第7話:誰もいなくなった戦場
――文明九年(一四七七年)以降、京と諸国。
残ったのは、焼け野原だった。
千年の都の、半ばが、灰になっていた。義満が飾った壮麗は、跡形もなかった。寺社が焼け、御所の一部が焼け、公家の邸が焼け、町が焼けた。捨丸が知る限りの京は、もう、どこにもなかった。
戦う者がいなくなった戦場に、捨丸は、一人、立っていた。
骨皮道賢は、とうに死んでいた。足軽の仲間も、多くが、戦の中で消えた。突いた者、突かれた者、焼かれた者、飢えた者。名もなく生まれ、名もなく死んでいった。捨丸は、なぜか、生き残った。生き残って、焼け跡で、次の食い扶持を、探していた。
戦が終わっても、世は、元には戻らなかった。
国へ帰った守護たちが、見たものは、もう、かつての領国ではなかった。
京で十一年戦っているあいだに、留守を守っていたはずの家臣が、力をつけていた。守護代が、国を握っていた。国人が、土地を広げていた。帰ってきた守護を、彼らは、もう、昔のようには、敬わなかった。中には、主君を国から追い出す者さえ、現れ始めた。
下が、上を、食い破る。
京の権威が灰になったあと、地方では、力のある者だけが、現実を動かすようになっていた。
九州の南、薩摩では、島津が、もとより中央の威の届かぬ土地で、独自に、土地を握り続けていた。中国の安芸では、毛利という小さな国人が、大内と細川という大勢力の狭間で、息を潜めて生きていた。奥州では、伊達が、北の地で、中央を気にすることもなく、自立を深めていた。
いや、関東では、もっと早くから、戦は始まっていた。
応仁より十年以上も前、関東では、鎌倉公方と、関東管領・上杉の一族が、争い始めていた。享徳の乱である。京が焼ける前に、東国は、すでに、もう一つの、より長い乱に、投げ込まれていた。
近江では、佐々木の一族が、京極と六角に分かれて、食い合っていた。
日の本じゅうの土地が、京の権威という重しを失って、それぞれの場所で、力だけを頼りに、軋み始めていた。
権威が、死んだのだった。
将軍の権威も、朝廷の権威も、京の権威も。応仁の乱は、勝者を生まなかった。生んだのは、ただ一つ、「もう、京を見ていても仕方がない」という、諸国の悟りだった。
捨丸は、焼け跡で、空を見上げた。
雲の上の将軍は、もう、何も眺めてはいないだろう。あの御方も、いずれ死ぬ。武家の頂点が、自分の都が焼けるのを止められなかった世で、これから、誰が、天下を動かすのか。
答えを、捨丸は、知らなかった。
でも、その答えを、これから、力ずくで掴み取る者たちが、現れることになる。
京の貴公子でも、名門の守護でもない。国へ帰った守護を下から食い破る国人。油を売って国を盗む者。一介の素浪人から、城を奪う者。血筋も、家格も、官位もない、成り上がりの者たち。捨丸のように地の底から這い上がってきた者の中から、いずれ、国を獲る者さえ、出てくるだろう。
武士とは、強い者だ――と、迷いなく言い切る男たちの時代が、来る。
義政が高みで答えられなかった問いを、彼らは、地べたから、力で、掴み取っていく。
権威が死んだ場所から、実力の時代が、始まろうとしていた。
捨丸は、拾った武士の太刀を、まだ、懐に持っていた。
売りそびれた、家紋入りの太刀である。捨丸は、それを抜いて、焼け跡の空に、かざしてみた。刃は、欠け、錆びていた。かつて、どこかの武士が、家の誇りとして伝えた太刀。今は、名もなき足軽の手にある。
この刃で、おれも、武士になれるだろうか。
捨丸は、ふと、そう思った。馬鹿げた考えだ、と、すぐに打ち消した。でも、その馬鹿げた考えが、これから百年、日の本じゅうの、無数の名もなき者たちの胸に、宿ることになる。
刀を持てば、武士になれる。土地を奪えば、主になれる。血も家も、関係ない。強ければ、よい。
焼け野原の京に、風が吹いた。
灰が、舞った。
その灰の向こうで、日の本じゅうの土地が、これから百年、血で塗り替えられていく、その最初の地鳴りが、もう、聞こえ始めていた。捨丸には、それが、聞こえた気がした。地の底で生きてきた者にだけ聞こえる、新しい時代の、低い、地鳴りが。
乱世が、始まる。
第六章 応仁の乱——果てなき戦 ――完。




