第6話:果てなき
――応仁二年〜文明九年(一四六八〜七七年)、京。
戦は、一年で終わると、誰もが思っていた。
二つの大守護がぶつかれば、どちらかが勝ち、どちらかが負け、それで決着がつく。昔の戦は、そうだった。でも、応仁の戦は、勝たなかった。一年が二年になり、三年になり、五年が過ぎても、京の市中の、にらみ合いと小競り合いは、果てしなく続いた。
ある年、東西の総大将が、相次いで死んだ、という噂が流れた。西軍の山名宗全。その二月ののち、東軍の細川勝元。戦を始めた当の二人が、決着を見ぬまま、病で逝ったのだという。
偉い人が二人とも死んだのに、なぜ、戦は続くのか。捨丸が首をかしげていると、年嵩の足軽が、笑って言った。偉い人のための戦は、とうに終わってる。今は、おれたちのための戦さ、と。
その意味を、捨丸は、やがて、理解した。
守護たちが、一人、また一人と、京から消えていった。留守の国を家臣に食われる、と案じて、我先にと領国へ帰っていくのだ。帰る国のある者は、帰った。
でも、京には、帰る国を持たぬ者が、残った。
足軽である。
捨丸のような者にとって、戦が終わることは、食い扶持を失うことだった。戦があるから、銭がもらえる。奪うものがある。戦が終われば、また、河原で、ごみを漁る暮らしに戻るだけだ。だから、足軽は、戦を、望んだ。
戦が、戦自身のために、続いていた。誰が何のために戦っているのか、もう、誰も覚えていない。それでも、奪って食う者がいる限り、火は消えなかった。京が焼け続けることを、心のどこかで望んでいる自分に、捨丸は、気づいていた。気づいて、ぞっとして、それでも、明日も槍を握った。握らなければ、飢える。
文明九年、戦は、終わった。
勝者は、いなかった。ある日、槍を持って出る先が、なくなった。それだけだった。捨丸が数えたわけではないが、十一年、経っていたという。
捨丸は、その終わりを、焼け跡で、迎えた。
戦が終わって、捨丸が思ったのは、これからどうやって食うか、それがすべてだった。武士たちが何のために十一年も殺し合ったのか、捨丸には、最後まで、分からなかった。




