二人っきりですね、レイヌ様
ようやくちょっとは慣れてきた飛行で、私はレイヌ様の神殿へと戻ってきた。もうレイヌ様の手で上層に上げてもらう必要もなく、自分の力で上層に移動できる。そのことに、地味な感慨を覚える。
「よく戻った、春乃」
「はい、レイヌ様!」
帰るや否や、私はレイヌ様に抱きついた。封印の話を聞いて、ミナちゃんたちに最後の挨拶をしなきゃ! となった時に、レイヌ様は一緒に行きたがらなかった。結局最後までレイヌ様は村の人たちに姿を見せなかったけど……まぁ、あの場にレイヌ様がいたらみんなも緊張しちゃうかもだし、しょうがないか。
「……見ていたぞ、春乃」
「あー、ははは……ダメでした?」
レイヌ様がなんのことを言っているのか、さすがに分かる。押されて流されちゃったけど、ミナちゃんにあげたのは元はレイヌ様の力だし、そもそもレイヌ様はミナちゃんに厳しいのだ。
「もう、それは春乃の力だ。ダメではない。責めもせぬ」
「え……?」
「意外か? ……誤解しているかもしれぬが、別に我はミナを嫌ってはおらぬ。我とて、ミナのことはずっと見てきた。春乃との関係を置いておけば同情に値する、報われるべき娘だ」
その言葉に、あたしは結構びっくりした。レイヌ様、ミナちゃんのことをそんな風に思ってたんだ。
「それに、もうどうあっても我の勝ちは揺るがぬ。春乃は我のものだ」
「そ、そうですけど……台無しですよ!」
結局それかい! とあたしが崩れ落ちていると、後ろから声がかかった。
「待たせたね」
「待っておらぬ」
「スルグ様!」
村の人たちを光の領域の人たちに仲介してきたスルグ様が戻ってきたのだ。相も変わらず、レイヌ様はスルグ様にめちゃくちゃ冷たいけど。
「そう言わないでくれ、レイヌ。今度こそ、最後になるだろう?」
「……ふん」
「あ、もう早速やるんですね……」
レイヌ様の計画。この神殿とあたしとレイヌ様自身を世界と隔絶された封印空間に隔離して、この世界やスルグ様との縁を切る。それで、少なくともレイヌ様の暴走の危険はなくなるらしい。あたしとレイヌ様は、その封印空間でこれからを過ごす……ちょっと不安だけど、あたしはレイヌ様に付き従うだけだ。
「レイヌ。キミとはぶつかり合ってばかりだった。でも、間違いなく大切な存在だった」
「……」
「先ほど、キミに言われて気付いたよ。私には、自分というものを尊重する力が欠けているのかもしれない。それが、キミの領分だと言うのなら……それを追求してほしい。烏滸がましいかもしれないが、私の分まで幸せになってほしい」
「本当に烏滸がましいな」
スルグ様の言葉にそんなツッコミを返したレイヌ様は、それだけ言ってぷい、と目を逸らしてしまった。どうやらレイヌ様から言うことは特にないらしい。スルグ様はそれを責めることなく視線をあたしの方へ向ける。
「ハルノ。改めて謝罪とお礼を。キミを巻き込み、大変な目に遭わせてしまってすまなかった。そして……レイヌを救ってくれて、ありがとう」
「いえいえ! あたしなんて、レイヌ様にただただ甘えてるだけで……」
「恐れもせずにそれができるのは、キミがレイヌを理解しているからだ。誰にでもできることじゃないし、それは……レイヌにとっての救いであるだけじゃない。私にとっても、この世界にとっても素晴らしいこと……そんな風に思えてね」
「そんな、大げさですよ~!」
なんかめちゃくちゃ褒めてくるスルグ様に照れていると、隣のレイヌ様から感じる圧が強くなっていく。やば、このくらいにしておこう。
「え、えーっと……スルグ様は、これからどうするんですか?」
「……レイヌがいなくなっても、計算では暴走までには幾ばくかの猶予がある。それまでに、みんなへの説明と、力の分配を済ませるつもりだよ」
「そうですか……」
ゲームの通りなら、それでスルグ様は意思だけの存在になる……のかな? もうゲームの前提なんて完全に崩れちゃってるし、参考にならない気もするけど。
「もう良いだろう。さっさと失せろ」
もう話すことはないと判断したレイヌ様が、スルグ様を追い払おうとする。
「……そうだね。最後に、ハルノ。キミは英雄だ。残りの時間で、キミの名誉は必ず守ってみせる──」
「……はい? 英雄? 名誉? 一体どういう……あれ」
なんか最後に気になることを言っていたスルグ様だったが、その言葉の意味を説明してくれることはなく、そのまま背を向けて去って行ってしまった。気になる……! 気になるけど……多分もう確認する機会がない……!
「……やっと消えたか。では、始めるぞ」
「あ、はい、レイヌ様」
そう言って、レイヌ様は右手を上げて目を閉じた。一瞬の出来事だった。窓の外の風景が一変し、一面の森から宇宙のような光景に変わる。
「これで……」
もう、あの世界との繋がりが失われた……と口にする前に、横からの柔らかな衝撃。
「レイヌ様……!?」
「やっと、やっと……二人きりだ、春乃」
「いつも二人きりだったような気がするんですけど……」
「そうではない。もう真の意味で、春乃には我しか、我には春乃しかいない。ようやく、そういう世界になったのだ」
それが良いことなのか、正直あたしには分からなかった。けど、全身で感じるレイヌ様の存在だけで、全部が丸く収まったような気がしてくる。あたし、ちょろいな!
「……春乃。一つ、約束を違えても良いだろうか」
抱き合っていると、レイヌ様はそんな言葉を口にした。約束がなんのことかは分からないけど……相談してくれるなら、それは違えるとは言わないと思う。
「レイヌ様。あたしたち、段々と変わっていってます。レイヌ様のこと、どんどん好きになりました。だから、一度結んだ約束も、変わっていくあたしたちに合わせて改めていって良いと思うんです」
「春乃……そうか、そうだな」
レイヌ様が微笑む。愛おしそうにあたしのことを撫でてから、レイヌ様は次の言葉を口にした。
「今の我らには、時間だけはある。だから……一度はおまえに無理だと言ったことに、二人で挑戦してみても良いと思うのだ」
「無理って……そんなことありましたっけ?」
「あぁ、言った。春乃を元の場所へ返すのは無理だ、と」
あー……たしかに、言ってたような気がする。え、じゃあレイヌ様の言う改める約束っていうのは、もしかして……!
「故郷に帰ることを許さぬと、そう約束したが……それは改め、これから二人で、春乃の故郷に行く手段を見つけたいと思うのだが……良いか?」
「~~~~っ! はい、レイヌ様! 愛してます!」
感極まって、口から想いが溢れ出る。レイヌ様があたしの生まれ育った場所に興味を持ってくれたことも嬉しかったけど、それ以上に……たとえ故郷に帰っても、あたしはレイヌ様を優先するだろうという、その信頼が嬉しい。
「ふふ……愛の深さなら、我も負けぬぞ?」
「え~? 勝負しますか? ふふっ」
そうして、二人っきりになったあたしたちは、しばらく……人には見せられないような甘々生活を送りながら、地球へと繋がる手段を探す、そんな日々を過ごしたのだった。




