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刀を持たない朝 ―武士とはなにか、七百年の物語―  作者: ソリトん
第七章 信玄と謙信——異なる武士の道

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第5話:川中島

 ――永禄四年(一五六一年)九月、信濃・川中島。

 信玄と謙信は、北信濃の川中島で、五度、向かい合った。

 十二年に、わたってである。

 でも、その五度のうち、本当に大きな合戦になったのは、一度だけだった。残りは、にらみ合ったまま、あるいは小競り合いだけで、兵を引いた。両雄は、互いに、容易には、決戦を、挑まなかった。なぜなら、互いの力を、誰よりも、知っていたからだ。

 永禄四年九月。

 その、ただ一度の、大きな決戦が、起きた。

 第四次川中島。八幡原の合戦である。

 謙信は、一万余の軍を率いて、川中島を見下ろす、妻女山(さいじょさん)に、陣を敷いた。信玄は、海津城に入り、これと、向かい合った。

 海津城を預かっていたのは、高坂昌信である。

 武田の、四名臣の一人。城を預かる役として、信玄の眼となり、耳となる男だった。高坂は、妻女山の謙信の動きを、絶えず、信玄に、報せた。敵は、いつ動くか。どこを衝くつもりか。その知らせが、信玄の、采配を支えた。

 信玄は、一つの策を、立てた。

 軍を、二手に、分ける。

 別の一隊を、夜のうちに、ひそかに妻女山の背後へ回す。夜明けとともに、その一隊が、山上の謙信を、背後から、攻め立てる。驚いた謙信が、山を下りて逃げてくるところを、麓の八幡原で待ち構えた信玄の本隊が、挟み撃ちにする。

 啄木鳥が、嘴で木を叩いて、驚いて飛び出した虫を食らうように。

 啄木鳥戦法と、後の世は、これを呼んだ。軍記は、この策を、山本勘助(やまもとかんすけ)という軍師が立てた、と語り継ぐ。勘助が実在したかどうか、その軍師としての働きが、どこまで本当だったか――それは、今も、定かではない。でも、信玄が、軍を二手に分け、妻女山を挟み撃ちにしようとしたことは、確からしい。

 その夜。

 信玄の別の一隊が、闇に紛れて、妻女山へ、向かった。

 でも――謙信は、見抜いていた。

 海津城から立ち昇る炊事の煙が、いつもより多い。武田が、夜に、動く。背後を衝かれる。謙信は、信玄の策を、読んだ。そして、その裏を、かいた。

 別の一隊が、妻女山を攻めるより、先に。

 謙信は、全軍を率いて、音もなく、山を下りた。

 霧の、深い朝だった。

 夜明け、八幡原で、別の一隊の到着を待っていた信玄の本隊は――霧の晴れた、その先に、思いもよらぬものを、見た。

 目の前に、謙信の、全軍が、いた。

 旗が、乱れていなかった。逃げてくる軍の旗は、乱れる。だが、霧の向こうの旗は、一本も、揺れていなかった。信玄は、床几から、身を起こした。


「……あれは、逃げてくる兵では、ないぞ」


 傍らの者が、意味を掴みかねて、主君の顔を、見た。


「山を下りておったのだ。こちらが登るより、先に。……啄木鳥が木を叩く前に、虫が、飛んでおったわ」


 声に、動揺は、なかった。ただ、その一言で、信玄は、己の策が裏返ったことを、認めていた。

 一隊に追われて、ばらばらと逃げてくるはずの敵が、整然たる大軍となって、正面に、現れた。挟み撃ちにするはずが、自分たちが、謙信の全力を、正面から、受けることになった。策は、完全に、裏目に出た。

 謙信の軍が、車懸かりに、攻めかかってきた。

 車輪が回るように、次々と、新手を繰り出す陣形。武田の本隊は、押された。激しく、押された。信玄が、これほど追い詰められた戦は、生涯に、なかった。

 入り乱れた戦いの中で、武田は、大きな者を、失った。

 武田信繁。

 信玄の、弟である。

 典厩信繁――兄を支え、武田の副将として、誰よりも信頼された弟だった。家臣への戒めを、九十九箇条にも書き遺した、武田の家の、理想を体現する男。その信繁が、崩れかかる本隊を支えようと、前へ出て――討たれた。

 報せは、乱戦の中で、信玄のもとへ、届いた。

 信玄は、床几を、動かなかった。ただ、采を握った手が、一度だけ、止まった。


「……典厩が、か」


 それだけだった。すぐに、采は、また、動き始めた。この場で崩れれば、弟の死んだ意味が、消える。国を保つ者は、弟の死に、立ち止まる暇を、持っていなかった。

 信玄は、最愛の弟を、この戦で、失った。

 軍記は、この入り乱れた戦いの極みに、一つの、伝説を、語り継ぐ。

 白い頭巾の騎馬武者が、ただ一騎、武田の本陣へ、斬り込んできた。馬上から、太刀を、振り下ろす。床几――折りたたみの腰掛けに座した信玄は、とっさに、手にした軍配で、その太刀を、受けた。三度、太刀が振り下ろされ、三度、軍配で受けた。軍配には、刀傷が、残ったという。

 その騎馬武者こそ、上杉謙信だったと――語り継がれる。

 本当に、二人が、刃を交えたのか。それは、誰にも、分からない。でも、そう語り継がれるほどに、この八幡原の戦いは、両雄が、最も近く、最も激しくぶつかった戦だった。

 午後になって、別の一隊が、ようやく、八幡原に、駆けつけた。

 形勢は、逆転した。挟み撃ちにされる側だった武田が、こんどは、合流した一隊で、上杉を、押し返した。謙信は、潮時と見て、軍を、引いた。最後尾を守ったのは、甘粕景持。上杉勢は、犀川を渡り、見事に、退いていった。

 戦は、終わった。

 どちらが、勝ったのか。

 武田は、信繁をはじめ、多くの将を失った。上杉も、兵を失った。互いに、深手を負い、そして、決着は、つかなかった。信玄は、信濃を、保った。謙信は、軍を、引き上げた。それで、終わりだった。

 五度、向かい合い、十二年、費やし、最後まで、決着はつかなかった。

 なぜ、二人は、これほど、戦い続けたのか。

 信濃の北の、わずかな土地のためか。違う。そんなもののために、十二年も、最強の二人が、命を懸けるはずが、ない。

 謙信にとって、信玄との戦は、義であり、同時に――戦そのものが、目的だった。

 戦場でだけ、完全になれる男。その謙信が、生涯で、ただ一人、全力でぶつかり合える相手が、信玄だった。勝つためでも、奪うためでもない。この男とだけは、本気で、戦える。それが、謙信にとっての、川中島だった。

 武士とは、戦う者だ。

 謙信は、そう信じていた。その信念を、最も純粋な形で、ぶつけられる相手が、信玄だった。

 決着がつかないことこそ、二人にとって、何より、ふさわしかった。

 勝ってしまえば、終わってしまう。

 終わらせたくない戦が、武士には、あった。


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