第1話:御霊の火
――応仁元年(一四六七年)正月、京。
あの、銀の楼の主が、御所の高みから燃える都を眺めていた――その同じ火を、地の底から見ていた者がいた。
捨丸といった。
名字はない。生まれた家もない。飢饉の年、河原に捨てられていた赤子を、物乞いの女が拾って育てた。その女も、寛正の大飢饉――都に八万の骸が積まれた、あの飢饉で死んだ。捨丸は、京の片隅で、ごみを漁り、残飯を奪い、殴られ、蹴られて、十五、六まで生き延びた。
その捨丸に、ある日、声がかかった。
銭をやる、と、男は言った。腕に覚えはあるか。なくてもよい。槍の持ち方は、教える。人を、突けるか。――捨丸は、頷いた。突けるか突けないか、考えたこともなかった。でも、銭がもらえて、飯が食えるなら、なんでもやる。それが、捨丸の生きてきた世界の、ただ一つの掟だった。
その年の正月、京の御霊の杜で、武士が斬り合った。
どこかの家の跡目を、どちらが継ぐか。それだけのことで、武士たちが、京の真ん中で、殺し合った。
政長と義就という名を、捨丸は、あとになって聞いた。どちらが誰かは、分からなかった。分かる必要も、なかった。捨丸を雇った男は、こちらが勝つ側だと言った。だから、こちら側で槍を持った。それだけだった。
御霊の戦は、小さかった。
でも、その日から、京の空が、途切れなく煙るようになった。
畠山の私闘に、京じゅうの武士が、二つに分かれて加わっていった。一方の旗頭は、細川勝元。管領であり、東軍と呼ばれた。もう一方は、山名宗全。西軍と呼ばれた。将軍家の跡目争いも、諸国の守護の私の恨みも、何もかもが、その二つの色の、どちらかに吸い込まれていった。捨丸がどちらの色の下にいるのかも、雇い主が替わるたびに、変わった。
五月、京の市中で、東西の大軍が、本格的にぶつかった。
捨丸は、その戦に、放り込まれた。
槍を持たされ、足軽、と呼ばれる一団に組み込まれた。足軽――軽く足を動かす者。馬にも乗らず、鎧もろくにつけず、ただ数だけがいる、銭で雇われた歩兵だ。武士ではない。武士の家来ですらない。人の数に入らない、戦の使い捨ての駒だった。
最初の戦で、捨丸は、人を突いた。
相手も、足軽だった。捨丸と同じ、どこかの貧民あがりの男だった。目が合った。互いに、相手が何者かなど、知らなかった。ただ、突かなければ突かれる。捨丸は、震える手で、槍を出した。手応えがあった。男は、声も上げずに、倒れた。
捨丸は、その夜、吐いた。
吐いて、それから、奪った。倒した男の懐から、わずかな銭と、干飯を。死んだ者に、銭は要らない。生きている自分には、要る。捨丸は、それを、当然のことだと思った。誰も、それを咎めなかった。咎めるどころか、足軽の頭は、よくやった、と捨丸の肩を叩いた。
戦が、始まった。
捨丸の知らないところで、誰かの家の跡目をめぐって始まった戦が、捨丸の生きる京を、まるごと、戦場に変えていった。
高みの御所では、将軍が、その火を眺めているという。
でも、捨丸は、将軍の顔を、知らなかった。地の底で槍を握る者にとって、将軍とは、雲の上の、何もしない影に過ぎなかった。




