第3話:応仁元年
――応仁元年(一四六七年)五月、京。
火は、御所の北から、上がった。
応仁元年五月、細川勝元の東軍と、山名宗全の西軍が、京の市中で、本格的にぶつかった。畠山の私闘から始まった火は、二人の大守護の対立に燃え移り、そこへ、全国の守護が、それぞれの思惑で、加わっていった。
東軍、十六万。西軍、十一万――と、後の記録は称する。大げさはあるだろう。でも、日の本じゅうの武士が、京へ、京へと集まったのは、事実だった。守護たちは、領国の兵を率いて京へ上り、市中に陣を敷いた。千年の都が、まるごと、戦場になった。
京が、燃えた。
一条大宮に火がかかり、相国寺の建物が炎に包まれた。祖父・義満が、あれほど壮麗に飾った京の寺社が、武士たちの放つ火で、次々に灰になった。風の強い日には、火は通りを一つ越え、二つ越え、町ごと焼き払った。
逃げ惑う民が、通りを走った。
無数の人影が、火から遠ざかる一つの流れになって、大路を埋めていく。掠奪(りゃくだつ=奪い取ること)が始まった、と御所には届けられた。足軽――銭で雇われた、身元も知れぬ歩兵の群れが、焼け跡の家々を漁っているという。骨皮道賢という足軽大将の名だけが、噂となって、高みまで昇ってきた。それが何者の軍で、誰の下知で動いているのか、言い当てられる者は、いなかった。ただ、これはもう、義政の知っているどの戦とも、違うものらしかった。
灰が、雪のように降った。
その灰の降る都を、義政は、御所の高みから、眺めていた。
夜だった。
遠く、あちこちで、火の手が上がっていた。赤い光が、雲の底を、不気味に染めていた。風に乗って、焼ける匂いと、人の叫びと、何かが崩れ落ちる音が、届いた。
義政は、長いあいだ、黙って、それを見ていた。
傍らに、側近が一人、控えていた。その側近が、おそるおそる、口を開いた。上様、武士とは、いったい、何にございましょうな――と。なぜそんなことを問うたのか、側近自身にも、分からなかった。ただ、燃える都を前にして、その問いが、口をついて出た。
義政は、すぐには、答えなかった。
火の音が、遠く、聞こえていた。
かつて、この問いに、答えた者たちがいた。土地の番人だと言った男がいた。御恩と奉公の果たし手だと言った男がいた。正しい主君のために死ねる者だと言った男がいた。みな、自分の答えを持って、その答えに殉じて、死んでいった。
義政には、その答えが、一つもなかった。
長い沈黙の後、義政は、ようやく、口を開いた。火の音だけが、遠く、続いていた。
「武士とは……何であろうな。余にはわからぬ。強ければよいのか。家格か。忠義か。では余は何なのだ。将軍でありながら、何もできぬ。武士ですらないのかもしれぬ」
それきり、義政は、黙った。
側近も、黙った。
燃える都の音だけが、二人の沈黙を、満たしていた。
これまで、武士とは何かを問われた者は、たとえ間違っていても、自分の答えを、言い切った。でも、武家の頂点に立つこの将軍は、問われて、答えられなかった。答えられないまま、ただ、自分の都が焼けるのを、見ていた。
問いが、宙に浮いた。
序章から、土地の番人、御恩と奉公、勝ち負けを超えた忠義と、一つずつ積み上げられてきた武士の定義が、ここで、ぷつりと、途切れた。武家の世の頂きで、その頂きにいる者自身が、武士とは何かを、答えられない。
火は、夜どおし、燃え続けた。
義政は、夜が明けるまで、高みから動かなかった。動いても、できることは、何もなかった。




