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冷徹な闇の女神様の孤独を癒したら、甘々束縛生活が始まったんですけど!?  作者: 鐘楼


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それが魔法の秘密……!

 関所を出て、あっさりと街に入り……人混みを避けるように人通りの少ない路地裏に入ったところで、あたしはやっと口を開くことができた。


「あの、レイヌ様……良かったんでしょうか? なんか、ちゃんと手続きしないまま有耶無耶に出てきちゃった気がするんですけど……」


 レイヌ様の気迫に呑まれて勢いのまま関所を出てきてしまったけれど、思えば手続きみたいなことを何もしていない。無断で街に入ってしまって良かったのかな……知らないうちに犯罪者になってたりするのかな!? という不安をよそに、レイヌ様は冷たく笑った。


「問題ない。あれは無知なものから端金で物を買い上げる下衆にすぎぬ」

「はっ……な、なるほど……」


 確かに、まず最初に手土産を要求されたのもおかしかった。つまり、相場を知らない闇の領域からの訪問者から珍しい物品を巻き上げるというのが、あの場所だったってことか……。

「じゃあ、受付をやっているっていうのは……」

「あの時点で謀られていたな。すまぬ。分かっていたのだが……春乃にも、早くここの人間共の習性を知ってもらいたくてな」


 最初にあの関所もどきに案内してきた人にも、騙されていたってことかぁ。あたしたちが闇の領域から来たって分かった途端に向けられた嫌な感じは、それだったのかもしれない。危ない、レイヌ様がいなかったら、確実に騙されてた……。それを身をもって体験させるために、レイヌ様はあえて黙ってたんだ。うん、絶対に離れないようにしよう。


「それに、得意げに飲ませようとしてきたあの水も、スルグめの目が行き届いている場所であれば対価などなくとも手に入る……」


 レイヌ様はそこで言葉を切ると、あたしの方を向いた。その表情は、先ほどよりもさらに厳しい。


「が、春乃。それとは関係なくおまえはあれを口にしてはならぬ。この地で食事をする際は、必ず我の許可を取ること。良いな?」

「あ、はい……」


 異論を挟むつもりはないけれど、理由を言ってくれないのが気になる。口ぶりからして、あの時出された水はまるっきり詐欺ではなく、少なくともただの水ではなさそうだ。じゃあ……なにか危険があるから、レイヌ様はこれほど念押ししてくるとか? 毒とか、依存性とか……でも、それを聞ける雰囲気ではなかったので、あたしは話を変えることにした。


「あ、そういえば……よく大金貨? なんて持ってましたね」

「あれはあの場で我が創った。いつもと同じ要領でな」

「えぇ!? それって偽造じゃないですか! 絶対ダメですよねそれ!」


 レイヌ様がさらっととんでもないことを言ったので、思わず声を上げてしまう。偽札……お札じゃないけど、偽札が犯罪じゃない社会なんてあるはずがない。


「我を縛れる法などあってはならぬ」


 か、神様メンタルって凄い……人間が作った法律も常識も、レイヌ様にとっては意味のないもの、ということなんだろう。どうかと思うけど、レイヌ様に頼らないと観光もままならないのも事実……うーん、しょうがない、かなぁ?


 結局、流されて大金貨を銀貨や銅貨に両替して、あたしたちは街を観光した。


 レイヌ様は街を楽しんでいるわけではなさそうだったけど、あたしが楽しんでいることを喜んでくれているみたいで、それが嬉しかった。やっぱり、レイヌ様は優しい。


 市場の露店では色とりどりの果物や野菜が並んでいて、あたしは目を輝かせる。全部、元の世界やレイヌ様の領域では見たことのないような、鮮やかな色の食材たち。


「わぁ、これ……どんな味がするんだろう……?」

「試したいのであれば、今度我が出してやる」

「え、いいんですか?」

「春乃が望めば、いくらでも」


 そう言って、レイヌ様はあたしが気になったものを憶えてくれた。結局買っていないのは、市場の人に申し訳なかったけど。


 広場では、魔法を使った大道芸人がパフォーマンスをしていた。炎を操ったり、水を空中に浮かべたり。あたしは夢中で見入ってしまう。


「すごい……本当に魔法なんだ……」


 レイヌ様は、そんなあたしをただ黙って見守っていた。興味がないのか、何か気に入らないのか舞台には目もくれていなかったけど、あたしを見るその表情は優しかった。


 そんなこんなで、気がつけばお昼の時間になっていた。


「お腹が空きました……」

「そうか。いつものように春乃が料理できる場所もない、我が何か口にできるものを……」

「せっかくだし、お店で食べましょうよ!」

「……む……分かった」


 出来合いの食事をそのまま出そうとするレイヌ様だったけど、あたしはこの街の料理を食べることを提案した。渋々、といった風に納得したレイヌ様と、街の食堂に入る。木のテーブルと椅子が並ぶ、こじんまりとした店だ。


 席に座ると、店員さんが注文を取りに来る。あたしは適当におすすめっぽい料理を頼んだけど、レイヌ様は何も頼まない。


「レイヌ様は食べないんですか?」


 あたしが尋ねると、レイヌ様は冷たく言い放った。


「春乃以外の作った物など口にする価値はない」

「それは……ありがとうございます?」


 せっかくなんだから、という気持ちとあたしへの特別扱いが嬉しい気持ちがせめぎ合って、そんな言葉が紡ぎ出された。


 やがて料理が運ばれてきた。シチューのようなものと、パン。いつも食べている現代日本の料理……にはさすがに見劣りするけれど、それでも村での料理とは比べものにならないくらいには、美味しそうな匂いがする。


 さっそくあたしが食べようとすると、レイヌ様がそれを制した。


「待て」


 そう言って、レイヌ様は料理にそっと手をかざす。どうやら何かを確認しているみたいで、そういえばあの魔法に関する水の件でレイヌ様は警戒しているということを思い出す。ものの数秒で、レイヌ様は頷いた。


「……問題ない。食べて良いぞ」

「は、はい。食べます」


 レイヌ様を信じているし、ちゃんと意味があるんだろうけど……ここまで念入りだと、さすがに気になる。あたしは食事を進めながら意を決すると、ついに疑問を口にした。


「……あの、そろそろ教えてくれませんか? どうしてそんなに食べ物に警戒してるんでしょう?」

「……」


 沈黙。迷いの窺えるその静寂を乗り越えると、やがてレイヌ様は重い口を開いた。


「……元来、人間に魔法などという力は備わっておらぬ」

「それはまぁ……あたしの世界でもそうでしたけど」

「ではここの民が使うアレは何なのか。それは神の力……スルグめのものだ」

「スルグ様の……」


 レイヌ様の言葉に、あたしは息を呑む。


「奴は自らの民に、神の水と称して自分の力を削ぎ落とした欠片を混ぜた水を配り、人間に直接力を与えんとした。それは世代を経るごとに浸透し、時間をかけて強力になっていき、ついになんでもない民が超常の力を行使するようになった」

「それって……」


 ミナちゃんたちの村において、レイヌ様の加護というのはあくまで豊穣だったり、天候だったり、狩りの成功だったり、たまに怪我や病気を治してくれるようなものだったはずだ。けど、スルグ様のそれはアプローチが全く異っているように聞こえた。間接的にではなく、人々に直接力を与えている。


 どっちが正しいのかとか、それはまだよく分からない。だけど、レイヌ様の説明の中で、どうしても気になる部分があった。


「それって、スルグ様は大丈夫なんですか……?」


 自分の力を削ぎ落として、与える。無問題にしては痛々しい言葉選びに引っかかって尋ねてみると、レイヌ様は嘲笑を浮かべた。


「無論、ただでは済むまいな。神の力とはいうが、それは自己そのもの。削り続ければいずれ無くなるだろう」

「やっぱり……」

「ふん……そういえば、春乃の話では未来の奴は亡霊になっているのだったな。おそらくは、自らのすべてを人間に捧げた結果だろう。いや、それ以前に奴と人間の力が逆転すれば……嗚呼、全く度し難い。スルグめの愚かさは人間に劣らぬ」

「……」


 あまりにも献身的なスルグ様のスタンスを、理解できないと忌まわしそうに嘲笑するレイヌ様。まさか、魔法というものにそんな裏設定があったとは……こんなの、ゲームでは全く語られていなかった。魔法って、ゲームだと当たり前にあるものだったし……いや、もしかしたら設定資料集とかには書いてあったのかもしれないけど、少なくともあたしは知らなかったことだ。


「じゃあ、あたしにその水を飲むなっていうのは……」

「それは……」


 歪んでいたレイヌ様の表情が、崩れる。やがてレイヌ様は視線をあたしから逸らすと、ようやく答えを口にした。


「……春乃の中にスルグの一部が欠片でも入り込むなど、我が許さぬからだ」

「な、なるほど……」


 ……え、つまり毒があるとか依存性があるとか、そういう危険性があるってわけじゃなくて、単に独占欲からってこと……?


 あたしがレイヌ様の真意に思い至ったことを察したのか、レイヌ様は不機嫌そうにそっぽを向いた。かわいい。


 失礼かもだけど、なんだか微笑ましくて見つめてしまうあたしと、気恥ずかしいのか目を合わせてくれないレイヌ様。心地の良い沈黙が流れる、そんな時だった。


「ねぇねぇそこのお嬢さんたち、二人だけ?」


 不意に、軽薄そうな声が聞こえた。あたしたちの卓を見下ろす若い男が二人、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「いや……えっと、悪いんですけど……」


 あたしは穏便に追い払おうとするけど、男たちは聞く耳を持たない。


「いいじゃん、ちょっと話そうよ~。君ら向こうの人っしょ? 俺たち、魔法使えるんだぜ? 見せてあげようか?」

「ま、間に合ってます!」

「堅いこと言うなって~」


 調子に乗った男の一人が、あたしの肩に手を伸ばそうとした、その瞬間。


「相も変わらず、ここの民は弁えが足らぬ」


 低く、冷たい声が響いた。


 レイヌ様の瞳には、明確な殺気が宿っていた。あたしは直感的に理解する。レイヌ様は間違いなく、この男たちを殺す気だ。


「れ、レイヌ様! もう行きましょう!」


 惨状を防がなければと、あたしは慌ててレイヌ様の腕を掴む。本当に何かが起きてしまう前に、ここから逃げなきゃ。


「春乃……だが」

「お願いします! あの、お金置いていくので!」


 あたしは渡されていた銀貨をテーブルに置くと、レイヌ様の手を引いて走り出した。逃げるように食堂を飛び出す。


 殺気に当てられたからか、男たちが追ってくる気配はない。それでもすぐに止まろうとは思えず、あたしは必死にレイヌ様の手を引いて走る。人混みを抜けて、路地裏に入って、さらに走って。


 どこに来たのか分からない。気がつけば、あたしたちは街の外れの、人気のない場所にいた。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らしながら、あたしは立ち止まる。レイヌ様は、相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。


「すみません、レイヌ様……でも、あのままだと……」

「たしかに、春乃が止めていなければ我は奴らを殺していた」


 あっさりと認めるレイヌ様。その声に、反省の色は全くない。


「春乃の目の届く場所でやろうとしたのは我の失態だ。今度からは、おまえの与り知らぬところで神罰に処すとしよう」

「だから、そういうことじゃなくて……」


 変わる様子のないレイヌ様の結論に異を唱えようとした、その時だった。


 近くから、声が聞こえてきた。男性たちの、ひそひそとした会話。


「……本当にやるのか?」

「当たり前だ。もう十分力をつけた。成功すれば、あの力を独占できる……!」

「でも、神を殺すなんて……」

「何を怖気づいてるんだ。あの方はもう、力の大半を俺たちに渡してしまっている。それに……あのスルグ様だぞ? 反撃なんかしてこないさ」


 神を殺す? その力を独占する? スルグ様……?


 これは……危険な会話だ。そう感じ取ったあたしは、口を押さえて陰に隠れる。怯えていると、不意にレイヌ様が手を振った。すると、黒い霧があたしたちを包んだ。多分、姿を隠してくれたんだと思う。


 レイヌ様にお礼をしようとして……息を呑む。レイヌ様の瞳は、今日目にしたどの瞬間よりも冷たくなっていた。


 男たちの会話は続く。


「準備はもうできている、そうだな?」

「ほ、本当に大丈夫なんだろうな……」

「あぁ、今やらなきゃ先を越される! あの方はどんな愚図にも力を与えようとする。平等なんかうんざりだ! 魔法の力は、選ばれた者だけが持つべきなんだよ!」


 そんなことを話しながら、男たちは立ち去っていく。


 それを確認して、レイヌ様は霧を解く。


「ど、どうしましょう、レイヌ様……」


 あたしは不安そうにレイヌ様を見上げる。スルグ様が襲われる。そんな計画を聞いてしまった。これは、放っておけない。


 けれど、レイヌ様の表情は冷めていた。怒りを通り越して無になったみたいに、その瞳には何の感情も浮かんでいない。


「どうもこうもない。これはスルグめが招いたこと。痛い目をみれば奴も思い直すかもしれぬ」

「そんな……」


 レイヌ様の言葉に、あたしは言葉を失う。


「せめてスルグ様に報告に……」

「ならぬ」


 レイヌ様の声が、きっぱりと拒絶する。その表情は、とても険しい。


「春乃。あれは自業自得だ。人間に力を与え続けた結果、人間が増長する。当然のことだ。我が何度も警告したにも関わらず、奴は聞き入れなかった。ならば、その報いを受けるべきだ」

「でも……!」

「それに、あの能天気な奴のことだ。報告したところで『私は人々を信じている』などと言い出すに決まっている。ふん、人間の願望機に成り下がった奴にはお似合いの末路だ」


 レイヌ様の言葉は、どこまでも冷たかった。スルグ様への失望で溢れたその言葉に……だからこそ、あたしは説得しなければと思った。


「レイヌ様……お願いします。スルグ様は、レイヌ様にとって大切な……」

「大切?」


 レイヌ様が、冷たく笑う。そうだ。あたしに向けるそれとは違って、レイヌ様のスルグ様への感情は言葉にしがたいほど屈折している。だけど、それはそれで……唯一無二なんじゃないか。


「笑わせるな。奴は我の忠告を聞かず、勝手に人間を甘やかし続けている。あれはもう救えぬ。無駄なことをする必要はない!」


 レイヌ様の荒げた声には、やはり深い怒りと失望が滲んでいた。スルグ様とレイヌ様の間には、あたしが思っていた以上に深い溝があるんだ。


「春乃。もう帰るぞ。ここにいても、ろくなことはない」


 レイヌ様はそう言って、あたしの手を取る。その手は冷たくて、そして強い拒絶を感じた。

「待ってください、レイヌ様!」


 あたしは必死に食い下がる。このままじゃ、スルグ様が襲われてしまう。それ自体も止めなきゃいけないけれど、それ以上に……このままでは、レイヌ様が後悔するんじゃないかと、そう思って。


「せめて……せめて、スルグ様に伝えるだけでも……!」

「……春乃」


 「スルグがそんなにも大事か?」なんて怒られることはなかった。あたしが、レイヌ様の為に言っているということが伝わったんだろうか。やがて、レイヌ様は深くため息をついた。

「……分かった。春乃がそこまで言うのであれば」

「本当ですか!?」

「今日は一度帰り、明日奴のところへ行く。それで良いな?」

「はい……! ありがとうございます、レイヌ様!」


 そうして、あたしたちは闇の領域の神殿へと戻った。明日、スルグ様に計画のことを伝えに行く。そのことを決めて。


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