レイヌ様、ミナちゃんは妹みたいなものですから!
「えっとあのぉ……そういうわけで、あたしレイヌ様のとこで暮らすことになっちゃって……」
「っ……」
レイヌ様にせめて挨拶だけでもと許可をもらい、こうして居候させてもらっていたミナちゃんの家……もとい村長宅に戻ってきたんだけど……なんか、なんか空気が重い!
「随分……いきなり、ですね」
「あはは……成り行きでね? でも、レイヌ様にはあたしが必要みたいだから」
正直勢いでスピード出しすぎたって気はするけど、レイヌ様を助けたいって気持ちは今でも嘘じゃなかったって思える。そんなあたしの気持ちもレイヌ様は永遠ではないとかって言ってたけど、そう言われたら意地でも貫きたくなってしまう。
「私だって……」
「? ミナちゃん、どうかした?」
ミナちゃんの呟きを聞き取ることができず、私は聞き返した。けれど、ミナちゃんは聞き逃した言葉をもう一度口にしてくれる気配がなく、ただおかしな沈黙が流れていく。
「あ、あのさ! スルグ様は? 先にこっちに戻ってったと思うんだけど」
「スルグ様は……もう出て行かれました。スルグ様にも自分の領域の民がいますから、そう長くこちらには留まってくれません」
「そうなんだ……あはは」
そうかぁ、お礼を言いたかったけどスルグ様は帰ってしまったのかぁ……なんて。やはりまた変な沈黙が流れてしまう。
「あの……ミナちゃん? あたしなんかしちゃった?」
「ちがっ……その、春乃さんは悪くないです。急な話だったので……混乱、してしまって
」
自責の言葉を口にして、しゅんと落ち込んでしまうミナちゃん。ははーん、それはつまり。
「ミナちゃん寂しいんだ」
「そっ……そうですよ! 寂しいです! 悪いですか!?」
ミナちゃんが顔を真っ赤にして言い返してくる。その様子があまりに可愛らしくて、あたしはついからかいたくなってしまう。
「あはは、ミナちゃんかわいい~」
「か、からかわないでください!」
むくれるミナちゃんに、あたしはついついいたずら心が湧いてきて、そのままぎゅっと抱きしめてしまった。
「よしよし、寂しかったんだね~。大丈夫、レイヌ様のところにいてもミナちゃんのことは忘れないからね」
「は、春乃さん……」
ミナちゃんの体温が伝わってくる。こうして抱きしめていると、やっぱりこの子のことが妹みたいに思えてきて、あたしも少し寂しくなってくる。
『──春乃』
不意に、耳元で声が響いた。
「うわぁっ!?」
思わず声を上げて飛び退いてしまう。今の声は……間違いなくレイヌ様の声だった。多分だけど、あの『視ている』という能力で今のやり取りも見ていたんだろうけど……話しかけることもできるんだ。
「は、春乃さん? どうかしましたか?」
「あ、えっと……」
レイヌ様の声が聞こえたのはあたしだけみたいで、ミナちゃんは突然驚いたあたしを心配そうに見つめていた。どう説明しようか迷っていると、再び声が聞こえてくる。
『春乃。距離が近い』
その声色には、明らかに不機嫌さが滲んでいた。レイヌ様がご機嫌斜めになるのは珍しくないんだけど……この感じとタイミングはまさか……いや、まさかね?
「あの……レイヌ様? ミナちゃんは子供ですよ?」
思わず声に出して返してしまう。するとミナちゃんが不思議そうな顔でこちらを見て、そして合点がいったような顔をした。
『関係ない。早く帰ってこい』
どうやら、あの『他の者に心を開くことを許さぬ』って約束は、幼いミナちゃんですら対象らしい。これは、帰ったら交渉が必要かもしれない。
「は、はーい! すぐ戻ります!」
とりあえず、約束は約束だ。もう会えないわけでもないんだし、帰ってレイヌ様を安心させた方が良さそうだと考えて素直に従う返事をする。すると、なぜかミナちゃんの表情が変わった。今までの寂しそうな顔から、何か決意したような顔に。
「……春乃さん」
「ん? どうしたの、ミナちゃ──わぁっ!?」
突然、ミナちゃんがあたしに抱きついてきた。さっきあたしがミナちゃんを抱きしめたときよりも、ずっと強く。
「み、ミナちゃん?」
「春乃さんは……みんなから遠ざけられていた私に、何も気にせずありのまま接してくれました」
「え、あ、うん……そうだね?」
後になって知ったことだけど、あたしが来るまでミナちゃんは村で孤立していたらしい。生贄にされる予定の子はみんなそうなんだと。あたしはそんなことは何も知らずに、ただ居候してる家の子と仲良くしようとしただけなんだけど……結果的には、それがミナちゃんにとっても良い選択だったっぽい。
「おじいさまに騙されたようなものとはいえ、赤の他人である私の代わりに生贄になるという話を承諾してくださいました」
そんなこともあったなぁ。結果的には丸く収まったけど、あの時のあたしは一応死ぬ覚悟を決めていた。この世界には身寄りもないし、何よりとっても良い子なミナちゃんが生贄になるのは許せないと思ったから。
「そんな春乃さんを……私は勝手ながら、本当のお姉ちゃんのように思っています」
「ほ、ほんとに? うれしいなぁ……あはは」
ミナちゃんの気持ちは、素直に喜ばしい。喜ばしい……んだけど。
そろそろ怖い。レイヌ様の機嫌が。そして、ミナちゃんはあたしではない誰かに言うように、言葉を続けた。
「だから……本当は、誰にも渡したくありません」
『──ミナ』
レイヌ様の声が、今度は明らかに低く響いた。も、もしかしてだけどこれわざと!? ミナちゃん、レイヌ様が話しかけてることに気づいて、わざとこれ見よがしに抱きついてる……!
「み、ミナちゃん、ちょっと……」
「春乃さんは優しくて、私に色んなことを教えてくれて、一緒にいると楽しくて……レイヌ様だけのものではないはずです!」
うわぁ、ミナちゃんが真正面からレイヌ様に宣戦布告してる! ミナちゃん、レイヌ様のこと結構怖がってたよね!? まさか、その怖さを無視できるほどあたしのことを……!?
『……春乃。その女から今すぐ離れろ』
レイヌ様の声が、一層冷たくなった。でもミナちゃんは、むしろ更にあたしを抱きしめる力を強くする。
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてくださいよ!」
あたしは慌てて二人を宥めようとするけど、既に手遅れ感が凄い。レイヌ様の不機嫌オーラはこの場にいないのにビシビシ伝わってくるし、ミナちゃんは普段の大人しさはどこへやら、頑として離れてくれない。
「春乃さん……本当に行っちゃうんですか……?」
ミナちゃんが潤んだ瞳であたしを見上げる。は、反則だ。反則的にかわいい。あたしじゃなかったらお小遣いをめいっぱいあげてしまっていたんじゃないだろうか。
『──春乃』
そしてレイヌ様の声も、もはや限界が近そうだ。まさかこれほど短い時間でもう心変わりするのか? という思いがひしひしと伝わってくる。誤解を解かなきゃ何をされるかわからない。
と、そこで。
「巫女様! 巫女様がいらっしゃる!」
外から大きな声が聞こえてきた。どうやらあたしが村長宅に戻ってきたことが広まってしまったらしい。窓の外を見ると、既に何人もの村人が集まり始めていた。
「春乃様! 本当にレイヌ様のもとへ……!」
「神殿で暮らされるとは……!」
「レイヌ様に迎え上げられたのですね!」
村人たちの興奮した声が次々と聞こえてくる。迎え上げられた、って表現がなんかすごい。まるで神様の花嫁みたいな……いや、神殿に住むわけだし、実際そんな感じになりつつあるのかもしれないけど。
「……あれ、ちょっと待って。なんでみんな知ってるの?」
この話はまだミナちゃんにしか言っていないのに、どうしてこうも話が広まっているのか。そんな疑問をつぶやいた時、部屋の外から村長が入ってきた。しかし、その表情は複雑で、喜びと申し訳なさが混ざっているように見える。
「おじいさま……」
「巫女様……いえ、春乃殿」
村長はそう言って、あたしに深々と頭を下げた。
「以前、貴女様を生け贄として差し出したこと……深くお詫び申し上げます。ミナを助けるためだと……その考えに囚われ、客人であった貴女様にあのような仕打ちを……」
「あ、あぁ……」
確かに、あたしは家主であるこの人に殺されかけているんだった。あたしとしては、結果的にレイヌ様と出会えたわけだからもう気にしていないんだけど……ちらりと、ミナちゃんの方を見る。
「……」
ミナちゃんは、祖父である村長を複雑そうに見ていた。あたしは気にしていなくても、ミナちゃんの方は村長の行いを許せていないらしくて、二人の間はずっとギクシャクしているのだ。
「いえ、もう気にしてませんので。あたしがレイヌ様に出会えたのは、村長さんのおかげだと結果的には言えなくもないですし……」
そう言うと、村長は顔を上げた。その表情には、安堵と同時にまだ消えない後悔が滲んでいる。
「しかし……」
「それに、ミナちゃんが生け贄にならずに済んだのは、あたしが生け贄役を引き受けたからですよね? だから、村長さんの判断がなかったら、今のミナちゃんはいなかったんです」
あたしはミナちゃんの方を向いて、その頭を優しく撫でた。あたしの言葉に、ミナちゃんはびっくりしていた。
「たしかに、あたしを騙して生け贄にしようとしたのはちょっと……や、結構……かなり良くなかったかもしれません。でも、ミナちゃんのためだったんですよね? 孫娘を大切に思う気持ちはあたしにも分かりますし、その気持ち自体が間違いだとは思ってほしくないです。村長さんにも、ミナちゃんにも」
「春乃さん……」
ミナちゃんの瞳が揺れる。そして、ゆっくりと村長の方を向いた。
「……おじいさま」
「ミナ……」
「私は……自分が生贄になることを当たり前だと思っていました。それが運命なんだって……だから、なぜおじいさまが掟を破って運命に逆らおうとするのかも理解できていませんでした」
ミナちゃんの声が震える。
「でも、おじいさまが春乃さんを生贄にしようとして……許せないと思いました。春乃さんが私の代わりに死んじゃうなんて、って……だけど同時に、おじいさまも同じ気持ちだったんだと、そこで初めて理解したんです」
「ミナ……そこまで春乃殿を……」
え、そ……そんなに? ミナちゃん、そこまであたしのことを想っててくれたの? いや、あの日もあたしのために泣いてくれたし、短い仲なのに良い子だなぁとは思ってたけど……想像より重くない?
「そうやって初めて、おじいさまの気持ちを理解しようとしなかった私も悪かったって……思ったんです。だから、その……春乃さんが気にしていないなら……おじいさまのこと、許します。私のためにしてくれたことだから」
「ミナ……!」
村長さんの目に涙が浮かぶ。彼は再び深く頭を下げた。
「ありがとう……ありがとうミナ、春乃殿……」
おぉ……どうやら仲直りできたみたいだ。二人の関係は結構心残りだったから、この機会に仲直りしてくれて胸が温かくなる。
「それであの、ところで村長さん」
「……はい、なんでしょう春乃殿」
ちょうどいいので、事情を知っていそうな村長さんに外での騒ぎについて聞いてみようと思う。
「どうしてみんな、あたしがレイヌ様のところで暮らすって言ってるんですか?」
「それは……スルグ様が、お帰りになる前に仰っていたのです」
「スルグ様が?」
さっさと自分の領域に帰っていったらしいスルグ様の名前が出てきた。でもあれ? スルグ様、あたしをレイヌ様のところに送ってからの話は知らないはずだよね?
「スルグ様は、『どうやら既に、レイヌの心は春乃にあるようだ』『彼女さえ共にいれば、レイヌはもう大丈夫だろう』と……まるで確信したように仰っていました」
な、なんか小っ恥ずかしいけど……スルグ様、あたしとレイヌ様がこうなることを読んでたってことなのかな。なんというか、理解度が凄い。
『……気に食わぬ』
「あはは……」
まるでスルグ様の掌の上みたいで、レイヌ様は不満げみたいだけど。元々一人だったっていうんだし、レイヌ様だってスルグ様がどういう行動を取るかくらい予想できてしまうんじゃないだろうか。口には出さないけど、そういう相手がいるのって少し憧れる。
「それで、どうやら村の者たちの間で話が広まっていったらしく……『レイヌ様は常に巫女様を側に置く』『巫女様がレイヌ様に迎え入れられる』『神殿で暮らされることになった』と……」
「伝言ゲームが当たっちゃった、みたいなことか……」
「お言葉ですが、当たったということは……?」
「あ、はい。ミナちゃんには話したんですけど、あたし今日から神殿で暮らすことになって……」
「なんと……!」
村長の瞳に、より一層の畏怖が帯びる。……これ、話が広まっていったら余計にあたしが村の人たちから畏れ多いとか言われて敬遠されちゃうやつだ。でも、レイヌ様の嫉妬深さを考えたらその方が良い……のかも?
『春乃。無駄話はそこまでにしろ』
レイヌ様の声。声色から考えて、さすがにもう限界っぽい。早く帰って安心させてあげなきゃ。
「あはは……それじゃあ、そろそろ行きますね」
「その……お待ちください、春乃殿」
いざ村長宅を出ようとしたその時、後ろから村長さんに改まった声で引き留められる。振り返ると、今までとは違う……巫女に対する畏まったものでも、負い目を感じているものでもない、ただ純粋に老人が若者を案じているような目線を村長はあたしに向けていた。
「本当に……本当によろしいのですか? レイヌ様は我々に加護をくださる尊き神でいらっしゃいますが……その、非常に気難しいお方であるのも事実です」
言葉を選びながら、村長さんはそんなことを言った。つまりは、あたしが村のために人柱になっている……みたいに見えているってことなんだろう。だけど、それは完全に要らない心配だ。
「大丈夫です。レイヌ様は優しい方ですから!」
あたしが笑顔でそう答えると、村長さんは目を丸くした。そりゃ、村長さんたちからしたらレイヌ様は畏怖すべき厳格な神様なのかもしれないけど、あたしにとっては本当に優しくて……そしてほっとけない神様。それが事実だ。
というわけで、今度こそ立ち去ろうとしたところで、今度はミナちゃんがあたしの服の裾をつまんで引き留めてきた。
「春乃さん!」
「……なに? ミナちゃん」
「もし……もし嫌になったら、いつでも帰ってきてください。ここは春乃さんの家でもあるんですから」
「ミナちゃん……! うん、ありがとう」
その言葉が嬉しくて、思わずあたしはミナちゃんをもう一度抱きしめた。そして次の瞬間響いてきた声に、背筋が凍る。
『そんなことは何があろうと有り得ぬ』
ま、またやってしまった……ミナちゃんがかわいすぎて! いよいよどうやってレイヌ様の機嫌を直すか考えなきゃいけないと思いつつ、ミナちゃんを優しく引き離す。
「それじゃあ、行ってくるね」
あたしは村長とミナちゃんに手を振って、村長宅を出た。外では村人たちが待ち構えていて、あたしの姿を見ると次々と声をかけてきた。
「巫女様! レイヌ様によろしくお伝えください!」
「神殿でのお暮らし、お体を大事になさってください!」
「巫女様がレイヌ様のお側にいてくださるとは……これで我らも安泰です!」
村人たちの声援に、あたしは少し気恥ずかしくなりながらも笑顔で応える。前例なんかないんだろうし、こうもお祭り騒ぎになるのも理解できる……かも?
「さて。……ぎゅーってしたら許してくれるかなぁ」
村を出て、神殿への長い階段を見上げながらあたしは小さく呟いた。これからあたしはちゃんとレイヌ様を愛してるって伝えなきゃいけないのだ。




