第2話:双六の夜
――寿永二年(一一八三年)十二月、鎌倉。
その報せは、夕食の席に届いた。
上総介広常、誅殺(ちゅうさつ=罪を責めて殺すこと)。
御所での双六の最中のことだったという。広常が盤に向かって、何やら冗談を言った。その瞬間、向かいの梶原景時が、ふいに盤を蹴り越えて広常に組みつき、その首を掻き切った。咎めの言葉もない。話し合いもない。坂東一の大族の当主が、遊びの座で、まるで虫けらのように、殺された。
重忠は、箸を置いた。
置いたまま、長いあいだ動かなかった。
広常と、親しかったわけではない。あの大男の声を間近で聞いたのも、数えるほどだ。でも――あの男が二万騎を率いて参陣しなければ、頼朝の世は立たなかった。それは、坂東の誰もが知っている。遅れて来た広常を、頼朝がわざと叱って従えた。あの逸話さえ、今ではもう語り草だ。坂東の背骨のような男だった。
その背骨が、双六の座で、折られた。
なぜ殺されたのか。その理由は、誰にも知らされなかった。
前から振る舞いに驕りがあった、と言う者がいた。頼朝の命令に従わないことがあった、と言う者もいた。謀反の疑いがあったんだ、と訳知り顔で囁く者もいた。でも、どれもこれも、又聞きの、そのまた又聞きだ。確かなことは、ただ一つ。広常は、罪を告げられることも、言い開きをする機会も与えられないまま、殺された。それだけだった。
鎌倉が、ざわついた。
表向きは、何事もなかったように、話し合いは回り、工事の槌音も続いていた。でも、御家人たちの目の奥が、変わった。誰もが、隣の男の顔色をうかがうようになった。次は、誰だ。広常ほどの男が、あんなにあっけなく消えるなら、自分なんて、いつ、どうにでもされてしまう。口には出さない。出さないけれど、みんな、同じことを考えていた。
年が明けてから、妙な後日談が、鎌倉に流れた。
広常の館をあらためたところ、上総の社に納めるはずだった願文(がんもん=神仏への願い文)が見つかったという。開いてみると、そこに書かれていたのは、頼朝の幸運と長寿を祈る言葉ばかり。謀反の心なんて、どこにもなかった。
それを聞いた頼朝は、人前で、悔いの色を見せたという。
悔いた。でも、悔いたところで、死んだ男が戻ってくるわけじゃない。
重忠は、その後日談を、黙って聞いた。聞いて、誰にも何も言わなかった。言葉にすれば、それは主君への悪口になってしまう。御家人が、主君のなさることに口を出すのは、許されない。でも、口に出さなくても、胸の奥に、冷たいものがひと筋、流れ込んでいた。冬の川の水のような、細くて、鋭い冷たさだった。
御恩と奉公。
土地を保証してもらい、命がけで働く。その約束は、こちらが破らないかぎり、破られない――重忠は、長井の渡しで土地を認められて以来、そう信じてきた。膝が砂に沈むような、あの重みを、信じてきた。
でも、広常は、いったい何を破ったのか。
願文には、忠誠しか書かれていなかった。広常は、約束なんて破っていない。それでも、殺された。だとしたら、御恩と奉公という約束は、こちらがどれだけ守っていても、向こうの心ひとつで、いつでも、なかったことにされてしまうものなのか。
考えても、答えは出なかった。
重忠は、答えの出ないその問いを、胸の底に沈めた。沈めるしかなかった。これを掘り起こしてしまえば、自分が信じて生きてきたものの、足元が崩れる。二十歳の重忠にできたのは、その問いに蓋をして、目の前の勤めに戻ることだけだった。
蓋をしても、冷たさは消えなかった。
それは、胸の底で、静かに凍ったまま残った。いつか、自分の身にも、同じことが起きるかもしれない――その予感を、重忠はまだ、はっきりとは見つめていない。見つめることを、避けていた。




