第1話:観応の擾乱
――観応年間(一三五〇〜五二年)、京。
尊氏は、天下を取った。でも、取った天下は、最初から、割れていた。
足利の天下は、二つの頭で、回されていた。兄の尊氏と、弟の直義である。
尊氏は、武の頭領だった。気前よく恩賞を配り、武士たちを、その人柄で惹きつけた。でも、政務の細々とした裁きは、性に合わない。そこを担ったのが、弟の直義だ。直義は、生真面目で、法と秩序を重んじ、領地の争いを、公正に裁いた。土地が欲しい者は兄のもとへ、争いの裁きを求める者は弟のもとへ――兄弟の二つの頭で、足利の世は、どうにか、回っていた。
その釣り合いを破ったのが、尊氏の執事・高師直だった。
師直は、力で押す荒くれだった。戦で手柄を立て、新しく成り上がろうとする武士たちの、利益を代表していた。古い荘園の権利や、公家・寺社の秩序を重んじる直義とは、根のところで、合わない。新しく土地を切り取りたい者は師直に、古い権利を守りたい者は直義に。武家の世の中の、新旧の対立が、この二人に、凝り固まった。
対立は、刀に、なった。
師直が兵を率いて、直義の館を囲んだ。直義は、いったん出家して、争いを収めた。でも、収まらなかった。やがて直義は京を出て、あろうことか、長年の敵であるはずの南朝に、身を投じた。兄の天下を、弟が、敵の力を借りて、突き崩しにかかった。
兄が、弟と、戦った。
尊氏は、弟・直義を討つために、北朝を一度捨て、南朝と和睦してまで見せた。北朝の帝を奉じてきた男が、その旗を下ろし、南朝の年号を使う――正平一統と呼ばれる、都合だけの合体だった。忠義も、大義も、もはや、敵を倒すための、使い捨ての道具だった。
尊氏は、弟を、破った。
破って、和睦した。
和睦の座は、鎌倉に設けられた。
兄と弟が、久しぶりに、向かい合った。何年ぶりであったか、二人とも、正確には覚えていなかった。直義は痩せていた。兄とは一つ違いのはずだが、髪の白さは、兄より濃かった。
尊氏は、まず、笑った。
この男は、いつも、まず笑う。負けても笑い、勝っても笑い、人が死んでも笑って、それから泣く。その笑いに、坂東の武士たちは、三十年、ついてきた。
「痩せたのう」
「……兄上は、肥えられた」
「そうか。近ごろ、よう食う」
尊氏は、傍らの者に、包みを持ってこさせた。
太刀だった。父祖伝来の一振りである。尊氏は、それを、弟の膝の前へ、押しやった。
「持て。おぬしのものだ。もともと、おぬしが持っておってよかったものよ」
直義は、太刀を、見た。
手を、出さなかった。
「兄上は、いつも、そうなさる」
「なに」
「配る。恩賞も、太刀も、館も、官も。……手当たり次第に配って、配り終えたら、片づいたことにしてしまわれる」
尊氏の笑いが、少し、薄くなった。
「わしは、この十年、兄上が配った土地の、後始末を、しておりました。同じ土地を二人に与えた。三人に与えた。与えられた者どうしが、斬り合った。それを、一つずつ、裁いてまいりました」
「……おぬしは、そういうことが、上手い」
「上手い、下手の話ではございませぬ」
直義は、はじめて、兄の顔を、まっすぐに見た。
「なぜ、配るのかと、伺うておるのです。兄上は、人に恨まれるのが、こわいのでしょう。こわいから、配る。配れば、そのときだけは、皆が笑う。……その笑いのために、天下が、二十年、割れました」
尊氏は、答えなかった。
しばらくして、また、笑った。今度は、目が笑っていなかった。
「では、何を、やればよかった」
「与えぬことにございます。与えぬと決めて、恨まれることにございます」
「……できぬな」
尊氏は、太刀を、自分の方へ引き戻した。
「わしは、できぬ。おぬしには、それができた。だから、二人で回してきた。二人で回してきたから、二つに割れた。……もう、遅い」
その日、兄弟は、それきり、何も話さなかった。
数日の後、直義は、急に、死んだ。尊氏が、毒を盛ったのだ、と誰もが囁いた。本当かどうかは、分からない。分かるのは、兄を支えるはずだった弟が、消えたことだけだった。執事の師直も、戦の渦の中で、討たれていた。足利の天下を、両側から支えていた二本の柱が、共に、折れた。
与えることで頂きに昇った男が、生涯でただ一人、与えて片づけられなかった相手が、弟だった。




