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刀を持たない朝 ―武士とはなにか、七百年の物語―  作者: ソリトん
第七章 信玄と謙信——異なる武士の道

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第9話:御館

 ――天正六年(一五七八年)、越後・御館。

 謙信は、跡継ぎを、定めぬまま、死んだ。

 妻も子もない男である。家督を継ぐべき実の子は、いなかった。謙信には、二人の、養子がいた。

 一人は、上杉景勝(うえすぎかげかつ)。謙信の姉の子――血のつながった養子である。

 もう一人は、上杉景虎。北条氏康の子であった。かつて、越後と相模が結んだ際に、人質として越後へ来て、謙信の養子となった男である。皮肉なことに、謙信が関東で生涯戦い続けた、あの北条の血を引く者が、上杉の家督を、継ぐ資格を、持っていた。

 謙信の死は、この二人の、争いに、火をつけた。

 御館(おたて)の乱である。

 御館とは、春日山の城下にあった、上杉憲政の住まう館のことだ。かつて謙信が関東から迎え入れた、あの老いた前の関東管領の、御殿である。景虎は、春日山を出ると、この御館に拠って、兵を挙げた。乱の名は、この館から、来ている。

 越後を二分して、景勝と景虎が、家督を、争った。越後の国人たちは、二つに割れた。景虎には、実家の北条が、後ろ盾につき、北条に乞われた甲斐の武田も、はじめは、国境まで、兵を出した。景勝は、苦しい戦いを、強いられた。

 その景勝を、支えた、若者がいた。

 直江兼続(なおえかねつぐ)。

 景勝より、いくつか若い。まだ、二十歳にも、ならない若者だった。

 謙信が死んで、三日目のことである。

 春日山の城には、まだ、雪が残っていた。三月とはいえ、越後の三月である。庇から落ちる雪の音が、一日じゅう、鈍く続いていた。

 景勝は、謙信の遺骸の置かれた部屋の前に、座り込んだまま、動かなかった。

 叔父であり、養父であり、生涯、一度も負けなかった男である。その男が、厠で倒れて、そのまま死んだ。跡目のことは、何一つ、書き残していなかった。

 兼続が、その前に、膝をついた。


「殿」

「……まだ、御遺骸の前ぞ」

「はい。それゆえ、今のうちに」


 兼続は、声を落とさなかった。


「本丸の蔵と、金蔵の鍵を、押さえてくださいませ。今日のうちに」


 景勝は、若い側近の顔を、見た。


「……何を申しておる」

「御館様が集められた黄金が、この城の蔵に、積んでございます。関東で得た分も、越中で得た分も、すべて。あれを先に押さえた者が、越後の国人を、買えます」

「買う、と申したか」

「申しました」


 兼続は、目を伏せなかった。


「御館様は、義のために戦われました。義のために戦える方が、越後に、もうお一人でもおられるなら、某(それがし)は、この話をいたしませぬ。……おられませぬ。国人衆は、義では動きませぬ。銭で動きます」


 景勝は、しばらく、黙っていた。

 庇の雪が、また、落ちた。


「叔父上が、聞いたら、なんと言われるかのう」

「叱られましょう」

「……そうか」


 景勝は、立ち上がった。


「押さえよ」


 その日のうちに、景勝は本丸を占め、金蔵を押さえた。謙信の遺骸は、まだ、冷たくならぬうちだった。

 義の人が死んだ翌々日から、上杉の家は、算段で動き始めていた。

 やがて、景虎方に、実家の北条が付き、甲斐の武田までが動くという報せが入った。老臣たちが色を失う中で、兼続だけは、顔色を変えなかった。


「越後の雪は、長くは、関東の兵を、養いませぬ」


 若者は、そう言った。


「北条が越後へ入るには、三国峠を越えねばなりませぬ。越えて来たところで、雪が降れば、兵糧の道は細り、関東へ帰るほかなくなる。雪が来るまで、持ちこたえればよいのです。これは、力比べではなく、日数比べにございます」


 実際、その通りになった。夏、北条の軍は、峠を越えて、越後へ踏み込んできた。でも、雪の来る前に、関東へ、引き上げざるを得なかった。そして、峠がふたたび雪に閉ざされている間に、越後の内側の勝負は、決まっていった。

 兼続は、景勝の側近として、この苦しい家督争いを、知恵で、支えた。

 この若者が、やがて、上杉の家の、屋台骨となる。

 遠い先――天下分け目の戦で、徳川家康に、一通の挑戦状を叩きつけ、上杉の意地を示す男。そして、上杉が会津から米沢へと、大きく所領を減らされた後、その痩せた領国を、必死に、支え続ける男。それが、この若き直江兼続だった。

 乱の終わりに、一人の老人が、死んだ。

 上杉憲政である。

 三十年近く前、雪の越後へ転がり込み、若き日の謙信に、関東の回復を託した、あの前の関東管領。地は要らぬ、義が立てばよい――謙信にそう言わせた老人は、謙信亡きあと、自分の館に拠った景虎の側に、身を置いていた。そして、決着の見えたころ、和議を乞うために、景虎の幼い子を伴って、景勝の陣へ向かう途中――乱兵の手にかかって、殺されたと伝わる。

 義によって救われた老人が、その義の人の家の、跡目争いの中で、死んだ。

 謙信が生きていたら、と、言いかけた者がいた。誰も、その先を、続けなかった。

 御館の乱は、景勝の、勝利に終わった。

 景虎は、敗れ、自害した。北条の血を引く養子は、上杉の家督争いに、敗れて、消えた。上杉景勝が、上杉の家を、継いだ。

 縦軸の名門・上杉は――公家から武家へ転じ、越後の龍に受け継がれ、そして、今、景勝へと、受け継がれた。

 この景勝と、兼続の上杉が、次の時代――天下人の世を、どう生き延びていくか。それは、まだ、越後の雪の下に、伏せられていた。


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