第2話:片目の先祖
――治承四年(一一八〇年)八月二十日過ぎ、相模国を西へ。
三日で集まった兵は、三千を超えた。
大庭の一族郎党に、相模と武蔵の平家方。渋谷、海老名、糟屋、熊谷、河越。馬と徒歩の列は街道を埋め、土埃が薄い雲のように、行列の上に立ちのぼった。
弥六は景親の馬の斜め後ろを、替えの槍を担いで歩いていた。
生まれて初めて見る、人の数だった。御厨の祭りでも、これほどの人は集まらない。しかも、その全員が得物(えもの=武器)を持っている。弥六は、自分の手のひらが朝からずっと湿っているのに気づいていた。でも、誰にも言わなかった。
昼の休みに、川原で馬に水を飲ませた。
景親が馬の首を撫でながら岸に立っていると、弥六がおずおずと近づいてきて、水筒を差し出した。受け取って一口飲み、返す。それだけのやりとりのはずだったのに、弥六は水筒を受け取ったあとも、その場を動かなかった。
「何だ。訊きたいことがあるなら訊け」
弥六は少し迷ってから、口を開いた。
「殿。おれたちは、なぜ平家の側で戦うのですか」
近くにいた古参の郎党が、目を剥いた。でも景親は手で制した。初陣の若者が訊くことだ。むしろ訊かないほうが、どうかしている。
「なぜ、とは」
「いえ……その、敵は源氏の御曹司(おんぞうし=名門の若君)なのでしょう。御厨の年寄りたちは、昔この辺りの兵はみんな源氏に付いて戦った、と言います。それがどうして今は」
「平家に付くのか」
「はい」
景親は川面を見た。
夏の終わりの川は痩せて、石の背があちこちで水から出ている。
「長い話になる。歩きながらにしよう」
行列が動き出すと、景親は馬の歩みを緩め、弥六を傍らに歩かせた。
「弥六。鎌倉権五郎という名を聞いたことがあるか」
「権五郎様……祭の晩に、年寄りが歌う名です。片目の、鬼みたいに強い兵だったという」
「わしの先祖よ」
景親は前を向いたまま話した。
百年前、奥州で大きな戦があった。後三年の役という。鎌倉権五郎景政は、十六の初陣で、敵の矢を右の目に受けた。それでも矢を立てたまま弓を引いて、射た相手を倒したという。陣に戻ったあと、仲間が顔を踏んで矢を抜こうとすると、景政は怒った。弓矢で死ぬのは武士の望むところだけれど、生きたまま顔を足で踏まれるのは、武人の恥だ――と。
「強いお人だったのですね」
「強いだけなら、ほかにもいた。権五郎の本当の値打ちは、戦のあとよ」
景政は奥州から相模に帰ると、刀を置いて、鍬を取った。海に近い原野を切りひらき、水を引き、田にした。それが、大庭の土地の始まりだった。
「戦で得た名声など、米は一粒も実らせぬ。権五郎はそれを知っていた。土地だけが、子と孫を食わせる」
「では、御厨というのは」
「そこよ」
景親の声が、わずかに低くなった。
「切りひらいた土地は、切りひらいた者のものだ。当たり前の話と思うだろう。だが都の連中は、そうは思わぬ。国司(こくし=国の長官)が代替わりするたびに、検注(けんちゅう=土地の調べ)だ、税だ、と言って人をよこす。書付一つで、人の三代の汗を持っていこうとする。だから権五郎の孫の代に、大庭の土地はそっくり、伊勢の神宮に寄付された」
弥六は目をしばたたいた。
「自分の土地を、差し上げてしまったのですか」
「名目はな。神領となれば、国司は手出しができぬ。わしらは神宮に毎年、上分(じょうぶん=みつぎ物)を納め、その代わり、神宮の名が屋根になって土地を守る。……おかしな話と思うか」
「……はい。正直に言えば」
景親は声を立てずに笑った。
「おかしいのよ。自分で切りひらき、自分で守れる土地を、守りきるために、他人様の名を借りねばならぬ。わしらには力がある。だが力だけでは、土地は守れぬ。都には位というものがあり、書付というものがあり、それを持つ者が上に立つ仕組みになっている。力はわしらが持ち、権威は都が持つ。これが、兵というものの足元よ」
弥六は黙って歩いた。分かったような、分からないような顔だった。景親は構わず続けた。
「現にな。わしがまだ幼い頃のことだが、源義朝……今追っている頼朝の父よ。あの男が若い頃、坂東で力を伸ばそうとして、この大庭御厨に兵を入れたことがある。田を荒らし、人を殺し、上分の米を奪った。神領だぞ。それでもやった。わしの父はそのときのことを、死ぬまで繰り返し話した。訴えはした。だが都は遠い。裁きは鈍い。源氏の棟梁(とうりょう=頭領)の力の前には、書付の屋根なぞ、紙のように破れた、とな」
弥六は思わず足を止めかけて、後ろの徒歩に背を押され、慌てて歩き出した。田を荒らされる、という言葉が、自分が溝を直したあの一枚の田に、重なったのだ。
「……それで、源氏が憎いのですか」
「話はそう易しくない」
景親は苦笑した。
「保元の年、わしは京で戦った。誰の下でか分かるか。その義朝の下でよ」
弥六が驚いて主を見上げた。
「御厨を踏み荒らした男の旗の下で、わしは戦った。坂東の兵はあの頃、たいてい源氏の下に付いた。義朝は憎い。だが義朝は強く、坂東の兵の使い方を知っていた。そして何より——あの戦は、わしらの戦ではなかった。帝と上皇、摂関家(せっかんけ=朝廷の最高位の貴族)の兄と弟。都のお偉い方々の身内喧嘩よ。わしら坂東の兵は、双方に駒として呼ばれ、双方で殺し合った。わしはあのとき都で学んだ。兵は、使われるものだ、とな」
行列の前方で、法螺が短く鳴った。先頭が宿営の地に着いたのだ。
景親は馬を停め、最後にひとつだけ言った。
「その義朝も、平治の年に負けて死んだ。源氏は倒れ、世は平家のものになった。だから今、わしらは平家に付いている。それだけのことよ。主は替わる、弥六。源氏から平家へ、平家からまた誰かへ、いくらでも替わる。替わらぬものが何か、分かるか」
弥六は少し考えてから、答えた。
「……土地、ですか」
「覚えがいいな」
景親は馬を降りた。
西の空に、富士が見えた。その手前に、明日越えるべき山々が、黒く連なっていた。




