第5話:安房の浜
――治承四年(一一八〇年)九月、安房国から上総国へ。
安房の浜に、生き延びた者たちが集まってきた。
三浦の一族は、城を焼かれながらも海を渡ってきていた。当主の子・三浦義澄も、そのなかにいた。老いた当主の義明だけは、城とともに果てたという。北条時政も、散り散りになった郎党たちも、ひとり、またひとりと浜にたどり着く。
負けた軍勢の、寄り集まりだ。
でも頼朝は、浜に立って、妙なことに気づいていた。集まってくる者の顔が、暗くないのだ。負けて逃げてきた者の顔じゃない。むしろ、何かを確かめに来た者の顔だった。
――生きておられた。なら、まだ終わっていない。
そういう顔だった。
石橋山で死ななかった。ただそれだけのことが、坂東への何よりの知らせになっている。頼朝は、そのことに気づいた。
九月の半ば、頼朝は下総の千葉常胤のもとへ使いを出した。
返事は、常胤自身が連れてきた。一族郎党三百あまりを率い、上総との境まで出迎えに来たのである。千葉常胤、年は六十を超える下総の老大族は、頼朝の顔を見ると馬を降り、砂の上に膝をついた。
「源家代々の御恩、忘れた日はございませぬ。御旗揚げと聞いてより、常胤、今日を待ち申した」
言いながら、老人は泣いていた。
頼朝は自分の手で、老人を立たせた。芝居ではない涙だと、分かった。分かった上で、頼朝は別のものも見ていた。常胤の後ろに続く三百騎――その馬と具足の、整い方を。下総の土地をめぐって、国司や近くの者と争い続けてきた家の、行き場のない力の溜まり方を。
古い恩は、本物だろう。
でも、古い恩だけで三百騎は動かない。この老人は、源氏の旗の下でしか手に入らないものを、知っているのだ。坂東の武士が、坂東の土地を、誰にも遠慮なく自分のものと呼べる世。それを買いに来た。涙は本物の涙のまま、同時に、手付け金でもあった。
次は、上総広常だった。
上総介広常。坂東で並ぶ者のない大族である。頼朝は使いを出した。返事は、なかなか来なかった。
来たのは九月の半ばを過ぎてからで、しかも尋常の来方ではなかった。
「上総介殿、二万騎と称する軍勢を率いて、こちらへ向かっておりまする」
二万騎。触れ役の声が、上ずっていた。
諸将が色めき立つ中で、頼朝はひとり、奥歯を噛んでいた。
遅い。
千葉が三日で来た道のりを、上総は半月もかけた。それだけの大軍を仕度するのに時がかかった――という言い分は、立つ。立つけれど、頼朝には分かっていた。広常は、見ていたのだ。安房に流れ着いた流人が、このまま萎んでいくのか、それとも膨らんでいくのかを。膨らむと見極めてから、いちばん大きな駒を持って、いちばん高いところで売りに来た。
そして、もうひとつ。
二万騎を見せつけられた流人が、どんな顔で自分を迎えるか。それを、見に来たのだ。喜んで飛びついたら、その程度の主だと値踏みされる。
広常が着いたのは、夕方だった。
大軍を背にした大男が、ゆったりと本陣に入ってきた。頼朝は床几(しょうぎ=折りたたみの腰かけ)から立たなかった。広常の顔をひとつ見て、静かに言った。
「遅い」
本陣が、凍りついた。
「九月の声を聞いてからの参陣、それも触れより半月。上総介ほどの者が、軍の仕度に手間取ったとは言わせぬ。……兵を連れて戻られよ。遅れて来た兵は、要らぬ」
広常は、頼朝の顔をまじまじと見た。
二万騎を連れた自分を、三千に足りない軍勢の主が、追い返すと言っている。怒るでも強がるでもない、静かな顔で言っている。
長い沈黙のあと、広常は、その場に膝をついた。
「……遅参の段、平にお詫び申す」
肩が震えていた。怒りではなかった。笑いを噛み殺しているのでもなかった。のちにこの男は、身近の者にこう語ったという。あのとき初めて、これは主になる男だと思った、と。
頼朝は床几から立ち、自ら広常の腕を取った。
「坂東は広い。広いが、要の男は数えるほどしかおらぬ。……待っていた、上総介」
その夜、頼朝の軍は二万を超えた。
浜には篝火が幾重にも連なり、それは石橋山の夜に、谷の向こうで見た大庭の火よりも、はるかに多かった。
火を眺めながら、頼朝は思っていた。
この二万は、わしに付いたんじゃない。わしの旗が掲げる世に、付いたのだ。坂東の土地を坂東の武士のものにする世。御恩(ごおん=主君が土地を保証すること)には奉公(ほうこう=家来が命がけで働くこと)を、奉公には御恩を、嘘なく返す主。それがある限り、この火は増え続ける。なくなれば、一夜で消える。
流人は、もうどこにもいなかった。
代わりに、坂東じゅうの欲と願いを束ねて担ぐ男が、浜辺の火の中に立っていた。




