第1話:火を噴く筒
――天文十二年(一五四三年)、薩摩・種子島。
京で、誰が、将軍を殺そうと。
管領が、誰を、すげ替えようと。応仁の乱が、都を焼こうと、信長という男が、これから何をしようと――薩摩の桜島は、今日も、灰を降らせる。
日本の、南の果て。
錦江湾に、火を噴く山が、浮かんでいる。その山は、絶えず、煙を吐き、風の向きによっては、城下に、灰の雨を降らせた。畑も、屋根も、人の肩も、薄く、灰をかぶる。火山灰の積もった、白く痩せた台地。それが、薩摩の土だった。
その土に、四百年、根を張り続けた家が、あった。
島津である。
鎌倉のむかし、源頼朝が武士の世を開いたとき、その下文ひとつを手に、はるばる南へ下ってきた、惟宗忠久という男がいた。頼朝から、この南九州の広大な荘園――島津荘の、管理を任された男である。忠久は、その荘の名を取って、島津と名乗った。
あれから、四百年。
京で、いくたびも、世が変わった。鎌倉が滅び、南北朝が争い、足利が立ち、そして応仁の乱で、何もかもが、崩れた。その間ずっと、島津は、この南の地に、いた。中央の嵐が、どれほど吹こうと、薩摩までは、届かなかった。届く前に、嵐は、遠い海と山に、吸われて、消えた。
今、島津の家を率いるのは、貴久という当主だった。
貴久は、長く割れていた島津の一族を、まとめ上げ、薩摩を、ほぼ一つに握ろうとしていた。中央のことなど、気にしてはいない。気にする必要が、ない。薩摩には、薩摩の理屈が、あった。土地と、血族と、そして――海が、あった。
その年、種子島に、見慣れぬ船が、漂着した。
大きな、明の船だった。
乗っていたのは、明の海商――倭寇とも呼ばれる、海の無法者たちと、その中に混じった、見たこともない姿の男たち。鼻が高く、目の色が薄く、肌が白い。南蛮人、と後に呼ばれる、ポルトガルの者たちだった。彼らは、世界の、はるか西の果てから、海を渡り、明の船に乗って、この島まで流れ着いていた。
その男たちが、奇妙な道具を、持っていた。
鉄の、筒である。
火薬を詰め、玉を込め、火縄で点じると、筒は、雷のような音を立て、煙を噴き、遠くの的を撃ち抜いた。弓よりも、速く。弓よりも、遠く。鎧を貫いて。
種子島の領主・種子島時堯は、その筒を、二挺、買い取った。途方もない値だった、と伝わる。でも、時堯は、買った。そして、家中の刀鍛冶に、同じものを、作らせようとした。
その報せが、薩摩本国の、貴久のもとへ、届いた。
貴久は、その意味を、すぐに、理解した。
多くの者は、ただの、珍しい道具だと、思っただろう。でも、貴久は、違った。あの筒が、世界の、縁から来たこと。海の向こうに、自分たちの知らぬ世界が、広がっていること。そして、その世界と、薩摩が、海で、繋がっていること。
薩摩は、日本の、果てではない。
海の、入口だ。
琉球と、明と、そして、その向こうの南蛮と。海を通じて、薩摩には、富も、物も、新しい力も、いちばん早く流れ込んでくる。中央から最も遠いこの土地は、海から見れば、最も、前にある。
貴久は、桜島の煙を、見た。
火を噴く山と、火を噴く筒。
その二つが、これからの薩摩の、行く末を、照らしているように、思えた。中央が空っぽであるこの南の地で、海の力を背にした家が、これから、何をなしうるか。
四百年、ただ生き延びてきた家が。
これから、駆け上がろうとしていた。




