第1話:島々の火
――文永十一年(一二七四年)十月、肥後国。
時代は、半世紀、下る。
承久の武士たちは、もう、ほとんどがこの世にいない。御恩と奉公の仕組みは、泰時の式目に守られて、なお回り続けていた。でも、その回り方は、少しずつ、軋み始めていた。
肥後の御家人・竹崎季長は、その軋みの中で生きていた。
歳は二十九。家は、貧しい。一族の土地争いに敗れ、わずかな土地しか持たぬ、名もなき御家人である。郎党は、五騎しかいない。
戦が、欲しかった。
戦で手柄を立てれば、御恩がある。御恩があれば、土地が増える。土地が増えれば、家が立つ。武士にとって戦とは、災いであると同時に、ただ一つの出世の道だった。泰平の世に、貧しい御家人が浮かび上がる術は、それしかなかった。
その戦が、来る、という。
蒙古――馬の背で国々を呑み続けているという、海の向こうの大国が、日の本を攻める。国書が来た、使者が来た、大宰府が備えを命じた。そういう話は、何年も前から、風の噂のように九州を流れていた。季長も聞いてはいた。聞いてはいたが、海の向こうの話だった。海は広い。その海を軍勢が渡って来るなど、誰も本気では思っていなかった。
十月の半ば、早馬が来た。
対馬が、落ちた。
島を守る宗助国どのが、八十余騎で浜へ駆け向かい、一人残らず討ち死にした――使いの者は、それだけを繰り返した。八十余騎。それが対馬の、ありったけの武士だった。数百艘の船と数万の兵を相手に、八十余騎で向かって、誰も戻らなかった。
続いて届いた話は、もっと悪かった。
島の民が、殺されたという。男は斬られ、女は連れ去られた。生け捕られた女たちは、手のひらに穴を開けられ、縄を通されて、船べりに並べて吊るされたという。楯の代わりに、である。
季長は、その話を聞いたとき、しばらく意味が分からなかった。
人を、楯にする。
戦とは、武士と武士がするものだ。名を名乗り、弓矢で勝負し、勝った者が土地を得る。田を作る民は、戦の外にいる。それが、この国の戦だった。誰に教えられたのでもなく、季長はそう信じて生きてきた。その信じ方ごと踏み潰すような何かが、海を渡って来ようとしていた。
その足元へ、大宰府から、触れが回ってきた。九州に土地を持つ者は、ことごとく博多へ馳せ参じ、異国の敵を防ぐべし――。
季長は、具足を出した。
父の代から伝わる、継ぎの当たった具足である。五騎の郎党が、それぞれの家から集まってきた。馬は痩せ、槍は古い。それでも、御家人は御家人だった。触れが来れば、行く。それが、土地を持つ者の奉公だった。
いちばん若い郎党が、震えの残る声で訊いた。
「殿。蒙古とは、どれほどの数なのでしょう」
「知らぬ。……知らぬが、こちらのすることは変わらん。先駆けて、名を挙げる。それだけだ」
言い切ってから、季長は、その声が郎党のためではなく、自分のために出されたものだと気づいていた。
出立の朝、季長は自分の田を見た。
刈り入れの済んだ、猫の額ほどの田だった。この田を増やすための戦を、何年も待った。その待ち望んだ戦が、望んだことを悔いたくなるような顔で、海の向こうから来る。
季長は馬に乗り、北へ向かった。
博多まで、五日の道のりだった。
その道の途中で、次の報せに追いつかれた。
壱岐も、落ちた。守護代の平景隆どのが百余騎で防ぎ、支えきれず、城で自害したという。対馬の次は壱岐、壱岐の次は、九州の本土だった。
季長は、馬の腹を蹴った。




