喧嘩はやめてくださいよ!
レイヌ様の力で一瞬で神殿に戻って就寝した、その翌日。
あたしたちは、スルグ様のもとへ向かった。昨日の、境界から最も近い街じゃなくて、光の領域の中心へ、レイヌ様の力によって一瞬で転移する。視界が切り替わると、そこは豪華な宮殿のような場所だった。
「レイヌ! ハルノ!」
あたしたちの姿を認めると、スルグ様が少しの驚きと溢れんばかりの嬉しさが滲み出たような表情で迎えてくれた。
「レイヌの方からこちらに来てくれるなんて……まさかこんな日が来るなんてね」
「ふん。春乃がどうしてもと言うからな」
レイヌ様は、そっぽを向きながらそう答える。あたしから目線を逸らす時のように照れたとかではなく、本当に忌々しそうな顔を浮かべている。スルグ様に対しては相変わらずだ。
「そうなのかい? レイヌを連れて来てくれてありがとう、ハルノ」
スルグ様は、あたしに優しく微笑みかけてくれた。その笑顔は、太陽のように温かい。こんな神様が命を狙われるなんて、信じられないくらいだ。
「レイヌの方からこちらに来るなんて、これは気合いを入れて歓待しなければいけないかな?」
「要らぬ。我らはそんなことを話しに来たのではない。……春乃」
レイヌ様に促されて、あたしは頷く。
「あの、スルグ様……こっちには、魔法なんてものがあったんですね」
まずはワンクッションだ。耳にしてしまった計画のことじゃなくて、魔法のことから聞こう。いきなり本題に入るよりも、順を追って話した方がいい気がする。
「あぁ、そういえば話していなかったね……ハルノも、魔法の力が欲しいのかい? それなら、神の水を──」
「バカを言うな。春乃の身体に貴様の因子を入れるなど我が認めぬ」
レイヌ様が、即座に遮る。その声には、普段スルグ様に向けている苛立ちとはまた別種の明確な怒りが滲んでいた。
「あの、そうじゃなくて……」
スルグ様の前でそんな態度を見せたらあたしとの仲を揶揄われて完全にスルグ様のペースになってしまいそうなので、あたしは慌てて話を軌道修正する。
「そんな、みんなに力を分け与えるなんてことをして、スルグ様は大丈夫なんですか?」
「……大丈夫、とは?」
「レイヌ様が言ってました。こんなことを続けていたらいずれスルグ様の力が無くなってしまうって。いずれ消えてしまうかもしれないって」
「……!」
スルグ様の目が、一瞬大きく見開かれる。そして、あたしとレイヌ様を交互に見た。
「……なるほど、私を心配してくれてありがとう、ハルノ」
スルグ様は、優しく微笑んだ。
「だが、心配は無用だ。自分の限界は弁えているよ。私が消えてしまえば、世界の均衡が崩れレイヌが暴走しかねない。そうはならないようにする」
「あ、そういえば……」
どちらかが欠けると暴走って、以前スルグ様が言っていたことを思い出す。暴走、っていうのがどういうことなのかはいまいち分からないけど、そうならないようにするって言うんなら一安心だ。
だけど、レイヌ様は納得しなかったみたいで。
「だから消えるギリギリまで人間共に力を渡すと? 愚かだな」
その声は、冷たく、そして苛立ちに満ちていた。
「対価もなしに与え続ければ人間がどういう行動をとるのか、それがまだ分からないのか?」
「レイヌ。私が人々の力となり、礎となれるのなら、それが本望だ」
スルグ様は、真っ直ぐにどこまでも真摯にレイヌ様を見つめ返す。
「それに、私は皆を信じている」
「ハッ……信じている? 信じているだと?」
レイヌ様の声が、一段と冷たくなる。
「本当に救いようがないな。貴様は今にも愛する人間から手をかけられようとしているというのに!」
「あっ……」
言っちゃった。あたしが話を切り出すって、そういう流れだったのに。
「なんだって?」
さすがに聞き捨てならないであろう言葉に、スルグ様の表情が一瞬だけ曇る。あたしは慌てて補足する。
「あの、あたしたち聞いちゃったんです。スルグ様の力を独占しようと計画してる人たちの話を……」
あたしは、昨日聞いてしまった会話のことをスルグ様に伝えた。スルグ様を殺して、その力を独占しようとする計画が、既に動き始めているということを。
「そう、なのか……」
スルグ様は、静かにそう呟いた。その表情には、驚きも怒りもない。ただ、少しだけ悲しそうな色が浮かんでいる。
「分かったか? 貴様の献身など奴らは見向きもせぬ」
レイヌ様が、挑発するように言う。その言葉には、『ほら見ろ』という響きが含まれていることは、誰の耳にも明らかだろう。
「だとしても」
それも、全部分かって呑み込んだ上で、スルグ様は正面からレイヌ様を見返す。
「それが彼らの選択ならば、受け入れる。レイヌには悪いけれど、ね」
「なっ……」
「え……」
表情が凍ったのは、レイヌ様の方だった。その瞳には、信じられないというような色が浮かんでいる。それは、さっきの話なら、レイヌ様が暴走する可能性を看過するってことのようにも聞こえる。さすがに抗議しようとして、先にレイヌ様が口を開く。
「本当に貴様という奴は救いようがない……!」
レイヌ様の声が震える。それは怒りなのか、それとも別の感情なのか。
「勝手に人間共に屍をさらすが良い! 行くぞ、春乃!」
「れ、レイヌ様!?」
苛立ちが伝わるくらいに、強く手を引かれる。レイヌ様は本当に怒っているんだ。甘すぎるスルグ様に、恩知らずな人々に、心底腹を立てている。
「待ってくれ、レイヌ。ハルノ」
そんな時だった。スルグ様が、あたしたちを呼び止める。
「なんだ!?」
レイヌ様が、苛立ちを隠さずに振り返る。その表情は、今にも爆発しそうなほど険しい。けれど、スルグ様はそんなレイヌ様の怒りをまるで気にせず、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
「せっかくの機会じゃないか。私にここを案内させてくれ」
「はぁ?」
「へ?」
レイヌ様だけじゃない。あたしも思わず間抜けな声を出してしまった。だって、びっくりするぐらい険悪な今の雰囲気で出てきて良い言葉じゃない……と思って、思い出す。そういえば、スルグ様はゲームの中でもこういう、あえて空気を読まないようなところがある。
「キミたちがわざわざ私のもとを訪ねてくれたんだ。こんな機会、もうないかもしれないだろう? このまま帰してしまうのは、あまりにも寂しい」
スルグ様は、本当に嬉しそうに微笑む。
「最後にレイヌがこちらに来た頃に比べて、かなり発展したと自負しているんだ。ハルノにも是非見せてあげたいし……少しだけでいい。私と一緒に、この領域を見て回ってくれないだろうか」
「……ふざけるな。我が貴様と──」
「お願いだ、レイヌ。……最後になるかもしれないんだ」
「……っ」
その言葉を聞いて、レイヌ様の表情がわずかに揺らぐ。横から覗くその瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。やがて、レイヌ様は深くため息をついた。
「……分かった。少しだけだぞ」
「本当かい? ありがとう、レイヌ! ハルノもありがとう!」
スルグ様の顔が、ぱっと明るくなる。不安も憂いも感じられない、太陽のような笑顔。
「い、いえ……あ、あたしは特に何も……」
「まさか。私の願いを聞き届けてくれるレイヌに、キミが変えてくれたんだ」
斜め上のお礼を言われて、あたしは少し照れくさくなる。というか、根気でレイヌ様に勝つスルグ様が凄い。
「それじゃあ、早速案内するよ。まずは──」
そうして、険悪な雰囲気と、心底嫌そうなレイヌ様の表情をモノともしない笑顔で、スルグ様は言い切ったのだった。
……って、結局説得できてないんだけど……!?




