第6話:建武の夢
――建武元年(一三三四年)、京。
後醍醐の政は、華々しく始まった。
元号を建武と改め、帝は、すべてを自らの手で裁こうとした。摂政も関白も置かない。武家も間に入れない。官位も、土地の保証も、ことごとく帝の綸旨(りんじ=天皇の直々の命令書)によって定める。
綸旨が、絶対であった。
古い権利も、長年の習慣も、帝の綸旨一枚で覆った。今日の綸旨が、昨日の綸旨を打ち消すことさえあった。天下は、帝の意志ひとつで、自在に動かせるもののはずだった。
でも、天下は、紙一枚では動かなかった。
まず、恩賞が、滞った。
命を懸けて鎌倉を倒した武士たちが、京に上ってきた。彼らが求めるものは、ただ一つ。土地である。働きに応じた、御恩としての土地。それは、頼朝以来百五十年、武士が戦う唯一の理由だった。
ところが、新政の考えでは、土地はすべて、帝のものだった。
王土王民。この国の土地はすべて帝のもの、民はすべて帝の民。武士に与える土地とは、帝のものを一時、預けるに過ぎない。番人に、田を預ける――後醍醐の頭の中では、それが当たり前だった。
恩賞は、公家が握った。
そして公家たちは、戦の働きの軽い重いを知らなかった。誰がどの城を落とし、誰が誰の首を取ったか――武士にとって命より重いその記録を、雅を解する公家たちは、紙の上の数字としてしか見なかった。恩賞は遅れ、滞り、あるいは縁故で歪んだ。命を懸けた武士の手には、痩せた一つの郷が下され、戦場を知らぬ公家の懐に、肥えた荘園が転がり込んだ。
京の二条河原に、いつしか、一枚の落書(らくしょ=世を風刺した張り紙)が貼られた。
近頃、都で流行るもの――夜討ち、強盗、にせの綸旨。成り上がり者と、にわか大名。土地を保証されぬと京じゅうを駆け回る訴訟人と、おべっかと讒言ばかりの者ども。世は、こんなにも乱れている、と。
新政を、嗤う落書だった。
その落書を、誰より痛快がった男がいた。
佐々木道誉。近江源氏・佐々木の一族で、京極を名乗る一方の旗頭だ。婆娑羅――身分の作法も古い権威も歯牙にかけぬ、派手で奔放なその生き様が、いつしか時代の気風の名になっていた。金襴の衣を翻し、茶や連歌に銭を湯水のように注ぎ、公家の格式を平然と踏みつけにする。道誉は、そういう男だった。
新政の綸旨が乱れ飛ぶのを、道誉は、面白がって眺めていた。
昨日の綸旨が今日覆る紙きれに、何の値打ちがある。世を動かすのは、帝の意志でも古い家柄でもない。力と、銭と、その日の機略よ――やがてこの男も、勝つ側を冷ややかに見定めて、尊氏の側へ転ぶことになる。古い秩序が音を立てて崩れていく時代に、最もよく似合う男だった。
帝の目には、これらは、すべて、取るに足らぬことだった。
恩賞の不満も、武士の不平も、新政が古い世を壊す産みの苦しみに過ぎぬ。やがて、王の政の正しさが、天下に行き渡る。そう、後醍醐は信じていた。帝は、巨大な意志で、ただ前だけを見ていた。後ろで、武士たちが何を思っているか――それを、振り返らなかった。
その武士たちの足が、向かう先が、一つあった。
足利尊氏の屋敷だ。
尊氏は、新政で、さして高い位を与えられたわけではなかった。でも、武士たちは、尊氏のもとに集まった。何かを訴えるためではない。ただ、そこに行けば、武士の言葉が通じる、という気がしたからだった。
尊氏は、来る者を拒まなかった。
訴えを聞き、できることをし、できぬことは詫びた。気前のよさは、度を越していた。訴えにきた見ず知らずの武士に、尊氏は、自分の腰の太刀を、ぽんと与えてしまうことがあった。馬を欲しがる者には馬を、銭に困る者には蔵を開けて銭を、惜しげもなく渡した。家臣が、殿、それでは身代がもちませぬ、と泣きついても、本人は、惜しいとも思っていない顔で笑っている。
物にも、位にも、執着がない。
その無造作さが、かえって、武士たちを惹きつけた。帝が、綸旨という紙を握りしめて何ひとつ手放さぬのに対し、尊氏は、手に入るそばから、すべてを配ってしまう。配られた武士は、この人のためなら、と思う。気がつけば、尊氏の周りには、与えられた恩を返したがる者ばかりが、集まっていた。
尊氏自身は、何をしようという腹があったわけではない。むしろ、後醍醐への崇敬は、まだ本物だった。あの異形の帝の意志に、武士でありながら惹かれる気持ちは、消えていなかった。気前よく配るのも、天下を狙う計算からではなく、ただ、そういう性分だっただけのことだ。明るく、つかみどころがなく、物を惜しまぬ――それが、足利尊氏という男だった。
でも、人は、集まった。
土地を保証してくれる主を求める武士の本能が、帝の綸旨ではなく、尊氏の屋敷の方へ、自然と流れていった。尊氏が招いたのではない。武士の世そのものが、新しい器を、求めていたのだ。
帝の世と、武士の世。
その二つが、両立できないものであることに、尊氏は、薄々、気づき始めていた。
気づきながら、まだ、動かなかった。
動く理由が、なかった。理由は――向こうから、やってくることになる。




