ただいまです、レイヌ様!
神殿上層に戻ってきて、あたしは真っ先にレイヌ様に向かって駆け寄る。約束通り、あたしは早めに帰ってきた。昼夜がないので分かりにくいけど、感覚的には日が暮れる前に、みたいな時間だ。
「レイヌ様、ただ今戻りました!」
村で過ごす時間も楽しいけど、やっぱりレイヌ様のところに戻ってくると安心する。そのことを伝えるかのように、あたしはレイヌ様に抱きついた。改めて思うと、神様相手にとんでもない恐れ知らずだ。
「よく戻った、春乃」
「ただいまです!」
でも、そんな遠慮はレイヌ様には逆効果なんだと、さすがにあたしも学習した。その上外出の後、というかミナちゃんと会った後はより一層不安定になっている気がするので、もうイケイケドンドンである。開き直って思いっきりレイヌ様に甘えることこそ、レイヌ様の不安を解消するというあたしの役目を果たす一番の近道なのだ。なんかあたしが甘える言い訳みたいになってるな……!?
「えーっと、レイヌ様、大丈夫でした? 寂しくなかったですか?」
勝手に恥ずかしくなってしまったあたしは、何を血迷ったのかそんなことを口にしていた。なんて返されるかなー、とあたしはレイヌ様の腕の中で、顔を上げてレイヌ様を見つめる。その紫の瞳は、どこまでもまっすぐにあたしを映していて。
「春乃に触れていない時間は、いつも寂しい」
「そ、そーですか……」
強烈なカウンターを食らい、あたしは目を逸らす。レイヌ様は恥ずかしさを感じるポイントがあたしとは違うのか、それともたがが外れてしまったのか、簡単にそういうことを口にするのだ。
「だが、今日は春乃が約束を守って早く戻ってきてくれた。それが嬉しい」
「あ、あたりまえですよ。約束ですからね!」
ぎゅ、とレイヌ様を抱きしめる力を強める。ついでに赤くなった顔を隠すようにレイヌ様の胸に埋める。レイヌ様の体温は温かいとは言えないけれど、それが心地よいと思えることを、なんとなく嬉しいと感じる。
そうやってしばらく抱き合っていると、レイヌ様が不意に口を開いた。
「そういえば、今日もミナと話していたな」
「……そ、そうですね」
ぎくっ、と身体が強張る。レイヌ様には全部お見通しだということは分かっていたはずだけど……やっぱりお気に召さなかったかな。でもミナちゃんとは話したいし、なんとか許してもらわなければ……!
「あれは……中々気分が良かったぞ」
「へ?」
予想外の言葉に、思わず間抜けな声が出る。ミナちゃんと話すとあんなに不機嫌になってたレイヌ様が、気分が良い? 一体どういうことだろうかと考えていると、レイヌ様は抱擁を緩める。
「春乃、首を見せてくれ」
「え、あ、はい……」
言われるがままに首を傾けると、レイヌ様の冷たい指があたしの首筋を撫でる。そこには、消えかけだけど、昨日レイヌ様に締められた跡がまだ残っていた。
「この跡は我の過ちの証だが、同時に春乃が我を受け入れてくれた証のように思えてな」
「は、はぁ……」
「それを、ミナに見せつけることができた。取り乱すミナを視るのは心地が良かったぞ」
「……」
取り乱すっていうか、あれは心配しすぎちゃっただけだと思うけど……。たしかにミナちゃんは、あたしの首の跡を見て顔色を変えていた。あたしが心配しないでって言う度に顔を曇らせていたし……要は、この跡のおかげで独占欲が満たされたってことなのかな。
「春乃が我のものであることを、あれに示すことができた。春乃と我の絆は、既にミナの手の届く範疇にはないのだと、そう示すことができて……嬉しかったのだ」
レイヌ様の声が、どこか満足げだった。あたしはなんとも言えない気持ちになりながらも、レイヌ様が喜んでいるならそれでいいかと思い直す。
「そうだな……次は、痛みと間違いではなく、良き思い出が籠もった証を春乃に刻みつけるのも良いな」
「そ、そんなマーキングみたいな……」
刻みつけるって……あたしの身体に「レイヌ様のものですー」って書いちゃうみたいなことだよね? そんな小学生の持ち物みたいな……よく考えたらあたしはレイヌ様の持ち物だった。じゃあしょうがない……?
「例えば……我の力の一部を、あえて印の形にして刻むのはどうだろうか。春乃が我のものであることを示す、美しい証を」
レイヌ様が真剣な顔でそんなことを言う。本気だ、この神様本気でマーキングを検討している……!
「い、印って……どんな……」
「そうだな……月と星を象った紋様などが良いかもしれぬ。春乃の手首や……あるいは、鎖骨の辺りに……」
「ちょ、レイヌ様……んっ」
どこに証を刻もうかと検討するレイヌ様の手つきが、なにかいけないことを想起させて、思わず声が出る。
「あっ、あの! ちょっと待って……!」
「何か問題があるのか?」
「問題……というか、その……」
レイヌ様の期待に満ちた瞳を見て、言葉に詰まる。嫌なわけじゃない。むしろ、レイヌ様がそこまで想ってくれていることが嬉しい。でも……心の準備というか……そう、時間が足りない。
「あの、そういうのって、もうちょっとこう……大事な時に、とっておきたいと言いますか……ずっと残るものだと思うので、どんなものにするかじっくり考えて欲しいという……あたしのわがままなんですが」
基本的に拒否権なんてない立場だけど、ずっと身体に残る物なら悔いのないようなものにしたい。だから、今日の思いつきですぐに刻むようなことはしないでほしいと、そう思った。
「……そうか。そうだな……その機会は、何かの節目に取っておくとしよう」
「! ありがとうございます、レイヌ様!」
「それまでは……これで我慢するとしよう」
「……ふぇ?」
そう言って、レイヌ様は油断したあたしにキスを落とす。鎖骨にしっかりとキスマークをつけられたあたしは、また顔を赤くすることになる……んだけど、これが外出前のお約束になるだなんて、この時は思いもしなかったのだった。




