どうしてレイヌ様は人間に加護を与えているんですか?
翌日。あたしは新しい料理を手に再び神殿へと向かった。レイヌ様にいただいた欲張り調味料セットの力があれば、これまでとは比べものにならないくらい美味しいものを作るのはそう難しくない。……技術が大して進歩していなくても、味付けだけで逆転できるくらいには現代調味料はズルいのだ。
「というわけで、新しい料理です!」
「要らぬと言っただろう」
神殿上層に上げてもらって真っ先に料理を差し出すと、昨日と同じような反応が返ってくる。だけども、あたしは既に味を占めているので、ここで大人しく引き下がったりはしない。
「いやでも、レイヌ様のおかげで完成したんですから、やっぱりレイヌ様に食べて欲しいです」
調味料をくれたのはレイヌなのだから、おかえしに完成した料理を味わってもらいたい。あと冷蔵庫もないのにもらいすぎちゃって使い切らなきゃいけないからレイヌ様にも食べてほしい。大体七対三の気持ちを込めて差し出すと、レイヌはしばらく無言でこちらを見つめる。
「……」
やがて、折れてくれたのか渋々といった様子で料理に手を伸ばす。そして、一口だけ口に運んだ。
今度はレイヌの表情に、多少の変化があった。眉がわずかに上がり、少しだけ驚いたような顔をする。
「……確かに格段に美味いな」
「ですよねー!」
あたしは思わず小さくガッツポーズをとった。あのレイヌ様から「美味い」という言葉を引き出せすとは、そりゃあもう快挙も快挙だろう。
「満足したか? では下げろ」
「そんなぁ!」
ただし、やっぱり完食する気はないらしい。レイヌは料理を力で浮かせてあたしに突き返す。まぁ完食してくれないのはしょうがないので、本題を口にしてみる。
「ところで、なんですけど」
「なんだ?」
「ここを出て行って、スルグ様の領域へ行くって人たちを見かけました」
その瞬間、レイヌの表情が変わった。ただし、それは怒りのような激しいものではなく、憂うような、嘲るような、暗く静かなもの。
「ジークとリンダか」
その声色も、怒りの色は含まれてはいない。裏切りに対して怒りを抱かないというのは……最初からそこまで期待をしていない、ということなのだろうか。だとすると、初めて会った日に天罰を与えようとしたのがおかしくも思えるけど。
「えっと……何です?」
「そやつらの名だ。違ったか?」
「あぁー、そんな感じだったような?」
「そんな感じだ」
レイヌはゆっくりと語り始めた。ジークは若い狩人で、村一番の腕前を誇っていた。リンダは織物が得意な女性で、二人は恋仲だった。だが次第に閉鎖的な村に嫌気が差し、より良い暮らしを求めて、光の領域に憧れを抱くようになったのだと。聞いていないのに、レイヌ様は結構な個人情報を話してくれた。
「よくそんな詳しいこと知ってますね……」
「一応、《《視》》ているからな」
「一人一人のこと覚えてるんですねぇ」
正直、意外だった。レイヌ様は村人たちのことをもっと取るに足らないものだと認識していると思っていたのだ。
「……もっとも最近は、おまえのことばかり視ていて他は……」
「はい? なんて言いました」
「何も言っておらぬ。……ジークに至っては、怪我を治してやったこともあるというのに」
「え、レイヌ様そんなことしてくれるんですか?」
「あれが大怪我をしたとき、この下で祈りと称して母親が居座ってきてな。うるさいから願いを叶えてやった」
おぉ~、素直じゃないけど、結果的には祈りが通じたりもするんだ。うーん、やっぱり優しいし、生け贄さえなければほんとに良い神様だと思う。つまり、生け贄をやめた今のレイヌ様は最強だ。ここから破滅するわけがない。
「……ふん。だというのに、何もかも忘れてスルグのもとへ行く。恩知らずなことだ」
あたしを楽観的な思考から引き戻すようにレイヌの声に、わずかな刺々しさが混じる。
「分かるか? 人間というのはそういうものだ。考えを改める気になったか?」
「……? あぁ! そういえばそういう話でしたね!」
そういえば、レイヌ様は人間が裏切り反旗を翻す様をあたしに見せて「そら見たことか!」と言いたいがためにあたしを生かしているんだった。正直あの時はミナちゃんを助けるために勢いで話していたし、実際それでなんとかなったからもう忘れてしまっていた。
「……おまえ、それすら忘れていたのか」
「あはは、すみません」
完全に呆れかえり、さらに若干心配も混じっていそうな表情を浮かべるレイヌ様に、あたしはふと浮かんだ問いを投げかけてみた。
「……あの、レイヌ様」
「なんだ」
「レイヌ様が生け贄を求めていたのは、人間がレイヌ様の加護を当たり前だと思わないように……とか、そんな理由でしたよね」
「そうだが」
「じゃあそもそも、どうしてレイヌ様は人間に加護を与えているんですか?」
根本的な問いに、レイヌ様は目を見開いた。
生け贄やらがレイヌ様にとって必要なものではないのなら、そもそもレイヌ様が人間に恩寵を与える理由がない。なぜ神である彼女が、人間たちの生活を支えてくれているのか。ゲームのスルグ様のように、人間の幸せが幸せです! みたいな神様なら理解できるけど、レイヌ様がこうして人間を保護する理由が見つからないのだ。
「それは……」
レイヌ様が言葉に詰まる。
沈黙が訪れた。あたしは答えを待ったが、レイヌは何も言わずにうつむいたままだった。まるで何かを必死に考えているような、それとも答えたくない何かがあるような。
「……あの、レイヌ様?」
「っ! なんでも良いだろう!」
今日、初めてレイヌ様の激しい声を聞いたかと思えば、あたしは次の瞬間には既に冷めた料理と一緒に神殿の下層に放り出されていた。
石の床に尻餅をついて、あたしは思い返す。レイヌ様が、答えに窮した根本的な問い。そこに、なにか重要な鍵があるのだと、あたしの直感が告げていた。
「……でもまぁ、絶対素直に答えてくれないよねぇ」
一日中変わらない月明かりの下、あたしは小さく呟いた。それを知る手段は、今のところ思い浮かばない。




