また、落城
――永禄年間(一五六〇年代)、常陸。
小田城は、よく、人手に渡った。
一度ではない。二度でもない。
氏治の生涯に、小田城は、幾度となく、奪われた。後の世には、九度も落城した、とすら、伝わる。数が正しいかどうかは、誰にも分からない。でも、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど、この城は、奪われては、戻ってきた。
相手は、たいてい、佐竹だった。
北の隣国・常陸太田を本拠とする、佐竹の家。当主の佐竹義重は、強く、冷たく、計算高い男だった。小田の領地を、じわじわと、削りにかかっていた。
義重にとって、氏治は、奇妙な相手だった。
攻めれば、勝てる。城は、簡単に、奪える。でも、奪っても、しばらくすると、また、取り返されている。村人が手引きし、菅谷が兵を集め、氏治が、しれっと、戻ってくる。何度倒しても、起き上がってくる。まるで、不死身だった。
義重は、氏治を、侮っていた。
戦下手の、お人好し。倒すのは、たやすい。
でも、その「たやすく倒せる相手」を、何度倒しても、消せない。倒しても倒しても、田の下から、また生えてくる雑草のように、氏治は、小田の地に、戻ってくる。義重は、次第に、薄気味悪く、なってきた。この男は、戦には弱いが、何か、別の、得体の知れぬ強さを、持っている。
その強さの正体を、氏治自身は、考えたことも、なかった。
氏治には、ただ一つ、譲れぬものが、あった。
小田の、土地である。
何度、城を失っても、氏治は、決して、小田の地を、諦めなかった。よその土地で、大きくなろうとも、思わなかった。あの田は、小田の田だ。あの百姓は、小田の百姓だ。先祖が、鎌倉の昔から、三百年、守ってきた、たった一つの、土地。
そこに、氏治は、こだわり続けた。
戦が弱くても。何度負けても。
その土地だけは、手放さない。手放したくない。だから、負けても、逃げても、また、戻ってくる。戻ってこられるのは、その土地の人々が、戻してくれるからだった。
あるとき、菅谷が、たまりかねて、進言したことがある。
「殿。いっそ、この地を捨て、北条か、佐竹に、頭を下げて、家臣になられては。さすれば、もう、城を奪われることも、ありますまい」
氏治は、きょとんとした顔で、菅谷を、見た。
そして、心底、不思議そうに、言った。
「政貞。それでは、小田の田は、どうなる。わしが、小田の田を、離れて、どこで、何の殿様になるというのだ」
菅谷は、二の句が、継げなかった。
この殿は、天下も、出世も、大きな領地も、何一つ、欲しがっていない。ただ、生まれた土地の田と、そこに住む百姓と、一緒にいたい。それだけだった。
戦国の世で、誰もが、上へ上へと、土地を奪い合っているこの時代に。
この男だけは、ただ一つの、小さな土地に、しがみついていた。
奪うためではなく。
離れたくない、というだけの理由で。
菅谷は、舌打ちした。舌打ちして、また、城を取り返す支度を、始めた。
――何度目かも、もう、数えていなかった。




