第1話:一文の油
――永正八年(一五一一年)、山城・西岡。
京が灰になって、世の階段は、壊れた。
応仁の乱が、何を壊したか。城でも、寺でも、田でもない。壊れたのは、人が、自分の生まれた段の上に、一生立ち続ける――という、暗黙の決まりだった。公家の子は公家、守護の子は守護、百姓の子は百姓。その階段が、灰の中で、崩れた。
崩れた階段は、誰でも、登れる。
そのことに、いち早く気づいた男たちがいた。富士の見える国では、申次衆あがりの男が、家格に拠らず、伊豆相模を取っていた。
ただし、下剋上には、二つの型があった。
民を保つ実力で、国を作る型。人を欺き、奪う実力で、国を盗む型。伊豆の男が示したのは、その前の方である。
京と美濃のあいだの、油の道にも、一人、その匂いを嗅ぎつけた男がいた。後の方の型を、生涯かけて証明することになる男である。
松波庄九郎といった。
もとは、京の妙覚寺で、経を学んだ僧だったとも、いう。その庄九郎が、寺を出て、油を商う身になった。山崎の油座――油を商う者たちの組合につらなり、京から美濃へ、油の道を、行き来した。
この男の成り上がりは、一代のものでは、なかったかもしれない。
後の世には、父の代から、二代がかりで美濃を盗んだ、という見方もある。父もまた、油から身を起こし、武家の末に食い込んだ男だった、と。だとすれば、庄九郎は、父が築いた足場の上に、立っていたことになる。でも、その足場を、一国にまで広げたのは、この男の、底知れぬ才だった。
庄九郎の油売りには、芸が、あった。
市の辻に立ち、銭を一文、地に置く。その銭の真ん中には、小さな穴が、あいている。庄九郎は、油を満たした柄杓を高くかかげ、糸のように細く、その油を、落とす。落ちた油は、寸分たがわず、一文銭の、小さな穴を、通り抜ける。銭の縁を、一滴も、汚さない。
「ご覧の通り。一滴でもこぼせば、この油、銭はいただきませぬ」
人が、集まった。
見物人が、感嘆し、油を買った。庄九郎の油は、よく売れた。でも、庄九郎が本当に売っていたのは、油では、なかった。
芸は、人を、集める。
集まった人は、噂を、運ぶ。あの辻に、面白い油売りがいる、と。噂は、銭を運び、銭は、また人を集める。庄九郎は、その渦の真ん中に、立っていた。誰が、どこで、何を欲しがっているか。どの土豪――地元の有力者が、銭に困っているか。どの寺が、どの武家と、いざこざを抱えているか。油の道を行き来する庄九郎の耳には、美濃じゅうの、ありとあらゆる事情が、流れ込んできた。
庄九郎は、それを、頭の中に、貯めた。
銭ではなく、事情を。人の弱みと、欲と、つながりを。それが、いつか、油より、ずっと高く売れることを、庄九郎は、知っていた。
ある日、庄九郎は、油の柄杓を、置いた。
「油を、針の穴に通す芸。なるほど、見事なものだ。だが」
そう言ったのは、庄九郎を見ていた、一人の武士だった。
「その器用さを、油などに使うのは、惜しい。槍を、持ってみる気はないか」
庄九郎は、笑った。待っていた、と言わんばかりの笑みだった。
針の穴に油を通す手は、針の穴に、人の心を通す手でも、あった。庄九郎は、油の道で貯めた事情と人脈を手土産に、武家の末端へ、もぐり込んでいった。武士になる、というのではない。武士の世の、内側へ、銭で、席を、作るのである。
松波庄九郎。
のちに、長井新九郎規秀と名を変え、さらに斎藤を称し、出家して、道三と号す。後の世に、美濃の蝮と呼ばれる男である。
以後、この男を、その最もよく知られた名で、道三と呼ぶ。
油売りが、武士の世の階段に、足を、かけた。
壊れた階段の、いちばん下の段に。




