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若君様の花嫁探し(2)

 夕方になると陽奈が家に帰ってきた。


「美月ちゃん!今日は泊まって行きなよ。話したいこといっぱいあるよ」


 陽奈に抱きしめられていると、祖父母にも勧められる。


 お言葉に甘えて、陽奈とゆっくり過ごすことにした。

 私にも話したいことが沢山ある。







「INOね……落ち着いて来たよ」


 お風呂上がりの陽奈は、部屋着でベッドに腰掛けて言う。


「すごく素直に……私や慧十郎様と話をしてくれてる。少しだけ笑ってくれた。INOはきっと……もう大丈夫だと思う」


 猪瀬くんはあの時妖鬼に飲まれているように思えたけれど、きっと自分を取り戻せたんだろう。


 私は、若君様のお名前が出てくるだけでドキリとする。


 陽奈がじっと私の目を見つめる。


「慧十郎様……美月ちゃんがどうしているのか、聞いてたよ」

「……」


 心臓が、どくどくと脈打つ。

 気にかけてくれただけなのに、それだけで、泣きそうになってしまう。


「陽奈」

「うん?」

「私……お父さんとお母さんが亡くなってから、陽奈とこの家で過ごしたよね」

「うん。2年かな、一緒だった」

「うん……だよね」


 おばあちゃんに聞いた話と食い違う。陽奈も私と同じように覚えているなら、私たち二人の記憶が書き換えられていることになる。


 記憶を変えてしまう。そんなの普通じゃない。一体どうしたら、そんなことが出来るんだろう。


「おばあちゃんに聞いたの」

「うん?」

「本当は私、その間犀河原本家に居たんだって」

「ふぁい!?」


 目を丸くして私を見つめる陽奈の驚きようは、私と変わらない。そんな様子に、ちょっとほっとしてしまう。


 私は陽奈に、思い出した記憶と、なにかを忘れてる話をした。二人の記憶を擦り合わせるように、幼い時からのことを話した。陽奈は眠りに入るまで、ずっと話を聞いてくれていた。












 翌日、なぜだか私は陽奈に連れられ、猪瀬くんのお宅にお邪魔している。


 猪瀬くんは黒いシャツと細身のジーンズを履いていて、キリリとした眼鏡を掛けている。

 机の椅子に腰掛けた彼は考え深げに腕を組みながら、私の話を聞いていた。


「つまりあなたは、慧十郎に関しての記憶をいくらか失っていると言うことだな」

「はい」


 猪瀬くんは思いの外元気そうな顔をしている。


「俺はその話を信じるよ」

「え……」

「話には聞いている。犀河原家当主の直系の者たちは、人の記憶を操れる力があると」

「……」

「まぁ、噂話程度にだが。それでも……慧十郎には出来るんじゃないかと、俺には思えてならない」


 少しだけ寂しそうな表情をして猪瀬くんは言う。


 記憶を操れる力……?

 それなら私は、意図的に記憶を消されていることになってしまう。


 猪瀬くんは考える時間を置いて言った。


「犀河原の分家、小石家に生まれた双子の姉妹がいることは一族皆が知っていた」


 淡々とした声が響く。

 猪瀬くんはまるで学校の先生のような話し方をするな、と思う。


「君たちのご両親の事故のことも、moonが高い能力を持っていて次期当主の婚約者候補であることも、有名な話だ。……だが」


 moon……って、まだハンドルで呼び合ってるのかこの二人。


「美月さんのことは、話題にも出なければ、忘れ去られている。確かにおかしな話だな」

「おかしいですか?」

「……双子だろう?いいか、慧十郎の花嫁の座を狙う女豹は、数限りなくいるんだぞ。俺たち一族は本能に忠実な奴が多い。手段を選ばず何をしてくるか分からん。そんな中目障りになりそうな女が同じ高校にまで入学して来たのに、誰も気にしない。不自然だろう」


 女豹って。そんなものなんだろうか。


「おそらく分岐点は、その事故の後だな」

「分岐点?」

「そうだ、双子の存在は皆知っていた。だが」


 猪瀬くんは、神経質そうな細く長い指をあごにあてる。


「美月さんが、婚約者候補筆頭であったことを、誰も知らない」

「はい」

「本家に滞在していたことも、なんの能力を持っているかも、だ。累たちも知らないんだろう?隠されているとしか思えないな」


 累先輩は慧十郎様と親しそうに見えた。それでも、確かに私のことを何も知らなかった。瑠璃先輩とは初めて会ったし、剣くんとの出会いは覚えていない。


「……あっ!」

「え?」

「ん?」


 剣くんが何かを言っていた気がする。なんだっけ。思い出せ。すごく不快な感じのことを言われて記憶から消去していたのだ。


「剣くんに言われました。俺のことを覚えてないのか?って」

「ほう」

「若君様の10歳の誕生会で会っただろうって」

「あいつもたまには、役に立つな」


 誕生会……と、陽奈が呟く。


「着飾らされて、確かに美月ちゃんと行った気がする」

「私も……行ったことは覚えてる」

「8歳から二年間本家に居たんだろう?なら、その頃何かがあったのか?」


 そうなのかも知れないと思う。だけど、全然記憶の中の印象に残っていない。


「INO……あの日いた?」

「居たが、会場の片隅で本を読んでいたので、周りのことは何も知らん」

「……」

「剣を呼び出そう」


 猪瀬くんはスマホを取り出すと、電話を掛ける。


「ああ、剣。今すぐ来い」


 スマホの向こうから怒鳴り声が響いてくる。


「お前……俺の恩を忘れたと言うのか……?」


 電話が切れて、30分もしないで剣くんがやってきた。










 短髪の剣くんは、自転車でやって来たらしく少し汗をかいている。シンプルなTシャツにジーパン。


 不機嫌そうな表情で、むすりと私たちのいる部屋を見回した。


「……何?」

「時に、剣。若君様のことなんだが」

「うん?」

「10歳のお誕生日の日だ。覚えてるか?」

「はあ?当たり前だろ。次期ご当主の、昔ながらの成人の儀式の日だ。忘れるわけがないだろう」


 知らんかった。成人の儀式だと。


「あの日、美月さんいたよな」

「……あ?」


 剣くんの鋭い目線が私に向けられ、剣くんは少し黙り込む。


 うっすら、彼の頬が朱に染まる。


「……剣?」

「ふわ!?なんだよ」

「あの日の記憶の照合をしたいんだ。共鳴させたいが構わんだろう?」

「共鳴……!?いやだよ、俺はしないぞ」

「お願い剣くん!」


 陽奈が剣くんのTシャツにしがみ付くと、剣くんが動揺する。


「な、なんだあ?」

「剣、なんでもお前のお願いを一つ聞いてやる。レアアイテム譲渡でも、進級の手伝いでも構わん。なんでもだ」

「……」

「俺たちと、過去の記憶を共鳴しろ」


 共鳴ってなんだろう、そう思ってると陽奈が言った。


「記憶を照らし合わせて、過去の状況を再現させるんだよ」

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