初めての光の領域です!
翌日、あたしとレイヌ様はスルグ様の領域へ行くために森を歩いて……なんてことはなく、レイヌ様の力によって一瞬のうちに光と闇の領域の狭間へ転移した。
視界が切り替わると、そこから一望できる光の領域には驚くべき光景が広がっていた。
「わぁ……」
思わず、声が漏れる。
まず目に映るのは、光。明るい。昼間だ。太陽の光が降り注いで、空は青く澄み渡っている。生まれてから何度もお世話になってきたあの太陽とは別人の、異世界の太陽であることは分かっているけど、一年ぶりのそれに目が眩む。
そして、次に。
「スルグ様の領域、街だ……!」
人々が行き交う、活気に満ちた街並み。領域の狭間は崖のようになっていて、上から見渡せる街には石造りの建物が立ち並び、大通りには露店が並んでいる。レイヌ様の領域に比べたら、活気も違うし規模も違う。弥生時代と平安時代くらい違うと思う。
村の若者がこっちに移住したくなる気持ちが分かってしまってちょっと微妙な気分になるけれど、それでも感動が勝つくらいには衝撃的だった。
「すごい……」
あたしが目を輝かせて周囲を見回していると、隣からため息が聞こえた。
「……ふん」
レイヌ様だ。見れば、冷めた目で街並みを見下ろしている。その表情には、明らかに不快感が滲んでいた。言っていたとおり、やっぱりこの場所が嫌いなんだ。その理由までは読み取れなかったけど……うん、レイヌ様の前であんまり浮かれるのはやめておこう。
レイヌ様の力で安全に崖を下り、街の方へ向かう。今のあたしとレイヌ様はいつもの神々しい神様と巫女の衣装ではなく、普通の格好――この世界でよくあるらしい旅人風の服装をしている。レイヌ様が着心地はそのまま目立つことのないようにと特別に用意してくれたものだけど、これなら変に注目されることはないはずだ。
と、そんな時だった。街に近づくにつれ、まばらに人が行き交い始める。その中で、あたしは信じられないものを目にした。
──人が、重そうな荷物を浮かせて運んでいる。
「え!? う、浮いてる……!?」
びっくりして、思わず大声を出してしまった。あたしの大声が聞こえてしまったのか、その人――中年の男性は笑いながらこちらを振り返った。
「あ~、あなた向こうの人? じゃあ知らなくてもしょうがないよね~」
その男の人の態度に、言葉の響きに、なんというか、分かってしまう。直感で「あ、今あたし見下されてるな」って。けど、だからと言って表だって反発するほどのことじゃないし、気にせず思ったことを尋ねる。
「あの、それって……?」
「あぁ、これは『魔法』だよ」
「ま、魔法……!」
そ、そうだった……! そういえば、『コントラスト』は魔法がある世界だった。今まで影も形もないから失念していたけど、スルグ様の領域では魔法が使えるってこと……!?
「詳しくはほら、あそこで聞きなよ。向こうから来た人、あそこで受け付けてるから」
その人が指差した先には、街の入り口近くに関所みたいな建物があった。
「な、なるほど……ありがとうございます!」
お礼を言うと、男性はひらひらと手を振って行ってしまった。
その背中を見送りながら、あたしは内心ちょっとだけもやもやする。別に悪い人ではなかったと思うけど……何か、引っかかるような。
「度し難いな……」
不意に、隣から低い声が聞こえた。
「レイヌ様? どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」
嘘だ。なんでもないわけがないというのは、さすがに分かる。レイヌ様の表情は、先ほどよりもさらに険しくなっていて、その瞳には嫌悪感が滲んでいた。そう、嫌悪感だ。時たま見せる怒りとは、少し違うような。
考えても、レイヌ様の内心は分からない。
「あの、とりあえず案内された場所に行ってみましょうか」
「……好きにしろ」
レイヌ様の機嫌が明らかに悪くなっているけど、ここで引き返すわけにもいかない。せっかく来たんだし、やっぱり少しは見て回りたい。あたしはレイヌ様の手を取って、受付をしているらしい関所へと向かった。
関所には、驚くほど人が少ない。まぁ、よく考えたら毎日そう何人も村からの移住者が来るわけもないから、当たり前なのかもしれないけど。
「いらっしゃい~。あ、もしかして向こうの人?」
受付にいたのは、気だるそうな表情の若い男性だった。
「は、はい。闇の領域から、初めて来て……」
「そっか~。じゃあまず、手土産ある?」
「手土産……ですか?」
「そうそう。向こうから何か持ってきてない? 特産品とか、珍しいものとか」
そう言われて、あたしは困ってしまった。そんなもの、持ってきていない。というか、そもそもそんなルールがあるなんて知らなかった。ちらりと横を見ると、レイヌ様は我関せずとばかりに目を瞑って佇んでいた。どういうわけか、助けてくれそうにはない。
「な、ないです……」
「はぁ? 困るよ~、何か持ってきてくれなきゃ換金できないし、小銭でもなきゃ街に入ってもやっていけないよ。あ、お金、分かる? そっちとは違って、物を買ったりするのに必要なんだけど……」
「お、お金……なるほど」
当然分かる。けれど、それはあたしが地球人だからだし、随分と久しぶりに聞く言葉だ。この人があたしたちがお金というものを知らない前提で話しているのも分かる。レイヌ様の領域の村に、貨幣制度というものはないのだから。
どうしよう。このままじゃ街に入れないぞ……と内心焦り始めたその時、ずっと黙っていたレイヌ様が口を開いた。
「換金など不要だ。金なら持ち合わせている」
そう言って、レイヌ様は懐から何かを取り出した。それを見た受付の男性の目が、驚愕に見開かれる。
「は? ……っ!? そ、それは大金貨……!? なんで田舎者なんかが……」
その瞬間、空気が変わった。
レイヌ様の纏う雰囲気が、一気に冷え込む。向けられていないあたしでさえ背筋が凍るほどの、吹き荒れる冬の吹雪を思わせる、凍てつくような殺気。
「なにか言ったか?」
「ひぇっ!? な、なんでもありません……!」
受付の男性は、慌てて首を横に振る。その顔は青ざめていて、明らかに怯えていた。
「ふん……」
レイヌ様は恐ろしく冷たい視線で男性を見下ろした後、踵を返そうとする。ここにはもう用はない、ということなんだろうけど……あたしにはまだ、聞きたいことがあった。
「あの、ここで魔法について教えてもらえるって聞いたんですけど」
背を向けたまま、レイヌ様の足が止まる。この男性が善良ではないことには薄々気づいているけれど、やっぱり魔法については聞いておきたかった。
「へ? あ、あぁ……あんた魔法に興味あんの?」
「はい!」
「ふーん、それじゃ、まずはこの水を飲みなよ。そうだな~、値段は~」
そう言いながら、男性は棚から小さな瓶を取り出した。中には、透明な液体が入っている。
「え? 水……ですか?」
「そうそう、まずはこれを口にしなきゃ話になんないんだよね~。これを飲めば、あんたも魔法が使えるようになるよ」
「そう……なんですか?」
その瞬間だった。
「春乃」
レイヌ様の強い声。あたしの手首が、ぎゅっと掴まれる。その力は、痛いくらいに強い。
「それを口にしてはならぬ」
「え……は、はい」
レイヌ様の声色が、ただならぬものだった。絶対に、という強い意志が込められている。こんなにも強くあたしを止めようとするレイヌ様は、初めてかもしれない。何か、理由がある。
「喉が渇いたのなら我が用意してやる。いいな?」
「……はい。分かりました」
あたしはレイヌ様を信じている。だから何も異を唱えることはせず、レイヌ様の瞳を見つめて頷いた。
「じゃ、じゃあまた今度で……」
受付の男性にそう告げて、あたしたちは関所を後にした。




