第2話:山木館の火
――治承四年(一一八〇年)八月十七日、伊豆国山木。
約束の者が、揃わなかった。
十七日の夕方になっても、佐々木の四兄弟が来ない。相模から駆けつけるはずの、頼みの綱の郎党たちだ。集まった兵を数えてみれば、北条の一族郎党と近くの味方を合わせても、数十。百に届かない。
「日延べなされませ」
と言う者があった。佐々木抜きで目代の館を襲うのは無謀だ、と。
頼朝は首を振った。
「今宵やる」
短くそう言ったきり、理由は説明しなかった。
理由なら、ある。挙兵の企てに加わった者の名は、もう一人や二人の口から漏れていると見たほうがいい。延ばせば延ばすほど、漏れは広がる。それに――祭りの夜は、今夜しかない。
でも、頼朝はそれを並べ立てなかった。理由を並べて聞かせるより、ただ言い切って見せるほうが、人は動く。流人の身で二十年、人に何かを命じたことのない男が、その夜、初めて命じた。そして人がその通りに動くかどうかを、頼朝自身が、いちばん冷えた目で見ていた。
動いた。
夜半、佐々木の兄弟が泥だらけで駆け込んできた。大雨で川が溢れ、渡れなかったのだという。頼朝は四人の顔を見て、初めて少しだけ表情を緩めた。
「待ちかねたぞ」
それだけ言った。四兄弟は転がるように庭に膝をついた。
兵は二手に分かれて、山木兼隆の館へ向かった。
祭りの夜だ。村々の灯は三嶋の方角へ吸われ、道は暗い。蛭ヶ小島の流人屋敷から山木の館まで、ほんのわずかの道のりだった。二十年も住んだ流刑の地の、その目と鼻の先に、討つべき平家の目代は住んでいたのだ。
戦そのものは、戦と呼べるほどのものではなかった。
館の郎党たちは祭りに出払い、残った者は寝込みを突かれた。それでも山木兼隆は太刀を取って必死に戦い、火の手が上がる館の中で討たれた。首が頼朝の前に運ばれてきたとき、夜はまだ明けていなかった。
頼朝は首をあらためた。
山木兼隆。平家の流れをくむ、伊豆の目代。とりたてて大きな悪人でもない、どこにでもいる役人だ。でも、この首は、今夜から別の意味を持つ。
流人が、平家の目代を討った。
その一行の知らせが、明日には伊豆を駆けめぐり、三日で坂東を駆けめぐる。聞いた者はみんな、同じことを考えるはずだ。――本気か。本気なら、勝ち目はあるのか。乗るのか、見ているのか、それとも潰す側に回るのか。
坂東じゅうの武士が、今、一斉に損得を数え始める。その音が、頼朝には聞こえる気がした。
夜明けの庭で、頼朝は北条時政に言った。
「触れを出します。相模、伊豆、駿河の源氏ゆかりの家々に。……それと、三浦へ。三浦には、特に丁重に」
「三浦が来れば、坂東の海側は固まりますな」
「来てもらわねばなりません。来てもらえねば――」
頼朝はそこで言葉を切って、東の空を見た。
相模には、大庭がいる。平家がこの坂東に打ち込んだ、いちばん太い杭だ。大庭景親が動けば、その兵は三千を超える。こちらは、かき集めても三百。
勝ち目の計算なら、誰よりも先に、頼朝自身がとっくに終えていた。終えて、それでも、もう進むしかないところまで来ている。
「石橋山に出ます。三浦と落ち合えれば、それでよし」
雨の匂いのする風が、焼け落ちた山木の館の煙を、低く流していた。




