↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀を持たない朝 ―武士とはなにか、七百年の物語―  作者: ソリトん
第四章 粛清——北条の影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/141

第3話:比企の火

 ――建仁三年(一二〇三年)九月、鎌倉。

 将軍頼家が、倒れた。

 夏の終わりから病みつき、九月の声を聞く頃には、もう持つまいと誰もが思った。二十二歳だ。あまりに早い。早すぎて、跡目の支度が、何もできていなかった。

 頼家には、六歳の長子・一幡(いちまん)がいる。

 その母は、比企の娘だ。

 比企能員(ひきよしかず)。頼家の乳母の家であり、母方の親戚であり、頼家の世になってから急速に力を太らせた一族だ。一幡が立てば、世は比企のものになる。

 対するもう一人の候補は、頼家の弟・千幡(せんまん)。十二歳。

 その乳母筋と母方は、北条だ。

 義時は、父の屋敷で、地図でも見るように、その構図を眺めていた。眺めているうちに、父のほうが先に動いた。

 九月二日、時政は仏事の相談と称して、比企能員を名越(なごえ)の屋敷に招いた。能員は、普段着のまま、わずかな供を連れて来た。門を入ったところで、待ち構えていた武者たちに取り囲まれ、殺された。

 その足で、北条方の軍勢が比企の館を囲んだ。

 比企一族は一幡の御所に立て籠もり、火がかけられ、午後にはすべてが終わった。燃え落ちた御所の灰の中から、幼い一幡の遺体は、ついに見分けられなかったという。

 義時も、兵を出した側にいる。

 言い訳は、しない。あの日、北条が動かなければ、動いたのは比企だった。どちらかの火しかない朝だったのだ――そう、胸の内で言い切ってみて、義時は、その言い切りの滑らかさに、自分で薄ら寒くなった。

 人を焼く理屈は、こんなに簡単に滑らかになる。

 病の床から起き上がった頼家は、すべてを知って激怒し、北条討伐を命じようとした。でも、もう遅かった。手足になる比企は、灰だ。頼家は将軍の座を降ろされ、伊豆の修善寺(しゅぜんじ)へ送られた。翌年、その地で死んだ。病死と、鎌倉は伝えた。

 義時は、その報せを、表情ひとつ変えずに受け取った。修善寺で何があったか、問おうとは思わなかった。問えば答えが返る。答えが返れば、それを知った者として、自分もまた手を汚した数のうちに入る。問わぬことが、手を汚さずに済む唯一の道だった。

 ――そして、そういう道など、もうどこにもないことも、義時は知っていた。

 千幡が、三代将軍に立った。実朝(さねとも)と名を改めた。十二歳である。

 政子は、その決定の座にいた。

 わが子の頼家を退け、わが子の実朝を立てる。母として引き裂かれて当然の場で、政子は取り乱さなかった。取り乱す代わりに、尼の頭を深く下げて、ただ一言、頼みます、と重臣たちに言った。その横顔を、義時は直視できなかった。姉は、母であることを、この日この場で殺したのだ。

 粛清(しゅくせい=反対者を厳しく取り除くこと)の波は、思わぬ遠くまで届いた。

 南九州の島津忠久――あの御落胤の噂の男は、母が比企の縁だった。ただ、それだけの理由で、薩摩、大隅、日向の守護職を取り上げられた。本人は何ひとつ関わっていない。縁組みと乳母の網の目は、九州の果てまで繋がっていて、網が燃えれば、果ての結び目まで燃えるのだった。頼朝が南の果てに打ち込んだ楔(くさび)が、今、鎌倉の内輪の火に、遠く焦がされていた。海の向こうを入口と見たあの若者の家は、それでも、薩摩の地に踏みとどまる。果てに根を張った種は、中央の火が消えたあとも、生き残るのだった。

 広元は、この件の命令書も書いた。

 書き終えた文官が、筆を置いて長く目を閉じていたのを、義時は見ている。

 冬が来る前に、鎌倉は静かになった。

 静かになった、と皆が言った。義時は、その言い方が正しくないことを知っていた。静かになったのではない。声を出す者が、減ったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。