第2話:内へ入る
――大永五年(一五二五年)、美濃。
道三は、奪うより先に、入った。
国を盗む、と人は言う。でも、外から城を攻め落として国を奪う者は、この乱世に、珍しくもなかった。道三のやり方は、それとは、違った。道三は、まず、奪う相手の、内側に、入った。
美濃の守護は、土岐の家だった。
その土岐に仕える、守護代の斎藤。さらにその下に、長井という、有力な家臣の家があった。道三が、まず食い込んだのは、その長井の家である。
道三は、長井家に、銭を貸した。
武家は、見栄を張る。武具を揃え、宴を張り、家来を養う。でも、戦が続く世で、武家の台所は、どこも火の車だった。道三は、油で貯めた銭を、その火の車に、注いだ。長井の家の者が銭に困れば、道三が、用立てた。利息は、取らぬこともあった。銭そのものより、貸しを作ることが、目当てだったからである。
銭を貸せば、相手の懐が、見える。
懐が見えれば、弱みが、見える。誰が、どれだけ借りているか。誰が、誰に、頭が上がらないか。道三は、長井の家の、金の流れを、知り尽くしていった。金の流れは、力の流れである。道三は、その流れの、要所要所に、自分の貸しを、置いていった。
銭だけでは、なかった。
道三は、人と人を、つないだ。あの土豪と、この国人を、縁組みで結びつけ、いがみ合う二家の間を、取り持った。取り次ぎ、仲裁し、便宜を図る。気づけば、美濃の武家たちの、もめ事の多くに、道三の手が、絡んでいた。誰かが困れば、まず道三に、相談が来る。道三は、美濃の武家の世の、申次のような立場に、自分を、置いていった。
婚姻も、使った。
道三は、家の格を、銭と縁で、買い上げていった。武家の娘を娶り、あるいは縁者の娘を、しかるべき家へ嫁がせる。血の薄い油売りの素性を、縁組みの網で、覆い隠していった。一代では足りないところを、縁が、補った。
長井家の当主は、武一筋の、頑固な男だった。
槍のことなら誰にも引けを取らないが、銭の出入りも、書付の文言も、面倒で仕方がない。帳面を眺めるくらいなら、馬を駆っているほうがましだ――そういう質の当主にとって、煩わしい算段を厭わず引き受ける道三は、願ってもない男だった。油の道で人の弱みを嗅ぎ分けてきた道三は、その当主の「面倒くさがり」という一点に、するりと、入り込んだ。
この男に任せておけば、家の銭も、もめ事も、うまく回る。当主は、そう思った。道三は、長井の家にとって、なくてはならない、便利な男になった。便利な男は、いつしか、家の実権の、中心に、座っていた。
道三は、家来から、家の屋台骨へ。
そして、長井の家名そのものを、継いだ。油売りあがりの男が、美濃の有力家臣・長井の家の名を、名乗った。
道三は、自分が、何をしているか、わかっていた。
城を一つ、力攻めにすれば、城は落ちる。でも、城を落とした者は、その国の、よそ者のままだ。国の者は、よそ者に、従わない。道三は、よそ者として国を奪うのではなく、国の内側の者になりきってから、その国を、内から、握ろうとしていた。
針の穴に、油を通すように。
城の門を破るのではなく、人の心の隙間を、一滴ずつ、通り抜けて、内側へ。気づいたときには、もう、内側にいる。それが、道三の、国の盗り方だった。
奪うのは、まだ、先でよい。
まず、入る。深く、深く、誰にも気取られないほど、深く。入りきってしまえば、奪うのは、最後の、ほんの一突きで、足りる。
道三は、その一突きの時を、静かに、待っていた。




