第5話:桶狭間(一)
――永禄三年(一五六〇年)五月十九日、未明、尾張・桶狭間。
戦は、今川の優勢で、始まった。
夜明け前から、今川方の先鋒が、尾張との境にある、織田の砦――丸根と、鷲津に、攻めかかっていた。この二つの砦は、孤立した今川方の大高城を、締め上げる、織田の楔だった。今川の先鋒は、朝の光の中で、激しく攻め立て、昼を待たずに、二つの砦を、抜いた。
その先鋒の一隊に、人質あがりの、若い松平元康――かつての竹千代も、いた。元康は、敵中を衝いて、大高城へ、兵糧を入れる、危うい役を、見事に果たしていた。織田の人質から今川の人質へと渡り歩いた少年は、今、今川方の武将として、最前線に、立っていた。
砦が、落ちた。
その報せが、次々に、桶狭間へ進む義元の本隊へ、届いた。
義元は、満足した。
すべてが、計算通りだった。境の砦は抜けた。大高城の囲みも、解けた。あとは、本隊を進め、尾張の喉元を、一段ずつ、締め上げていくだけだ。昼が、近づいていた。
義元は、桶狭間山に、本陣を、据えた。
兵を、休ませた。朝からの行軍と戦で、兵は、疲れている。落とした砦の祝いに、酒も、出たという。討ち取った首を、調べる、のんびりした時も、あった。海道一の弓取りの本陣は、勝ち戦の、緩んだ、満ち足りた空気に、包まれていた。
すべてが、義元の、思い描いた絵の、通りだった。
その絵の、外側で。
一人の男が、その絵を、破ろうとしていた。
信長である。
未明に清洲を駆け出し、熱田で戦勝を祈った信長は、そこで集まった兵――わずか二千ほどを率いて、東へ、進んでいた。今川の、十分の一にも、満たぬ数である。
信長は、その二千を率いて、丹下の砦に入り、次いで、善照寺の砦へと、間合いを詰めた。今川の本隊の位置を、探りながら。
家臣たちは、止めた。これ以上、前へ出れば、二万五千の只中へ、飛び込むことになる。無謀だ、と。
信長は、止まらなかった。
その頭の中では、針の穴に油を通すように、すべてが、冷たく、計算されていた。正面からぶつかれば、負ける。籠城すれば、干される。残された道は、ただ一つ――義元の首だけを、獲る。大軍の胴ではなく、その頭だけを、一突きで。そのためには、義元の本隊が、どこかで緩む、その一瞬が、要る。
その一瞬が、今、桶狭間山で、訪れていた。
砦を落とし、酒を酌み、勝ち戦に緩んだ、義元の本陣。信長は、善照寺から、さらに前へ、中島の砦へと、兵を進めた。今川の本陣まで、もう、目と鼻の先だった。
そのとき。
空が、変わった。
黒い雲が、湧き、風が、出た。
豪雨が、来た。
たたきつけるような雨だった。視界が、白く、塗りつぶされた。木々が鳴り、地が水を噴いた。今川の兵は、雨を避けて、身を縮めた。槍を立て、輿を囲む旗本も、その豪雨に、視界を、奪われた。義元の本陣は、雨の帳の中に、閉じ込められた。
その同じ雨が。
信長の、二千を、隠した。
豪雨に紛れて、織田の兵は、桶狭間山の、すぐ麓まで、気づかれることなく、間合いを詰めた。雨は、両軍を隔てる帳であると同時に、襲う者の姿を消す、信長の味方だった。
雨の帳を、挟んで。
勝ち戦に緩みきった、二万五千の頭と、研ぎ澄まされた、二千の刃が、互いに見えぬまま、間近に対していた。
あとは、この雨が、上がるのを、待つだけだった。




