第5話:ある掠奪
――文明年間(一四七〇年代)、京。
戦が、何年も続くと、奪うものも、尽きてくる。
めぼしい蔵は、もう、とうに破られていた。焼け残った家を探して、足軽たちは、京の隅々まで、足を延ばした。ある日、捨丸は、戦火を辛うじて免れた、小さな邸に、忍び込んだ。落ちぶれた公家の住まいか、古い武家の名残か。土塀は崩れ、庭は荒れていたけれど、まだ、人の住む気配があった。
奥の間に、二人、いた。
白髪の老人と、幼い、孫娘らしき女の子だった。逃げ遅れたのである。老人は、孫を背に庇い、痩せた体で、捨丸の前に、立ちはだかった。手には、武器の代わりに、古びた一巻の書物を、抱えていた。
捨丸は、槍を、構えた。
いつもの、ことだった。相手を、人と思わない。思えば、突けない。突かなければ、奪えない。奪わなければ、飢える。捨丸は、もう何十度と、そうしてきた。この老人も、突いて、書物だか何だかを奪い、立ち去ればいい。それだけのことだった。
でも、その時、孫娘と、目が、合った。
大きな、怯えた目だった。痩せて、汚れて、それでも、必死に、祖父の背にしがみついている。その目を見た瞬間、捨丸の中で、何かが、つかえた。
その目を、捨丸は、知っていた。
河原に捨てられ、ごみを漁り、殴られ、蹴られて生きた、あのころの、自分の目だった。誰にも人と思われず、いつ死んでもいい数として、生きていた、あのころ。捨丸が、いつも、相手の中に見ないようにしてきたもの――それが、その幼い目の中に、まっすぐ、あった。
捨丸の槍が、止まった。
老人は、震える声で、言った。書物でも、なんでも、持っていけ。だが、この子だけは、見逃してくれ、と。捨丸は、答えなかった。答えられなかった。
しばらく、捨丸は、突っ立っていた。
それから、何も奪わずに、踵を返した。背を向けて、荒れた庭を、足早に出た。奪えなかった。一度、相手を人と思ってしまえば、もう、突けなかった。
外に出て、捨丸は、自分に、腹を立てた。
何を、しているのか。情けをかけて、何になる。あの邸を見逃したところで、明日、別の足軽が、押し入るだけだ。あの子も、あの老人も、どうせ、この乱の中で、死ぬ。なのに、自分は、今日の奪い分を、棒に振った。今夜、また、腹が鳴る。
人を、人と思ってしまったら、足軽は、やっていけない。
捨丸は、その日のことを、努めて、忘れようとした。忘れなければ、明日、また、槍が握れない。あの目を、覚えていては、明日の獲物に、槍を、出せなくなる。
戦は、こうして、何千という捨丸の、何千という小さな罪と、ほんのわずかな情けとを、灰の中へ、見分けもせずに呑み込んでいった。
誰も、それを、書き留めなかった。武士の戦は、軍記に、英雄の名で、書き残される。でも、足軽が、誰を奪い、誰を見逃したかは、どこにも、残らない。名もなく奪い、名もなく死んでいった者たちのことを、覚えている者は、いなかった。捨丸自身が、忘れようとしていた。




