第12話 日常と非日常の狭間
前回、本の中から元の世界に戻ってきた新海清彦と田部日和は、彼の家の部屋で仲良くくたばっていた。
流石の田部でもわからないことが多すぎたようで、顎に手を当てて深く考え込んでいた。あれはこうで……でもそれだとあれに矛盾が……など、思考を張り巡らせてる。
「やっぱり、分かりませんわ」
「何が?」
「東条亜里子さんについてですわ」
「暴走のこと?」
「えぇ、あの人本に取り憑かれてたりしてるのかしら。
大体こういうのって、持ち主以外が能力を使おうとすると拒絶されたりなにかしら使えないはずです。
しかし、それでは東条さんは全く能力が使えないはずなのに、暴走によって結果的に能力を使えています。
しかも、日和達には暴走なんてなかったです。力を使えたかどうかは、日和は使ってないので分かりませんが恐らく問題ないでしょう。もし、暴走対象なら東条さんみたいに入ったらすぐに暴走するはず……。
なら、持ち主以外が能力を使えたとします。これなら『使える』という点では筋が通ります。しかし、やはり暴走がつっかかります。」
(よくこんな長い文章を噛まないで言えるな。俺なんて人前に立ったら緊張するんだよ……(第3話参照))
それはさておき、確かに田部の言う通りで、東条が暴走するのがよく分からない。そもそも、持ち主が新海自身となるところで既に違和感がある。
新海はただ、この本を拾っただけなのに、いつの間にかが持ち主扱いになってる。が、実は違ったりするのだろうか? そもそも、この問題に持ち主という常識に当てはめて考えていいものなのだろうか?
二人でひとしきり悩んでいたが結局、核心に迫るような答えを導き出すことは出来なかった。まだまだ知らされていないことが多くて、まるで100ピースしか持っていないのに10000ピース位のパズルを完成させよと言われてるようなものだ。
田部は唐突に、
「そういえば、東条さんは無事かしら? 彼女、かなりの大怪我をしていたそうね」
とアリスの身体を心配しているかのように聞いてきた。そうか、田部にアリスのもう一つの能力があるのを言っていなかった。
「あぁ、アリスにはとても不思議な力があるんだ。自己再生能力が人間離れしていて、大怪我してもすぐに全回復できるんだ。」
田部さんは半ば呆然としていた。俺達、人間の中で特殊能力とか、超能力とかを持った人間なんて常識の中にはいないのだから、驚いて当然だ。新海はまだまだ抜けない厨二病というものが残っててある程度受け入れることは出来た。それでも信じられないことばかりだが。
しかし彼女は驚きよりも、東条アリスが無事だという方の感情が勝ったらしく、すぐにほっと胸をなでおろした。そこには安堵の吐息だけがあった。
田部は何かを思い出し、新海に提案をしてきた。
「もう少しでまた学校に通えるようになりますわ。その時に東条さんを誘ってまた本の中に入ってみましょう。脱出する術もありますし、どうです?」
そうだ。来訪者が来たり本の中に入ったりでごちゃごちゃしててすっかり忘れていたが、もう少しで自宅謹慎期間も終わるんだった。そしたらまた、みんなに会えるからその時に話し合えばいいのか。東条アリスが危険にさらされないためにも。
というわけで、新海と田部はひとまず解散することにした。あの時の教訓もあるし、今度は本は持っていかないようにしよう。
この時はまだ日が沈む前の事だった。
田部日和はひとりで歩いていた。彼女の脳の中に周りの風景というものは見えていなかった。自分の思考の世界に入り浸っていた。顎に手を当てながら物事を考えるのは彼女の癖で、これが始まると中々周りには目もくれないのだという。
『しかし、どうしてあんな本をあの人は拾ったのでしょう。なにか意図的なものを感じるわ。もし、誰かがあの本を完成させるために新海君が拾うように仕組んだとしたら、誰がやったのでしょう?
逆に、新海君が拾うことがなかったらどうなってたのかしら。普通、道端に捨ててあるものを特定の人に拾わせるなんてなかなかやれることではないわ。
─────まさか、新海君である必要がなかった?それじゃあ新海君に魔力なんて無いって事になる。そもそも、あの本を使うのに魔力が必要と考えていいのかしら?
本の成長に必要なもの、必要なもの、────。』
とある答えに導く。
『魔力なんてものは必要ないわ! 必要なのはどれだけその本を使ったか。使えば使う度に本は経験を積んで完成体へと近づいて行く。なら、あの本は使ってはいけませんわ! 一刻も早く新海君に知らせなければ!』
彼女は急いで走り出し来た道を戻る。
遂さっきまで周りが見えていなかったので、いつ彼女の身に不慮の事故等が降り掛かっても対処はできない。
とりわけ急ぐ必要も無かっただろうに、彼女は無我夢中で走っていた。彼女の脳内には今、本の事について思いついた事を新海清彦に伝えることしか考えていなかった。
すると左の方向から車が猛スピードで走ってくる。両者の反応は遅かった。
住宅街に、鈍く重い音が独り泣いた。