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刀を持たない朝 ―武士とはなにか、七百年の物語―  作者: ソリトん
第七章 信玄と謙信——異なる武士の道

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第10話:群像のゆくえ

 ――天正三年〜十年(一五七五〜八二年)、甲斐から京へ。

 一方、武田は。

 信玄の死後、家を継いだのは、四郎勝頼だった。

 信玄が滅ぼした諏訪頼重の、娘が産んだ子である。勝頼は、勇猛な武将だった。でも、信玄の遺した、あの巨大な組織を、束ねきることは、できなかった。

 信玄の死から、二年後。

 勝頼は、長篠の地で、織田と徳川の連合軍に、挑んだ。そこで、勝頼を待っていたのは、信玄も謙信も知らなかった、新しい戦だった。柵と、おびただしい数の、鉄砲。武田の、最強の騎馬の組織が、その鉄砲の前に――崩れ落ちていく。

 長篠で、武田四名臣の多くが、討死する。馬場信春も、山県昌景も、内藤昌豊も。信玄が二十年かけて築いた、あの精強な家臣団が、一日で、崩れる。



 ――天正十年(一五八二年)三月、甲斐。

 それから、七年が、経っていた。

 織田と徳川の軍が、甲斐へ、なだれ込んだ。信長の嫡男・信忠の手勢が、伊那を、北へ、駆け上がってくる。武田の城は、戦わずに、開いた。城を預かる者たちが、次々と、寝返っていった。信玄の代には、あり得ぬことだった。あの頃、甲斐の武士は、負けても、逃げても、必ず、家へ帰ってきた。いまは、誰も、帰ってこなかった。

 ただ一つ、高遠の城だけが、戦った。

 城将は、仁科盛信(にしなもりのぶ)。信玄の五男で、勝頼の、弟である。三千の兵で、信忠の大軍を迎え、一日、支えて、討たれた。一門の多くが城を明け渡すなか、勝頼のほかに、最後まで戦った信玄の子は、この弟だけだった。

 勝頼は、新府(しんぷ)の城に、火を放った。

 築いたばかりの、真新しい城だった。信玄の館を捨て、これからの武田のために、と普請した城である。移り住んで、まだ三月と、経っていなかった。

 従う者は、もう、数百しか、いなかった。



 その数百を率いて、勝頼が向かった先が、岩殿(いわどの)の城だった。

 城主は、小山田信茂(おやまだのぶしげ)という。武田に代々仕えた、譜代である。信茂は、岩殿へ来られよ、と勝頼に勧めていた。山が険しい。籠もれば、支えられる、と。勝頼は、その言葉を、信じた。

 一行は、雪の残る道を、東へ、進んだ。

 笹子(ささご)の峠の下まで来たとき、道が、塞がっていた。

 岩殿の兵が、峠を、押さえていた。矢が、飛んできた。見上げる山道の上に、小山田の旗が、立っていた。

 信茂は、来なかった。

 迎えに出ることも、言い訳を寄越すことも、しなかった。ただ、道を、閉じた。それだけだった。

 勝頼は、峠の下で、しばらく、動かなかった。

 やがて、馬の頭を、返した。行ける先は、もう、どこにも、なかった。一行は、天目山(てんもくざん)の麓の、田野(たの)という、小さな谷へ、入った。従う者は、四十人ほどに、減っていた。



 勝頼には、妻が、いた。

 北条から嫁いできた娘である。名は、伝わっていない。武田と北条が結んでいた頃に、輿入れしてきた。その後、両家は、切れた。それでも、実家へ帰る道だけは、まだ、開いていた。北条は、この娘を、受け入れると、言ってきていた。

 勝頼は、それを、勧めた。


「帰りなさい。境まで、北条の者が、迎えに来ている。……ここから先は、武田の家の話だ。あなたが、背負うものではない」

「わたくしは、北条の娘として、ここへ参ったのではありません。武田の妻として、参りました。……お帰しくださいますな」


 娘は、そう答えたと、伝わる。

 その日、田野の谷で、武田勝頼は、自刃した。三十七であった。

 嫡男・信勝も、同じ日に、死んだ。十六である。元服して、まだ、いくらも、経っていなかった。

 娘も、後を追った。十九であった。輿入れから、五年が、経っていた。

 甲斐源氏の嫡流として、四百年。その家を最強と呼ばせた男が死んでから、まだ、十年も、経っていなかった。

 栄華を極めた家ほど、その滅びは、大きな音を立てる。

 甲斐の虎が築いた最強の家は、虎の死とともに、坂を、転げ落ちていった。

 地方の、最強たちの時代が、終わろうとしていた。

 信玄も、謙信も、義元も、彼らはみな、古い武士の、最高峰だった。家格、武勇、切り盛り、義――古い武士の値打ちの、それぞれの頂点に立った者たち。でも、その誰一人として、天下には、届かなかった。

 なぜか。

 彼らが立っていた地面そのものが、もう、古かったからだ。

 兵と農がまだ分かれていない軍。地方に根ざした力。古い武士の作法。その地面の上で、どれほど高く積み上げても、天下には、届かない。

 今、西で、その地面ごと、ひっくり返そうとしている男がいた。

 兵と農を分け、鉄砲を束ね、しきたりを壊し、神も仏も恐れぬ男。

 織田信長。

 乱世の火は、地方の最強たちの手を離れ、この、しきたりを壊す男の手で、天下の火へと、燃え上がろうとしていた。

 甲斐の山にも、越後の雪にも、その火は、もう、届かない。





第七章 信玄と謙信——異なる武士の道 ――完。


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