第2話:毘沙門の子
――天文十七年(一五四八年)、越後。
甲斐の南、山を越えた向こう。
雪深い、越後の国に、もう一人の、若者がいた。
長尾景虎。のちの、上杉謙信である。
越後もまた、まとまらぬ国だった。守護、守護代、国人たちが、入り乱れて争う、乱れた国。その越後を、若い景虎が、束ねていった。兄から家督を譲られ、内乱を鎮め、越後を、一つにまとめていく。
景虎は、奇妙な男だった。
戦が、強かった。
甲斐の信玄が、国の切り盛りに冷たい眼を向けたのとは、まるで逆だった。景虎は、戦そのものに、惹かれた。戦場に立つと、この男は、神懸かったように、強くなった。みずからを、毘沙門天の生まれ変わりと、信じていた。毘沙門天――仏法を守る、戦いの神である。
その景虎が、何より、嫌ったものがあった。
自分の利のための、戦である。
土地が欲しいから、戦う。富が欲しいから、奪う。そういう、欲のための戦を、景虎は、卑しいと、思った。景虎の戦は、義のための、戦でなければならなかった。誰かが、理不尽に、土地を追われた。誰かが、強い者に、踏みにじられている。ならば、助ける。頼られれば、雪の峠を越えて、兵を出す。
地は、要らぬ。
義が、立てばよい。
そういう男だった。
――天文二十一年(一五五二年)、越後。
その景虎のもとへ、一人の貴人が、転がり込んできた。
上杉憲政。
関東管領――足利の世から、関東の武家を束ねる、由緒ある職である。その関東管領・上杉の家の当主が、相模の北条に、攻め立てられ、関東を追われ、命からがら、越後へ、逃げてきたのだった。
かつて、京の皇族の将軍に従って鎌倉へ下り、武家に転じた、あの上杉の家。重房の代に東国へ根を下ろし、足利尊氏に従って関東管領となった、鎌倉以来の名門。その上杉が、今、新興の北条に、住む場所を奪われ、北の雪国へ、流れてきた。
憲政は、景虎に、すがった。
板の間に、額をつけんばかりにして、老いた貴人は、言った。
「関東を、取り戻してくれ。北条を、討ってくれ。……礼は、いくらでも。上杉の家に残るものなら、何なりと」
景虎は、しばらく、その白い頭を、見ていた。それから、静かに、言った。
「地は、要らぬ」
憲政が、顔を上げた。
「関東の地も、礼も、要らぬ。……理不尽に土地を追われた者がおる。ならば、助ける。それだけのことにござる。義が立てば、それでよい」
憲政には、その言葉の意味が、すぐには、呑み込めなかった。土地を求めぬ武士など、この乱世に、いるはずがなかった。
景虎は、これを、引き受けた。
義のために。憲政という、追われた貴人のために。そして、やがて、憲政は、景虎に、上杉の家名と、関東管領の職を譲ることになる。長尾景虎は、上杉の名を継ぎ――のちに、上杉謙信となる。
公家から武家へ転じた、縦軸の名門・上杉の血筋は、ここで、越後の龍へと、受け継がれた。
謙信には、しかし、奇妙な、揺れがあった。
戦場では、神懸かったように、強い。でも、戦のない時には、ふと、すべてが嫌になる。世の汚さに、嫌気がさし、家督も国も投げ出して、出家したいと、言い出す。家臣たちが、慌てて引き止める。そういう騒ぎを、生涯に、幾度も起こした。
生涯、妻を、娶らなかった。
子も、なさなかった。義のために戦い、戦場でだけ完全になり、戦のない時には世を嫌う。孤独な、神の子のような男だった。
甲斐の虎が、国を富ませることに、武士の道を見たのに対し。
越後の龍は、戦そのものに、武士の道を、見ていた。
この二人が、やがて、北信濃の、一つの川原で、ぶつかる。




