第19話 非常事態
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(ん……。ここは何処だ?)
周りを見渡すと高級感あふれる部屋にいる。中世の貴族の暮らしを彷彿とさせるこの空間で、視界はぼやけ薄暗く周りの情報を認識することが少し時間がかかりそうだが、よく耳を澄ますと音楽が聞こえる。
(バイオリンの音……?)
誰かがバイオリンを弾いているようだ。それはとても綺麗な音色で、このよくわからない状況下でも心が落ち着いてしまうほど。曲はパッヘルベルのカノン。音のなる方へたどたどしく歩いていく。
演奏者を食い入るように見ても、逆光線のせいかよく見えない。シルエットしか確認出来ないが、スラッとした女子のようだ。
(この姿……どこかで見たことがあるような……?)
と考えていると、次第に逆光線が強くなり…………。
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「よく眠れたかい?」
(あれ? ここは……)
そう、師団長のフランソワ・ヴィドックの兵舎。そして新海清彦はこの部屋にあるふかふかな椅子で眠っていた。ほんの少し寝ぼけている。
「……ぁ、もう行くのか?」
「うん。何事も"ほうれんそう"は早めにしないとね」
礼儀や上下関係はどの世界も同じのような気がした。
「それじゃあ、僕についてきて」
すぐに身支度をして……と言っても服装を整えるだけだが、彼に誘導されて兵舎を出た。
兵舎と王都の城は少し離れていて、渡り廊下のようなものはなく一旦外に出る形になる。といっても全て城の敷地内にある。
城に入ると驚くのはとても高い天井にそびえ立つ太い柱。これを建設するには今では数ヶ月でできそうなものだが、この世界感で考えると何年もかかりそうな代物だ。
「流石王都にあるお城なだけあって、やたらと広いな」
「簡単な作りだと他国に攻められた時のことを考えると、敵に自分の首を差し上げてるようなものでしょ? だから、城内には地図は配置していないし、そのうえ迷路のようになっている。しっかりと城内を把握しておかないと、一生ここから抜け出せなくなるって言っても過言ではないね」
にわかに信じられないが、本当に抜け出せそうにない。迷路でよくやる左手の法則とか使ったとしても何日かかることやら。これなら敵に攻められても安心だ。
ゴーン!ゴーン!ゴーン!
鐘が三回鳴る。何事かと思うと、事態が急変した。師団長の顔も険しくなる。
「なんというタイミングだ! 帝国軍が攻めてきた!」
「な、なんというフラグ回収力……」
「急いで兵舎に戻るんだ! 僕は兵士たちの指揮を執らなければならない! これは一刻を争う事だ」
あまりにも展開が早すぎて慌てふためく。彼は
「急いで戻れ!」
と、カッと目を見開き声を張り上げた。
来た道をひたすら引き返す。だがこの新海にとっては、攻めてくる敵よりも、この城の作りが一番の敵だった。分かれ道が多すぎる。もたもたしていると、帝国軍とやらと鉢合わせかねない。
ドドドドド……
たくさんの人々の足音が聞こえる。明らかに引き返した方から男達の叫び声や走り込んでくる音がだんだん近づいてくる。急いで分かれ道を右に曲がる。
するとそこには、鎧と槍を持った兵士達がこっちに向かって突っ込んでくるのを視認できる。どこかに逃げなければ。適当に分かれ道を見つけてそこに逃げ込む。
逃げ込んだ先でも敵に見つかる。急いで戻って別の道に進む。少し人の気配が少ない。これは当たりか? と思ったが、
ドン!
と、誰かにぶつかった。尻餅をつき、ぶつかった人と目が合う。凛とした表情をした女騎士だ。とても長い黒髪の女騎士のその目は新海の顔を驚くように見ていた。
「こ……殺さないで……逃がしてくれ……!」
ここの世界では自分たちの言葉が通じず、無駄だとわかっていても命乞いをしてしまう。
様子が変だ。彼女は俺を殺すつもりがないのか、俺を見つめたままだ。たまに首をかしげている。何かを考えているのだろうか。
「貴様……ニホンジンか?」
(あれ? 日本語を話した?)
今確かに、意味のある日本語を話した。しかも、新海に日本人か? と聞いてきたのだ。しかし、なぜ日本人のことを知っているのか。なぜ日本語を話せるのか。溢れんばかりに疑問が湧いてくる。
「驚きすぎて何も言えない……か。無理もないな」
構えていた剣を下ろし、彼女は俺に敵意を示さなくなった。
「生きている目……意思のある目をしているな。だが、今のままでは何も出来ずに後悔するぞ」
「人に言われる前に、己の意思で行動することだ」
彼女の目はひしと新海の顔を見ていた。
そして、新海を殺さずにそのまま見過ごし、進路を変えずに走っていった。
はっと我に返る。立ち止まってる暇はない。急いで兵舎があると思われる方へひたすら走る。
次の十字路を右に曲がると何やら外から差し込む光が見える。もしや、と思い全速力で走る。
外への出口。
外へ出ると右手にあの師団長が住む兵舎が見える。誰にも見つからないように兵舎へ戻る。
歩き疲れ走り疲れ散々な目にあって、ベットに死んだように眠った。ベットに先客がいたことも忘れて……。




