これじゃあ眠れないんですけども!
「ふぅ……」
お風呂から上がって、脱衣所で身体を拭きながら、あたしは深く息を吐いた。なんか入る前より疲れた気もするけど、それでも久しぶりのお風呂は本当に最高だった。レイヌ様と一緒だったのも……総合的に見ればまぁ、幸せだった。
「つい長引いてしまったな……春乃、のぼせてはいないか?」
「大丈夫です! ちょっと火照ってるだけで……あっ」
そこで、あたしはついつい見落としていたことに気づいてしまった。
「どうかしたのか?」
「いやぁ、そういえば着替えがないなぁって……お風呂に浮かれてて、着替えのことを全然考えてなかったです」
あたしが今まで着ていた服は、生け贄から生還したあの日に村長からもらった巫女っぽい服だ。この世界、この時代のこの村では上等な部類に入る服ではあるらしい……んだけど、正直言って着心地は良くない。
ゲームの時代だと立派な服が普及してたけど、ここはそこから五千年前の世界。今の基準で良い服でも、あたしが着慣れた現代の服と比べたら着心地は悪い。でも愛着がないわけではないので、レイヌ様が出してくれた洗濯機で洗おうと思っていたんだけど、浮かれて忘れてしまっていた。
「さすがにこのままもう一回着るのは……あ、そうだ……レイヌ様!」
「なんだ、春乃」
天啓のように閃いたアイデアに従い、気づけば一瞬で服を着ているレイヌ様に声をかける。いや、着ているというか服を出しているみたいな……とにかく、それだ!
「新しい服が欲しいです! くださいレイヌ様!」
「! そうか……」
レイヌ様なら、何もないところからあたし用に服を創り出すことができるはず。頼ってばかりで情けない気持ちもちょっとはあるけど、ここまで来たら今更だ。それに、レイヌ様には過剰なほどに頼っちゃうのがちょうどいいってもう知ってる。もうとことんまで甘えちゃおう。ダメ人間になって捨てられる可能性は考えないでおこう!
「とりあえず、そうですね〜」
いつもの通りレイヌ様に記憶の中のものを創ってもらおうと、欲しい服を思い浮かべる。まずはとにかくふんどし構造じゃない下着を……! なんて考えていると、レイヌ様はいきなり手をかざした。
「え……わっ!」
記憶を読み取るにはあたしに触れる必要があるんじゃ、と思う間もなく、レイヌ様の黒いモヤがあたしを覆っていく。
レイヌ様に包まれているみたいで、ちょっと安心するなぁなんて考えていると、モヤが形を成していく。身体に何かが纏わりついていく感覚。温かくて、柔らかくて、心地良い。
「お、おぉ~」
やがてモヤが晴れると、あたしの身体は衣服に包まれていた。どこかレイヌ様が身につけているものに似た、夜空を思わせる漆黒の装束。神秘的で、まるで夜そのものを纏っているような服。
「レイヌ様、これって……?」
「その……我と、同じ装束にしてみたのだが……」
レイヌ様が、どこかバツが悪そうにそう告げる。ちょっと不安そうなレイヌ様を前に、あたしのテンションは上がっていく。村で創られたものとは違って、この衣装はゲームの中で見たものと遜色ない、まさにファンタジーのオシャレな服。密かにコスプレに憧れていたあたしには、とても刺さった。
「春乃が、我とお揃いでいてくれたら嬉しいと、そう思ったのだが……嫌、だったか?」
「最高ですよレイヌ様! めちゃくちゃかわいいです!」
「そ、そうか……!」
「あ、でも……寝る時には向かないかもしれませんね」
「む……」
そういえば、今日はこれから眠るだけだ。今からオシャレをする時間でもない。
「これは明日から着させていただくので……寝巻きみたいなの出してもらえませんか?」
「良かろう。こっちへ寄れ」
あたしはたった今レイヌ様にもらった衣装を脱いで丁寧に畳むと、レイヌ様の側へと寄った。いつものようにレイヌ様はあたしの額に手を当てて、あたしの望むものを正確に再現する。
「ふむ……なるほど、こういうものか」
また黒いモヤがあたしを包み、今度は柔らかい布地の感触に変わっていく。モヤが晴れると、あたしは見慣れたパジャマ姿になっていた。
「おぉ……!」
元の世界で着ていたのと同じような、シンプルで着心地の良いパジャマ。そしてなにより、きちんとフィットしてくれる下着。これだ、これが欲しかったんだ!
「ありがとうございます、レイヌ様!」
「礼ならば、春乃の笑顔で十分だ」
「いえ、せめて言葉では感謝を示しておきたいので!」
それが、何も返せないあたしの最後の一線なので……はは……。
☆
ベッドに入って、布団を被る。ふかふかで、とても気持ちいい。レイヌ様が創ってくれたベッドは、本当に快適で、文句なんてあろうはずがない。
だというのに、あたしは落ち着くことができなかった。
「……あの、レイヌ様?」
「なんだ、春乃」
「レイヌ様は寝ないんですか……?」
「我は睡眠を必要とせぬ。気にせず休むが良い」
「なるほどぉ……」
ベッド自体に、本当に文句はない。でも、その場所にはとても問題があった。レイヌ様が座る、玉座の真ん前。そこに設置されたベッドの上で眠るあたしは、玉座に座ったレイヌ様にずーっと見つめられていた。これで落ち着けるほど、あたしは大物ではないので。
「あの、レイヌ様。そうやってずっと見つめられてると落ち着かないので……えーっと、そうですね……」
あっち向いててください。別の場所に座っててください。とかは言えないよねぇ。言うことは聞いてくれるかもしれないけど、あくまで偉いのはレイヌ様だ。そこは崩したくない。となると、今より落ち着けて、レイヌ様に迷惑じゃない妥協点……。
「じゃあ、レイヌ様。レイヌ様もベッドに入りませんか?」
「……! 良いのか?」
「はい。そうやって見つめられるよりは……」
「……分かった」
あたしの提案通り、レイヌ様は立ち上がって、ベッドに近づいてくる。そして、布団をめくってあたしの隣に入ってきた。
「これで……良いか?」
「は、はい……」
あれ……あたし、ミスった? レイヌ様の身体が、すぐ隣にあって、落ち着ける……わけなくないか……? 修学旅行で友達と一緒に寝るのって楽しかったなぁとか、昨日まで寝るときは隣にミナちゃんがいたからなぁってノリで提案することじゃなかったのでは……?
あたしは目を閉じて、なんとか寝ようと試みる。でも、当然のようにレイヌ様の存在を意識してしまって、全然眠れない。あたしのバカ!
「春乃」
「は、はい?」
不意に、レイヌ様に名前を呼ばれる。ベッドの上で名前を呼ばれるという事象がそうさせるのか、どうしてもその響きに特別な意味を感じてしまう。
「せっかく洗った髪が乱れているぞ」
レイヌ様はそう言うと、優しくあたしの髪に触れる。ゆっくりと、丁寧に、髪を撫でるように梳いていく。お風呂での悪戯心が混じったそれと違って、純粋に慈しむような手つき。寝なきゃいけないのに、好きだなぁなんて思ってしまう。
いや、負けるな春乃! このままだと本当に寝れなくなる……!
「れ、レイヌ様! そういうのは……嫌ではないですけど……でも、せめてあたしが寝た後とかにやってくださーい!」
火が出そうな顔を隠すようにレイヌ様に背を向けて、あたしは懸命に寝よう寝ようと心がける。多少強引にでもレイヌ様を視界にいれたままじゃ、眠れる気がしなかったから。でも、そんなのレイヌ様はお構いなしで。
「わっ!?」
あたしは不意に、後ろから抱きしめられた。
「ちょ、レイヌ様……!?」
「せっかく春乃と床を共にしているのだ。ここまでで我慢するから、許してくれ」
レイヌ様の腕が、あたしの腰に回される。背中越しに、レイヌ様の感触を。そしてうなじの辺りに、レイヌ様の息づかいを感じる。
「が、我慢してこれって……!」
顔が、耳まで真っ赤になるのが分かる。我慢しなかったら、一体何をするつもりなのか。そんな余計なことまで頭に浮かんでしまって、余計に冴えていく。こんなの、絶対眠れない。
「れ、レイヌ様ぁ……」
「なんだ?」
「あの……もうちょっと、離れていただけたり……」
「嫌だ」
即答だった。嫌かぁ……レイヌ様が嫌ならしょうがないんだけどぉ……。
「我は、春乃をこうして抱きしめていたい。春乃の温もりを、ずっと感じていたい」
「さ、左様でございますか……」
まぁでも、レイヌ様が幸せならあたしも嬉しいし、レイヌ様の幸せのためにあたしはここにいる。だから、文句はないんだけど……。
……結局、あたしは常にレイヌ様を近くに感じていたせいで、なかなか寝付けなかった。でも、それでも……あたしにとっても、こんなに幸せな夜は初めてだった。




