第8話:手取川
――天正五年(一五七七年)、能登・加賀。
信玄が死んで、四年。
越後の龍は、まだ、戦っていた。
謙信の眼は、今や、北陸に、向いていた。関東の無駄働きに、見切りをつけたわけではない。だが、西から、新しい力が、伸びてきていた。織田信長である。信長は、北陸へも、その手を、伸ばし始めていた。謙信と、信長。新旧の最強が、北陸で、ぶつかろうとしていた。
その前に、謙信は、能登を、抑えにかかった。
能登には、畠山の家があった。
かつては、名門だった。だが、今は、当主が幼く、重臣たちが、実権を握って、内輪で争っていた。家としての、体を、なしていなかった。謙信は、その能登へ、攻め入り、畠山の本城・七尾城を、囲んだ。
七尾城は、堅城だった。
でも、城の中は、割れていた。長く囲まれ、内通する者も出て、ついに、七尾城は、落ちた。天正五年、謙信は、能登を、手に入れた。
その、七尾城を救うために。
織田の軍が、来ていた。
信長は、柴田勝家を大将とする大軍を、北陸へ、送っていた。七尾城を、上杉から、救う。でも、その援軍が、加賀の手取川にたどり着いたとき――七尾城は、すでに、落ちていた。
救うべき城が、もう、ない。
織田軍が、動揺し、退こうとした、その背を。
謙信が、衝いた。
手取川。
謙信は、織田の大軍を、川のほとりで、捕らえ、これを、徹底的に打ち破った。退き道の手取川は、水かさを増していた。逃げ惑う織田の兵が、川に呑まれ、討たれた。柴田勝家は、命からがら、逃げ帰った。
越後の龍が、織田の軍を、打ち砕いた。
謙信が、信長の軍と、直接ぶつかり、これを破ったのは、この手取川が、唯一だった。そして、謙信は、見事に、勝った。当代最強の名は、まだ、この越後の龍に、あった。新興の信長すら、正面からでは、謙信に、敵わなかった。
その戦で、手柄を挙げた越後の将たちがいた。
斎藤朝信。越後の鍾馗(しょうき=魔除けの神)とまで称された猛将で、この夜も、崩れる織田勢の背へ、真っ先に突き入った。河田長親。北陸の諸城を預かり、七尾攻めの下地を整えてきた、謙信の重臣である。攻めの朝信と、束ねの長親。二人が、謙信の手足となって、織田の大軍を、川へ追い込んだ。
手取川の勝利に、謙信は、満足した。
次は、上方だ。
織田を、これだけ破れるのなら。関東と、上方を、両にらみにして――あるいは、自分こそが、京へ。謙信の眼に、初めて、天下が、映ったかもしれない。
謙信は、春日山城へ、引き上げた。
次の大遠征の、支度を、始めた。
その、遠征を、前にして。
天正六年の春。
上杉謙信は、春日山城で、突然、倒れた。
厠で、倒れたと、伝わる。脳の病だった、という。あれほど戦場で、神懸かった強さを見せた男が、戦場ではなく、城の片隅で、あっけなく、倒れ込んだ。意識は、戻らなかった。数日の後、謙信は、世を、去った。
四十九歳だった。
謙信は、辞世――死に際の歌を、遺したと、伝わる。
「四十九年、一睡の夢。一期の栄華、一盃の酒」
四十九年の生涯は、一夜の眠りの中の、夢のようなものだった。生涯の栄華も、一杯の酒のようなものだった――と。
義のために、雪の峠を越え続け、戦場でだけ完全になり、妻も子も持たず、生涯、孤独に戦い抜いた男の、最後の言葉だった。
越後の龍もまた、天下に届かず、城の片隅で、死んだ。
最強と謳われた二人は、こうして、相次いで、世を去った。
切り盛りの人・信玄は、上洛の途中で。
義の人・謙信は、上方を睨んだまま。
どちらも、その夢を、果たせず。
時代は、その先へ、進もうとしていた。




