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人柱姫  作者: 紫 はなな
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生まれて初めて、心折れましたの巻。


 三願戦目の出立は秋雨の夜だった。御所から牛車で半日かかる二層目の鳥居だ。供儀台へ上がる刻に間に合わせるには牛車の中で夜を明かすしかない。ハルと向かい合わせた二人きりの密閉空間で、私は頑なにそっぽを向き、物見から外を眺めていた。


「雨の夜だ、何も見えんだろ」

「五月蝿い、私に話しかけないで」


 夜が深くなるにつれ雨足が強くなり、外を歩く従者は松明を焚けなくなってしまった。今は牛車の中で点す灯籠を頼りに歩いているので、内からは雨粒一筋も見えやしない。だからといって、正面を向くことはできない。


「だいたい、なんで真ん前に座るのよ」

「お前が隣に座るなと言うたからだろうが」


 そうだけど、もっと斜め端っこで遠慮しなさいよね。天然俺様体質が!


「明日に備え、私は寝るぞ」

「是非そうして」


 お姫様ご機嫌斜めだわぁ、みたいなため息をつき瞼を閉じる。ご機嫌斜めの理由は手前である! と、ドーン人差し指立ててやりたいが口をへの字に息をのむしかない。

 あの事故(で、あったと望む)から七日、ハルは何事もなかったようにシレと過ごしている。あの夜泥酔でもしていたというのか、あるいは殴った拍子に頭打ったのか、ハルはさっぱり記憶にないらしい。ちなみに鏡都では十五から酒が呑める。慣れない酒に酔った勢いだったのかも。にしてもだ、犬(の前に木製)にキスするか? 興奮などせんと言っていたではないか!

 一度気になりだしたら止まらず御所を内密調査したところ、なんとハルはあの憎き帝の嫡男。この国の第一皇子であることが判明。更に私はその嫁。何故そうなった? 何故隠してた?

 隠していた理由はわかる。

 私はハルと出会ったその日に帝をなぶり殺しにすると宣言しているのだ。僕、その帝の息子ですなんて言える訳がないだろう。あの日の私なら「てめぇ、キャツの息子か」なんて啖呵きって殺しかねないもんね!

 問題は何故そうなった?

 いやなんとなくは、わかるよ。

 私を牢獄から釈放する口実に、嫁にするのが手っ取り早かったのだろう。うん、間違いない。


 で、あのキスは何──!?


 嫁だからいいじゃん的な?

 ハルは童の貞のウブ男くんじゃなかったの、カワ被ってたの、酒で剥がれたの!

 木偶だからいいじゃん的な?

 私をそっちの玩具に使うな、躯は木製でも心は女子高生だ!


「…………」


 待て。そもそもできるのか私。排泄はないのに、そっちの穴はあるの。

 確認しなければっ。


 ──そんなご都合な、この世界はピンク色中心に回ってるのか!

 

「むにゃむにゃ……、しぃ姉スッポンポンなのら」

「あ」


 ライちゃんの存在を、忘れていた。


            *


 翌朝、寝不足で上った供儀台は磨かれたようにカラリ乾いていた。相変わらず見晴らしのいい祭壇から見えるのは干ばつした畑。この地域は雨に恵まれないらしい。

 

「あんたの仕業か、鬼さんよ」


 不気味なほふく前進で鳥居から現れた鬼は、頬杖をつき此方へニタァと下卑な笑みを向けた。銀髪を肩まで垂らし、浅黒い黄色肌は人に似ているが、やっていることは正に鬼。干からび肉のない人の足を口の端でしがみ、くちゃくちゃと音をたてている。


『あぁ、だからどうした。干上がった肴は実に旨いぞ』

「スルメと一緒にするな……!」


 私はご機嫌斜めなのだ。

 大人しく喰われるふりをするのも面倒だ、気勢たっぷりに立ち上がり剣を抜いた。貧血でぐらつきながら、鬼の生き血がたっぷり入った瓶子に剣を差し込む。リポDチャージ、準備万端!


『刃向かうか、面白い』

「遊んでやるかわりに約束しな。あんたの綺麗な顔が水に浸かったら、私の望みを叶えるって」

『よかろう、面白い』


 お前のような醜悪な鬼に望みなど叶えて欲しくないが、(シュンへの)保険だ。そういうことだからシュン、簡単に死なないでよね。あれ、シュン君いずこへ?


「ならば顔を水に浸ける前に、僕が殺る……!」


 こらー! 言ってる後から死に急ぐなー!


「シュン……?」


 今まで一撃でコロッとお陀仏していたシュンが、巧みに鬼の手を逃れながら確実に、周到に刀を斬り入れていく。白い道着に血飛沫がとんでもまるで気にしない。むしろ血がとぶ度に幸悦とした笑みを浮かべている。その足場には蒼白く光る魔法陣──軽々と転移した先は、鬼の左目。シュンは力むこともなくスッと剣を差し込むと、悶絶し体躯を跳ね上げる鬼から逃れ転移した。急所は右か、と頭を掻くシュンはまるでゲームを楽しむように悔しがっている。


 ──やっぱり本当だったんだ。


 先程飲み干した空っぽの瓶子が風で転がっていくのを虚ろな目で追った。御所に貯蓄されている何十、何百という数の瓶子のひとつ。私が殺した数なんて指に入らないほどの、何百躰分もの鬼の血。牛車いっぱいに積まれたそれ等は総てシュンが採集したものだと、ハルに聞かされた時は耳を疑った。人形みたいに、しばらく動けなくなった。


 シュンはもう私の下僕じゃないのに。

 シュンが私の為に手を汚すなんて、そんな現実耐えられない。


 あんたは大好きな女の子とあははーって笑っていればそれでいいのよ。剣ふりまわして、命まで投げ出すなんて、柔なあんたの性に合わない……!


「カブ!」

「はーい」


 がら空きの肘へ刀を斬り入れると、鬼はバランスを崩し体躯ごと顔面が水に沈んだ。こうなったら「シュンくんを鬼恐怖症にしてください」と願ってやろう。もう二度と表舞台に立てなくしてやる。


「約束よ! 私の望みを叶えなさい!」


 怒りの咆哮が辺りを震わせ、森の木々にとまる小鳥がバサバサと飛び立つ。傷みと屈辱で我を失ったのか聞く耳をもたず叫び続けている。ギョロリと横に動いた片目は、マッチ棒みたいに立ち尽くすシュンを一点に捉えた。


「うそ……待って!」


 ──バチャン。


 子供の水遊びのような、水面への平手打ち。下敷きになったシュンはブクブクと泡を上げ、水を朱色に濁していった。


「そ、んな……」


 標的が私一人に絞られると、鬼は猪突猛進で此方へ突き進み、波は津波となり襲いかかってくる。未だ理性が戻らず、怒り狂い暴挙するその姿。


 私のせいだ。


 シュンが死んだのは、私のせいだ。

 今回ばかりは、私の──。

 

「シーナ、はよ転移しな!」

「シーナたん!」


 ツッキーとカブが吼えるが躯は動かない。ハルが唱えたのだろう、波にのまれる手前で上空へ飛ばされていた。ハエを追うように伸びてきた手からまた逃れ、右へ左へ。

 その間、何度か鬼に隙は見えた。いや、がら空きだ。それでも剣先を上げることができない。


「食べてよ……わたしのこと、食べていいからシュンを返しなさいよ……!」

「何言っとるんや、シーナ!」

「これ以上霊力はもたない、シーナたん早く逃げて!」


 肘ではなく、右目を斬っていれば。

 そもそも私が挑発しなければ。

 私が大人しく供儀台で眠っていれば。


「ほら、食べなさいよ!」


 ハルが牛車から飛び降り、こちらへ何か叫んでいる。転移呪文の連投で霊力に底がついたようだ。そうか──私、あんたの犬だったわね。「ハウス!」的な?

 ごめんねハル、その前に私はきびだんごなのさ。

 剣を腹部に納め、両手をあげた。

 鬼の爪は容赦なく私の胸を突き破り、そのまま口許へと運んでいく。心臓に穴あいても結構平気だ。木偶だからか。なんてプラプラと揺られながら、遠い景色を眺めた。足元で游ぐ鬼の眼は血走り焦点が合っていない。片目を失ったのだ、当然か。あんぐり開けた口は私を丸飲みしようと喉まで全開だ。


 その奥の暗闇は電流でしびれガクガクと震えだした。


「しぃ姉はわたさない!」


 雷獣の鋭い牙が鬼の手に食い込み、ライちゃんが指をこじ開ける。自分の身体より太いのに、必死にしがみついて。


「シュンにぃ助けたいなら、逃げて時間をかせごう。ふたりともぜったい、しなせない!」

「ライちゃん──」

「うぁあああっ!」

「ライちゃん!」

「くっ……、ライ……さまっ」


 鬼は拳に拳を重ね、ライちゃんやトラキチを巻き込み、両手で捻り潰そうと力を込められる。まるでおにぎりだ。トラキチがライちゃんを庇うも、鬼の剛力には敵わず半身を潰されてしまった。

 

 私、──なにしてんの?

 どうして動かないの。

 小さな子供まで巻き添えにして、傷付けて。

 ツッキーやカブだって、諦めずに鬼の指をつついたり、噛んだりしてるのに。


 だって……、もう

 シュンがいない。 



『これ鬼よ、気位高き鬼よ。約束は守らんか』


 天空から堕ちてくる、笛の音のように滑らかな声。決して声量があるわけではないのに、胸にまで轟く音階。

 見上げれば褐色の肌の男が、腕を組み、胡座をかいて白雲に乗っていた。

 男は優雅に戦場を旋回すると、鬼の耳元に近寄り小さく囁く。

 たちまち鬼は肩を落として、拳の力を弱めた。


『暴れるのは口約を果たしてからだ。そうであろう? 人柱姫』

「…………」


 男に暗示をかけられたように、鬼は頷きを一度、次には水面が大きく揺れた。

 シュンが下敷きになったその場所で、茶柱みたいに白い道着が垂直に浮き上がってくる。


「シュン……」


 そしてまた、時間を巻き戻したように鬼が怒りの咆哮をあげる。一瞬、躯を締め上げる拳の力が強まったがそれも束の間。バラバラと鬼の指はハムのような断面を咲かせて、水底に沈んでいった。私の躯は浮いたまま。


『そんなに心を弱くしては、鬼の殲滅など不可能ですよ』


 私は男の膝に乗せられていた。

 時おり肌に感じる霧のような冷たい風は雲から上がる水蒸気。男の影には女が座り、ライちゃんとトラキチを胸に抱いていた。

 男と女は揃いの褐色の肌をもち、羽衣をまとっている。


『あの少年のように、強くありなさい』


 男が指を差す先には、シュンが宙に滞留していた。

 鬼は、いない。


「鬼、……は?」

『奇跡のような剣舞でしたよ』


 シュンが……やったの。


 血を失いすぎたのだろうか。

 男のその言葉を最後に、意識が暗転していった。



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