9、杏樹の本質
「実際彼に会って見てどうだった?」
「・・・・どうとは?」
「君が恋愛回路が遮断されてるのは知ってるよ。それも何重にも鎖で巻きつけ慎重に、かつ頑丈に要塞化してることもね。だから私が聞きたいのは彼は君が思っていた人物と同じだったのか、はたまた意外性に富んだ人物だと感じたのか感想が聞きたいんだ」
教授の言い分に、まず・・・と口を開いた杏樹は、目をかっぴらき両手全ての指を開きジッと見つめた。
「なんですかあの外見は!私が持っている写真の彼は線の細い華奢な中性的な印象の人だったじゃないですか!それが数年であんな体躯が変わるものですか!マッチョですよ!細マッチョですけど、そのせいで印象が男臭くて別人ですよ!」
「・・・・気にする所そこ?確かに彼在学中に一果嬢に言われて筋トレ始めたけど、頼り甲斐がある外見でいいじゃないか」
何が問題なの?と突っ込めば、深刻な顔でただただ自分の手を恨みがましく見つめて呟いた。
「もらった写真と違い過ぎて、面接の時に目の前の面接官が三田亮介と気が付かず、自己紹介されて初めてそれが彼と知り心臓が飛び出るほど驚いたんですよ」
その言い分に教授は、そりゃ確かに彼女に取ってみたら死活問題だな。
と、内心苦笑いした。
今後の自分の人生を左右するインターン生として面談に行き、最初彼女は彼の外見には目もくれなかったが紹介され見知った人物とはかけ離れた姿に驚き彼を完全に視界に入れてしまった。
顔に感情が出やすい彼女はポーカーフェイスでいられなくなったはずだ。
インターン生としては本来ならマイナス要素だが、面談に関しては出来レースだったからそこは問題はないが、彼女の矜持の問題だ。
加賀見杏樹は普段の堂々とした態度からは想像もつかないが、異性に対しては大変臆病だ。
故に数々の異性からのアプローチを跳ね除けてきた。
その誰もが彼女の中で、顔を認識されない程に。
視界に異性をわざわざ入れないようにしてきた彼女が、意図せず彼を完全に視界に入れてしまった時点で誰かの思惑がハマった証拠だった。
教授が思わず笑みを深めると目の前の教え子は気分を害したようだ。
「笑い事じゃないですよ」
プイッと子どもの様にそっぽを向く彼女に、困った子だと眉を下げた。
彼女が異性を意図的に遠ざけているのは、自分に取って大切な人をこれ以上作らないようにしているためだ。
同性であるなら友達というポジションがあるから彼女の周りにはいくつかその席は存在する。
だが異性となるとその友人席すら設けないほど彼女は徹底している。
人との付き合いの中で男女ともに誰しもいいところは存在する。
その一部を垣間見ただけで彼女は本来テリトリーの柵を開いてしまうほど、"人の愛情に飢えている"。
それでも頑なに柵を閉じ、警戒しているのは殆どの者が裏の顔を持っているからだ。
彼女の生まれた場所はまさにそういう人間がたくさんいて表では親切なフリをして、裏では陥れる算段を企てるような輩が伍萬といた。
何より恋愛脳になり自分の掟を振り切り、自身ですら制御不可能になった自分を想像するだけで彼女は拒否反応を強くする。
おそらく身近にそうなった人物がいて彼女はその変わりゆく姿を見ていたのだろう。
その経験から自分で自分が止められなくなる可能性に不安が募り、より異性に対して警戒心を異常に発揮される原因になっている。
彼女の交友関係を見る限り、人恋しさから一度心を開くと彼女はテリトリーの柵を全開にし完全無防備になる。
受け入れた人物へ全信頼を寄せてしまう自分の性格がわかっているからこそ、裏切られたと知った後、自分が保てなくなることを懸念して防御を張っている。
もしそんなことが起きればもぬけの殻状態になり、その器をハイエナのような一族の者達に人形のように操られるのがオチだと彼女はわかっているからだ。
そうならないためにあえて異性を意図的に視界に入れないようにしてきた彼女が、三田亮介のその等身大の姿を初めて視界に捉え、違う意味だろうが心臓と脳が反応した。
彼女にしてみたら死活問題でそれどころではないだろうが、“あの子“にとっては違っただろう。
夢にまで見た二人の出会いに歓喜していることだろう。
彼を改造しておいて正解だっただろう、“お嬢さん“。
強かな彼女を思い出しながら、目の前の教え子に視線を戻し教授は口を開いた。
「でも視界に入れても不安にはならなかった。違うかい?」
何せあのお嬢さんが念密に強かに長い年月をかけて計画して来たんだ。
自分に全信頼を寄せる親友の彼女の隣に立てる最高の男。
手負いの彼女に、自身の兄と自分を重ね合わせ見させるために、あらゆる彼の行動を真似ているのを見た時は疑問に思っていたが、全てはこの子の警戒心を取り除くための布石だった。
「・・・・そうですよ」
また子供のように口を尖らせてぼそりと肯定する言葉を言う教え子を前に、教授はブルっと体が震えた。
全てあのお嬢さんの思惑通りか。
ただ思っていたよりも進展が早すぎる現状は何が作用したのか。
少しずつ距離を縮めさせるつもりだったあのお嬢さんの作戦よりも何段もすっ飛ばしてことが進んでいる。
「それならそこまで深刻に考え込まなくて良いんじゃない。今の所なーんの問題は起きてないんだし。それより宿確保のために三田くんとは偽装恋人くらいの設定で折り合いが付くかと思ってたのに、婚約者にまで飛躍した話になってたのはなんで?」
教授の言い分に杏樹の中は?だらけで頭は混乱した。
「教授、そこは一果の親友、一果の兄というポジションで保護する設定で良いはずなのに、なんで恋人設定になると思ってたんですか?」
「え?なに言ってんの。そんなペアリングを二人でしといて、“妹の親友だから保護しました“じゃ周りが納得するわけないでしょう」
はい!?
「教授はこの指輪がペアリングだって知ってたんですか!?」
立ち上がって講義する教え子に、あ、そういえば・・・と教授は思い出したように意味深な視線を送りニヤリと笑った。
「何ヶ月前だったかな。兄さん経由で会長に呼び出されて橘主催のレセプションに参加させられたことがあったんだけど、そこの会場で三田くんに会ってね。その時に彼の指に君と同じ指輪が着いてるもんだから、そりゃもう驚いたよ」
知ってたなら教えてくれよ・・・・。
力なく座る教え子にとどめの言葉を送った。
「おそらく一果嬢の仕掛けたことだろうと思って、黙ってました♡」
最低だ。
それは、その方が後々面白いことになると踏んでのことか!?この悪魔教授め!
「だから辻褄を合わせる意味でも精々今までお互い隠していた恋人のお披露目程度って設定だろうと思ってたのに、あの三田くんは君を婚約者と会長に紹介をした。てっきり二人が意気投合して一気に話が進んだのかと思ったんだよねー」
「違います!」
昨日起こったことを包み隠さず報告した杏樹は、その後の教授の言動に言うんじゃなかったと青筋を立てた。
「寮を追い出される形で引っ越しさせたって兄貴から聞いてたけど!彼ファミリー向けのタワマンに住居構えてたのか。それじゃ仕方ないな!君たちやっぱり“持ってる“よ!」
何を持ってるっていうんだ!
案の定お腹を抱えて笑い始めた教授に今は我慢だと杏樹は耐えた。
一通り笑った教授は、あーお腹痛いと言いながら姿勢を正した。
「それで、親友の一果嬢には報告したの?」
虚を突かれて、苦虫を潰したような表情で否定した。
「いいえ、インターン生として橘に行くことは伝えましたが、一緒に住むことは言えませんでした」
「ふーん・・・・それって三田くんの意見?」
「はい」
「なるほど。彼女のブラコン具合を鑑みても賢明だったね」
あまりに進み過ぎた計画に彼女が尻込みする可能性はゼロではない。
もう少し後に報告すると決めたことは英断だ。と思ったのは建前で、後で知ったあのお嬢さんがどう反撃に出るかと思うと話に便乗しておいた悪魔だった。
杏樹は教授の言葉に確かにと眉を下げた。
兄に群がる虫(女)に嫌悪感を示し、あんな道を作ってしまう一果が杏樹が親友とはいえ亮介と同じ屋根の下で暮らすことを良しとしないだろう。
例のメールでの牽制もあったし・・・・。
「三田くんが言うように当分は秘密にしておいた方がいいね」
「はい」
親友に隠し事をすることに罪悪感を覚えている杏樹に、教授はソファの背に腕を回しながら天井あたりに視線向け、何かを思い出したようにニッと笑った。
「まあでもわざわざその指輪をそれぞれに渡すくらいだからカモフラージュの相手として想定はしてたんだろうから、悪いことにはならないとは思うけどね」
「ここまで来ると問題にしかならないかもしれません」
「なんで?」
杏樹は鞄からスマホを取り出し、電源を入れて昨日一果とやり取りしたニャインの一部を見せた。
「昨日メールしていた中でこんな文面送って来ましたから」
[だから邪な感情は抱かないようにね]
その文面を見た教授はその意図には疑問を持ったが、指を伸ばしスクロールを上げ下げ動かし、ある一文を見てニヤッと笑った。
「もし一果嬢が何か言ってきたら、事情を説明し保護してもらう過程で、この一文を出して、"これのせいで周りがそう判断したから仕方がなかった"と言えばいい」
この一文と言いながらツンツンと指差したところに書かれた文面は、[指輪を右手から左手に変えて付けろ]という下りのところだった。
ニャインのやり取りの中で確かに一果は牽制の後にあの一文を送って来ている。
左手に指輪をする意味はまさに今置かれた現状を象徴している。
自分たちがこう言う状況を作ったと言わなければ、一果には知りようがないのだから"状況"でそう判断されたと思わせれば、そこまで彼女も強く出れないか。
な、なるほど。
相変わらず悪知恵は働く人だと教授を見たが返事を返しておいた。
「参考になります」
もう用は済んだと、電源を落としてスマホを鞄の中に入れ込んだ杏樹の行動を目で追っていた教授は思い出したことをそうだ、と言いながら言葉を続けた。
「ちなみにその指輪の理由を知ってる人物がもう一人いるから彼女には事情を説明しておいた方がいいよ。動きやすくなると思うから」
どう言う意味だ?
怪訝顔を教授に向けると意外な言葉が返って来た。
「その指輪の片割れが三田くんの指についていることを知った時に、一果嬢には連絡してみたんだよ。探究心は抑えられないからねー。レセプションそっちのけで彼女と話し込んでしまったよ」
大の大人がなにやってんだ。
そこへ呼んだ会長はさぞ気分を害しただろう。
「彼女が言うには手の届かないアメリカに君を一人にさせるのが心配で自分のように常に君を守ってくれる人を探してこの人ならと太鼓判を押した人物を君の側で自分の代わりに見守ってもらってたそうだよ。その指輪もその子と一緒に選んだものだと言っていたよ」
本日もう1話UPします。




