と溶け込めたのも一果の好きなアニメとジェシカの好みが一致し、周りがドン引くほどのオタク話で盛り上がったのがきっかけだった。

 一果が日本に帰った後も杏樹の側にずっと一緒にいて、これまでなんの疑いも持たずに当たり前のように一緒に行動していたが、一果に頼まれて一緒にいてくれたのだろうか?


「君に声をかけて来る男性が、翌日にはジェシカ嬢に乗り換えた瞬間は何度も見て来ただろう。それは一果嬢から頼まれたジェシカ嬢が君から男を引き離すために取った行動の結果だよ」

 それは・・・ジェシカ狙いの男が私を利用して近づいて来ているのだと思っていたけれど、本当に一果に頼まれてジェシカがそんなことをわざわざしていたのだろうか?


 困惑する杏樹をよそに教授は知ってる情報をさらに告げる。

「今から約1年前、ジェシカ嬢から一果嬢に相談があったそうだよ。告白された男性と付き合おうと思うから君の護衛をすることが今後難しくなると。一果嬢は相当頭を悩ませたそうだよ。苦肉の策ではあったがカモフラージュの指輪はどうかと二人で話し合い、そのついでに兄にもつけさせれば女避けになって一石二鳥だと二人で指輪を探しに行ったようだ」


 教授の言葉通り、確かに1年前ジェシカには彼氏が出来、現在もその彼と交際を続いている。

 杏樹の20歳の誕生日前後のことだったので指輪をもらった頃と時期も一致している。


「私からすると一果嬢の君への心配加減は異常に映るけれど、君の生い立ちを考えれば親しい間柄の者からするとこれ以上の衝撃は与えたくないと過保護になるのは致し方ないんだろうね〜。そう言う意味で君は親友には恵まれたよ」

 そこまで一果が考えているとは思っていなかった杏樹は疑問を口にした。


「衝撃・・・と言うのは異性関係ということですか?」

 頷く教授は真剣な表情で杏樹を見てきた。

「今の君には必要がないと嫌厭(けんえん)している事柄だから、一果嬢は敢えてそういう人物たちを排除して来た。けれど君は自分が思っている以上に異性を惹きつける。そういう意味で一果嬢は悩ましかっただろうね。本人が望んでいないのに虫がわんさか湧いてくるんだから」


 そこは私が意図していることではない。

それこそ不可抗力だ、と半眼になった。


「いつか君の準備が整い恋愛してもいいと思えた時のために、彼女は君の相手に相応しい人物なのか日本にいる時から見定め選別していた。君の外見だけで寄って来る者たちの中にどれだけ誠実な人間がいるのか。一果嬢は自分の経験からもその辺は慎重になった方がいいと考え常に(ふるい)に掛けていたんだ。君の生い立ちを知っても守る気概のある人物なのか、また他の女からの誘惑があっても鉄の心を持って揺らがずただ一人の人間を思い続ける者なのかをね」


 その篩に掛けられた者たちが今まで一果やジェシカの誘惑に負けあっさり乗り換えたと?

 男運のなさにこっちの気が滅入ると項垂れる杏樹を他所に、教授は呆れ顔で言い放った。


「良い男なんて統計上で見ても200人に1人って出てるくらい少ないんだよ。ましてや男なんてスケベな生き物なんだから難攻不落なものを落とすよりも目の前の今にも手に入りそうな女に目が移るのは当たり前。もしそれをしない奴がいたとするならそいつ本人の心の問題で出来ない理由がある人だけだろうね」


 そこまで言った教授がなぜかそっぽを向いて苛立ったような表情をしたが、杏樹はその理由とは何かが気になった。


「単純に本命にだけ一心に愛情を向けられる人もいると思いますけど、心の問題にはどんなことがあるんですか?」

「・・・・・そこ、食いついちゃうんだ」

「話したくないってことですか?教授がそのタイプだからですか?」


「・・・・・君時々容赦ないよね」

「あなたがそれをいうんですか?いつもは人が言いたがらない事を面白そうって理由だけでグイグイ聞いてくるのが教授じゃないですか」

 図星を突かれてグッと顔を顰めたが、事実なので受け入れ、そっぽを向き重たい口を開いた。


「あくまで持論だよ。心の問題で出来ない理由には精神と物理の二種類に分けられる。まず精神論では言い方が変わる。ただ一人に(こだわ)ると言った方がいいだろう。そこはポジティブ、ネガティブ、両方に通づる。強烈な記憶による相手を思う感情が抑えられないほどの恋慕を持ち続けていること。これは初恋など叶わない相手によく生じる現象だ。美しい思い出として過去のことにできるならそれはポジティブに捉えられこともできるが、思いが強過ぎて手に入らないとわかっている相手に囚われ過ぎた場合、ネガティブ要素として発揮してしまう。新しい出会いを前に二の足を踏んだりする原因になり得るからだ」


 杏樹はこの時の教授の表情に違和感を覚えたが、あえて突っ込むまいとスルーした。

「物理の場合はそのままの意味だよ。物理的な刺激により精神的感覚的に恋愛感情が持てない。あるいはそれに起因し興味の幅が狭く、わかりやすく言うなら好みが(かたよ)る傾向にある。これは・・・・君が一番よくわかっているはずだ。家庭環境により精神的に異性を嫌厭しているのだから」


 話を聞いていて自分でも後者は私のことだなと感じていた杏樹は視線を下げながら頷いた。

「そして三田くんも、三田くんの妹もこのタイプに該当する。彼らもまた特異な家庭環境下で起こった事件によって人生が狂わされた。信じていた者に裏切られた夫婦の元で育った彼らもまた疑り深い人間に育ってしまった。信用ならない相手には、石橋叩いて渡れば良いが、彼らは火中の栗を拾わない。しかし一度心を許すと委細構わず実行する」


 火中の栗を拾わない:信用ない相手に危険を犯してまで助けないし手を差し伸べない。

 委細構わず実行する:これは細かいことは気にせずに行動を起こすこと。


「何が言いたいかって言うと、君たちのように物理的な刺激を受けたもの同士は案外息が合う。類は友を呼ぶとはよく言ったもので接すると不思議とわかるものがあるんだろうね。そして同じ痛みを知っているからこそ支え合うことができる。そのせいで異常に過保護になることもあるがそれすらも互いが心地いいと思えている。そういう人物との巡り合わせがどれだけあるのか考えた場合、君と一果嬢の友情はまさに特別。そして一果嬢と同じ環境で育った三田くんもまた君とは波長が合うはずなんだ」


 一果と亮介を何度も重ねて見えてきた杏樹には確かに波長は合いそうだと思ってしまった。

「その上でもう一度聞きたい。君たち二人が異性を嫌厭していることは知っている。しかし息が合っている。違うかい?」


「・・・おそらく合っています。私が異性を嫌厭していること、彼が同じ理由で異性を嫌厭していることでお互いの間に邪な感情が生まれていないことが、同じ屋根の下で暮らしても問題ないと思っているから、昨日今日とトラブルにはなっていなんだと思います」

「それどころか居心地が良い」

 うっ。相変わらず突っ込んで聞いてくるな。


「どうでしょうね。ただ強いて言うなら悪くはありませんでした」

 次何か言いかけた教授にこれ以上聞くな。と力説するように話をしておいた。

「何より虫除けという意味ではお互いが今まで以上に楽に排除できたことは僥倖(ぎょうこう)です!」


 思わぬ切り出し方に教授はぶった切って来たなと興味を失ったのか「ふーんそれは良かったねー」と棒読みで言ってきた。

 ふー、やれやれ。

 これ以上根掘り葉掘り聞かれてもこっちが困るっちゅーの。


 亮介のいないところで勝手に話が進むのも困るが、この教授のことだから陰湿な質問とかされても嫌な気持ちになるのがオチだ。

 こっちの土俵に持ち込むべく杏樹は鞄を持ち上げ、ガサガサと中を漁りながら今日の予定を話し始めた。


「同居にあたって必要なものが揃っていないので、今日午後から休講続きなので買い物に行ってきます」

「そうなの?一人で大丈夫かい?」

「あ、実は亮介さんが半休使って買い物に付き合ってくれるそうなんです」


「・・・・三田くんが?」

「はい!やっぱり一果のお兄さんですよね。面倒見が良くて」

 あの三田くんが会った翌日に女の子と買い出し!?


 驚く教授を他所に、杏樹はそこまで言うと鞄の中からラップで包まれたおにぎり数個と大きめの水筒を取り出し、ソファから立ち上がると研究室の棚に近づき紙コップを二つ用意して戻ってきた。

「今日もここまで送ってくれたんです」


 そういいながら紙コップに水筒から出した液体を注ぎ始めた。

 色と香りで味噌汁とわかると教授は久しぶりの日本食に頬が緩んだが、杏樹の言葉にハタっと何かに気が付き、聞いた。


「あ、もしかして駐車場上のバスケットコート裏からの道を通って来たの?」

 昔一果と作った道を示唆すれば、目の前の教え子が身を乗り出して肯定してきた。

「通りました!あの道一果と教授が作ったそうですけど、なんて道作ってるんですか!?」


 驚き口にする教え子をよそに教授は、たらりと汗をかいた。

 もしかして自分が思っているより三田くんの方は彼女を受け入れているのか?


 あの道は他の生徒と鉢合わせを避けるために当時まだ中学に入る前の彼の妹と作った道だ。

 教授になって間がなかった真吾がストレス発散!と便乗して作った道だった。 

 あの当時まだ二十代とはいえよく体が動いたもんだ・・・。


 三田亮介は在学中ずっとその道を来る日も来る日そこを通って大学に通って来たが、あの4年間1度も妹以外の人物を通らせたことはない。

 ゼミ仲間になった同性の後輩に頼まれても頑なに拒否していた彼が、会って間もないしかも女の子に道案内したっていうのか!?


「あの道、当時まだ小学生だった一果と作ったそうですが、教授そんな暇ないでしょう。またサボって抜け出してたんですか?」

 おにぎりをかぶりつきながら言う教え子に、放心状態で「うん」と言えばお小言を言われたがそれどころではない!

 渡された懐かしおにぎりのラップを剥ぎながら質問した。

「もしかして関所の鍵も預かったの?」


 流石に渡すまではしていないだろうと思ったが、外れた。

「今後使って良いって渡してくれたんですけど、教授も知っての通り私、虫嫌いじゃないですか」

「え、虫って異性のことじゃないの?」

「・・・・・それもありますけど、比喩だけじゃなくて本物の虫も嫌いですよ」

「あ、そうなの。それは知らなかったよ」


「今あの道、草ボーボーで季節柄これから暖かくなって来たら奴ら増えて来ますよね。そう考えたらあの道一人で通れる気がしなくて」

 ブルブルッと震える教え子は、その辺は普通の女学生のようだ。


「・・・・彼、それでどうしたの?」

 一つ目のおにぎりを食べ終わり、二個目に突入する彼女を相変わらずよく食べると感心していると驚きの言葉が降ってきた。

「後日あの道整備するって鍵を持って行きましたよ」


 甲斐甲斐しいにも程がある!

 彼が妹以外の人物にそこまでする姿は一度も見たことがない。

 私にだってされたことないんだが!!

 教授があんぐりと口を開いたのを見て杏樹の方が驚いた。


「・・・・もしかして嫉妬ですか?私がいつも教授にされてたことですよ」

 ザマァ。わかりやすい彼女の表情に不覚にも教授はイラついてしまった。


 杏樹はいつも三田亮介と比べられて彼のことを勝手に嫉妬していたが、まさかその彼のことで教授に嫉妬させることができるとは思っていなかった。


 亮介さん神、そしてありがとう。

 少しだけ溜飲を下げた杏樹は心の中で婚約者(仮)に手を合わせながら、味噌汁を口に運んだ。







次は来週日曜日にUP予定です。

よろしくお願いします。





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