第6話:北山
――応永四年〜十年代(一三九〇年代後半〜一四〇〇年代)、京・北山。
その少年が初めて将軍の御前に出たのは、まだ声も変わらぬ頃だった。
名を、世阿弥という。
大和の猿楽の一座の、座頭の子だ。猿楽――田楽と並ぶ、寺社の祭りで舞い、語る、芸能の徒だった。身分でいえば、武士の下、百姓の下、人の数にも入らないような、河原の芸人だ。
その少年の舞を、義満が、見た。
今熊野での猿楽の興行でのことだった。数ある芸人の中で、義満の目は、その少年に吸い寄せられた。舞う姿の、匂い立つような美しさ。声の、澄んだ張り。少年が一さし舞うと、その場の空気が、別のものに変わった。
義満は、少年を、傍に置いた。
寵愛、という言葉では足りないほどの、入れ込みようだった。義満は、少年を、宴に同席させ、公家たちと並んで座らせた。河原の芸人を、将軍の隣に。公家たちは眉をひそめたけれど、義満は、気にも留めなかった。
世阿弥は、その世界を、芸人の眼で見ていた。
武士でも、公家でもない、人の数にも入らぬ者の眼で。
だからこそ、見えるものがあった。
義満の御殿は、年を追うごとに、武家の館から遠ざかっていった。武具を飾る代わりに、唐物(からもの=中国渡りの品)を並べた。海の向こうの明から運ばれた、青磁の壺、名筆の書、絵巻。床は磨かれ、香が焚かれ、武張ったものは、一つずつ、隅へ追いやられていった。
応永四年、義満は、京の北山に、新たな御殿を造り始めた。
北山殿。後の世が、その一棟の高い建物の名で、金閣と呼ぶ建物である。
世阿弥は、その工事を、傍らで見ていた。
三層の高い楼だった。一層は、寝殿造り――公家の様式。二層は、武家の様式。そして三層は、禅の様式。武家と公家と仏が、一つの楼に積み重ねられていた。そして、その上の層には、金箔が、惜しげもなく貼られた。
水面に、金の楼が映った。
池の鏡に、もう一つの金閣が、逆さに浮かんだ。陽が差すと、楼も、水も、まばゆく輝いた。世阿弥は、その輝きを見て、息を呑んだ。これは、武士の建てるものではない。公家の建てるものでもない。仏の建てるものでもない。そのすべてを足して、その上に立とうとする者の、建てるものだ。
北山殿には、明の使者が、迎えられた。
義満は、海の向こうの大国・明と、交わりを結んでいた。貿易である。明の珍宝が船で運ばれ、日の本の産物が海を渡った。莫大な富が、義満の手に流れ込んだ。北山殿の金も、その富で、贖われた。
そして、明の皇帝は、義満を、こう呼んだ。
日本国王、源道義。
道義とは、義満が出家して名乗った名である。義満は、その名で、明から、日本国王として認められた。
世阿弥は、その称号が告げられる場の、末に連なっていたという。
明の使者が、うやうやしく、国書を読み上げた。日本国王へ――と。居並ぶ公家も、武士も、息を詰めて、それを聞いた。
義満は、その称号を、受けた。
眉ひとつ動かさず、当然のことのように、受け取った。
世阿弥は、その横顔を見て、背筋に、冷たいものが走るのを覚えた。
王。
帝のおわすこの国で、もう一人、王と呼ばれる者が、生まれた。武家の頭領として生まれ、公家の頂きへ昇り、出家して仏に近づき、今、海の向こうの大国から、王と呼ばれている。
この御方は、いったい、何者なのだ。
世阿弥は、舞のことを考えるとき、いつも、一つのことを思っていた。芸とは、何かに成りきることだ。翁にも、鬼にも、女にも、亡霊にも。だが、成りきるためには、己が何者かを、まず知っていなければならない。
義満は、何者なのか。
武士か。公家か。仏か。王か。
そのどれでもあって、そのどれでもない。何にでも成れる者は、結局、何者でもないのではないか。世阿弥は、舞の極意のことを、ふと、義満に重ねた。義満は、生涯をかけて、何者かに成りきろうとして、ついに、何者にも成りきれないまま、すべての衣を、身にまとっているのではないか。
北山の宴は、きらびやかだった。
能が舞われ、唐物が並べられ、酒と香が満ちた。武士たちも、その宴に連なった。かつて戦場を駆けた者の子や孫が、今は、雅な装束で、和歌を詠み、茶を喫し、能を観ていた。彼らは、北山の文化に、酔いしれていた。
その酔いの中で、ふと、誰かが、思った。
おれたちは、何のために、刀を差しているのか。
戦は、ない。差した刀は、宴の席では、邪魔なだけだ。武士であることの証だった刀が、今は、雅を妨げる無粋な鉄に過ぎない。武士とは、戦う者だったはずだ。でも、戦わないこの世で、武士とは、何なのか。
その問いは、宴の華やぎの中で、口にされることなく、消えた。
世阿弥だけが、その消えた問いの気配を、芸人の眼で、感じ取っていた。武士たちが、自分が何者か、分からなくなり始めている。義満という、何者でもない王の足元で、武士という言葉が、ゆっくりと、輪郭を失っていく。
舞え、と義満が言った。
世阿弥は、立ち上がり、金の楼を背に、舞った。
水面に、金閣が映り、その前で、芸人が舞う。義満は、それを、満足げに眺めていた。世阿弥は、舞いながら、思っていた。この華やかさのすべてが、いつか、夢のように消えるのではないか。何者でもない者が築いた、何者でもない栄華は、その者が消えれば、何も残らないのではないか。
舞が終わり、宴の人々が去り、灯がいくつか消えても、義満は、池のほとりに、残っていた。世阿弥が、装束をたたんで下がろうとしたとき、義満が、誰にともなく、ぽつりと言った。
「祖父は、敵であった帝のために、泣いたそうな」
尊氏のことだった。後醍醐を吉野へ追い詰め、その死を聞いて、人目もはばからず泣いたという、あの祖父。
「わしには――泣く相手が、おらぬ」
それきり、義満は、黙った。何者でもない者には、敵もなく、味方もなく、心から泣く相手すら、いないのかもしれなかった。世阿弥は、その横顔に、初めて、空っぽそのものの淋しさが、よぎるのを見た。でも、義満は、すぐに、いつもの眉ひとつ動かさない顔に戻ると、立ち上がり、奥へ消えていった。一瞬の素顔は、金の楼の影に、呑まれていった。
金は、輝いていた。
輝きながら、どこか、この世のものでない、儚さを帯びていた。




